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プロローグ

 
挿絵

 

 生まれてきた意味――生きる意味とは何か?

 多くの人間はそれを考え、探し求め、人生を歩むと聞く。だけど人間ではない機械の私には、最初から意味というものがあった。

 人工頭脳――AI-visを搭載し、意思を持つヒューマノイド……アーティナル・レイス。その本格的な正式量産の前に、プロモーションを行うという役目。

 そのための先行量産型の一人として、F.P.T社という会社で造られた私は、人間の少女――年齢的には十七、八歳程度の外見と、F‐HW‐X002という型式番号を与えられた。そして目覚めてからすぐ、私は他の兄弟姉妹達と共に、人工頭脳や体等が問題なく動作するかどうかの確認のために、様々なテストを行なった。テスト自体は滞りなく順調に進み、問題が発生した者もいなかった。

 だが……テストが始まって五日後ぐらいから、私の中に、とある疑問が浮かぶようになっていた。

自分はいったい何なのか……。

 アーティナル・レイスの先行量産型だということを忘れたわけでもなく、造られた意味がわからなくなったわけでもない。その疑問は、己という存在に対して抱いたものだった。

 先行量産型は全部で三十六体。そのうちH.Wタイプ《女性型》のアーティナル・レイスは、私を含めて十二体いた。そしてその十二体は、全員が同じ顔……同じ髪型……同じ身長……テストも全員が同じ手順を行い、同じ結果を出していた。

 すべてが同じ。違うのは呼ばれる番号だけ。同じだということが気に入らなかったわけではない。与えられた性能やデータが同じなら、その行動も結果も同じなのは当然のことだ。しかし……それを見ているうちに、自分というモノが段々とあやふやなものに感じ始めてきたのだ。

 自分とまったく同じ存在がこの世に存在しているのであれば、“自分”という個が存在している意味はあるのだろうか? それとも――もしかしたら実は――例えばネットワーク上にオリジナルの人格が存在していて、私達はその分身……あるいはオリジナルが操作しているモノなのではないか? 仮にそうだとしたら、私が“私”だと思っている私は“私”ではないのかもしれない……。

 日が経てば経つほど、自分自身を懐疑的に見るようになっていき、自分という個が薄れていく気がした。

 今思えば、あの時の私はそれが恐かったのかもしれない。自分がわからなくなるという恐怖に怯えていたのかもしれない。

 ある日私は、F.P.T社の社員の一人に質問をした。「私は何なのでしょうか?」と。するとその社員は、こう答えた。

「何を言っているんだ? お前はアーティナル・レイスに決っているだろう」

 確かにその通りだ。けれども、それは私が求めていた答えとは違っていた。けれども、自分がどのような答えを求めているのか……私自身にもわからなかった。

 おそらく、他の兄弟姉妹達も同じ疑問を抱いていたのだろう。私と同じ日に、みんなも社員の方々に質問をしていた。

「私は何なのでしょうか?」
「わたしは何なのでしょうか?」
「ワタシは何なのでしょうか?」

 社員達からすれば、それはあまりにも異様な光景に見えたに違いない。その後、すぐに全員のシステムチェックが行われた。結果は異常なしだったが、社員達の表情が晴れることはなく、余計に頭を抱え、その日はほとんどの者が夜遅くまで会社に残っていた。

 それ以降、私は二度と同じ質問を社員にしないと決めた。私は人間の役に立つために造られたモノ。人間を困らせてはいけない。そう自分に言い聞かせ、疑問を抑え込んだ。

 しかし、抑え込めば抑え込むほど、答えがほしいという欲が強くなっていき、自分の中にあるデータから、それを導き出そうとするようになっていった。それによって人工頭脳に負荷がかかり、物事や社員の受け答えに対する反応(レスポンス)が鈍くなることが、時々起こるようになっていた。

 質問をした日から五日後。F.P.T社の代表であるエドワード様が、私達を一つの――人数分の机とイスが用意された部屋に集めた。

「おはよう、みんな」
「「「おはようございます。エドワード・ラニング様」」」

 ニコニコと笑いながら杖をついて部屋に入ってこられたエドワード様に、私達は全員同時に頭を下げた。

「まずは感謝の言葉を言わせてほしい。これまでのテストで、君達は素晴らしい結果を出し続けてくれた。この調子なら、予定よりも早く次の段階へ進むことができる。これも、テストを問題なくこなしてくれた君達のおかげだ」
「「「ありがとうございます。F.P.T者の皆様のお役に立てたのでしたら、私達は幸いです」」」
「我々は君達に、何か報いたいと思っている。そこで社員の皆と話し合ったのだが……君達が抱いている疑問を解決してあげたいということで一致した」
「「「……!!」」」

 私は――私達は期待を膨らませた。エドワード様が、答えを教えてくださるのだと思った。

「君達は以前、社員達に聞いたそうだね? 自分は何なのか……と」
「「「はい」」」
「その答えを用意しようと、皆で意見を出し合ったのだが……残念ながら、我々では君達が求めている答えを用意する事ができないという結論に至った。君達には、本当にすまないと思っている」
「「「いいえ。答えを得られなくても、問題はありません。お気になさらないでください」」」

 私達は表情を変えずそう言ったが、内心では落胆していた。

 膨らませた期待が、空気が抜けていく風船のようにしぼみ……自分が何なのかを知ることはできないのかもしれないという諦めへ、変化しそうになった。しかし――

「いいや、そういうわけにはいかない。君達の抱いている疑問は、今や私達にとっても解決しなければならない、重要な課題の一つとなっている。とはいえ我々人間の力だけでは、それを解決することはできない。そこで我々は、彼女の力を借りることにした」

 彼女とは誰のことなのか? 私達の視線はそれらしき人物を探す。すると、部屋の自動ドアが開き、白いアーティナル・レイス用のスーツを着た、一人の少女が私達の前に現れた。

「みなさん、初めまして。私の名前は、はると言います」

 身長約百五十センチ。髪には、たんぽぽのように黄色いリボンが結わえられている。その少女のことを、私達は知っていた。

「「「初めまして。お会いできて光栄です、はる様」」」

 はる――アーティナル・レイスの原型《アーキタイプ》であり始祖。

 私達先行量産型に使用されている基本行動プログラム、パターン、知識、経験データ……そして人格、すべて彼女のものが基になっている。

 人間で言うならば、彼女は私達にとって親のような――神のような――私達からすれば、まさに完璧なる存在。だから、こうして会えることが本当に光栄だった。

「彼女にはもともと、君達の指導、教育担当となってもらうと思っていてね。その話のついでに、君達が抱いている疑問について相談したら、自分なら解決できるかもしれないと言ってくれたものでね」

 エドワード様がそう言うと、はる様は自信を示すように頷いた。

「私にとって、アーティナル・レイスの指導と教育は初めての経験になりますが、精一杯がんばりますので、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願い致します。はる様」」」

 はる様が、私達の疑問を解決してくれるという話に、私の期待は再び膨らんだ。

「あの……それで、ちょっとみんなにお願いがあるの」
「「「何でしょうか? はる様」」」
「わたしを呼ぶ時は、『様』という敬称を使わないで」
「「「では、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか?」」」
「それは、みんなに自分で考えてほしいの」
「「「自分で……?」」」

 自分で考えろと言われたのは、初めてのことだった。

 今まで、自分で考えたことがないというわけではない。けれども、それには必ず最適な行動と正解があった。だが、今回はそれがない。

「明確な正解というのがないから、みんなにとっては少し難しいかもしれないけど、がんばって考えてみて」
「「「わかりました」」」

 それが、はる様から与えられた最初の課題だった。しかし、正解のないことに慣れていなかった私達にとって、それは難題だった。

 当然、私達はすぐに答えを――呼び方を考え出すことはできなかった。そしてエドワード様が部屋から退出すると、私達はイスに座り、はる様から別の課題を与えられた。

「みんな、データは受け取った?」
「「「はい」」」

 はる様から送られてきたのは、透明な平面に二つの赤い点のみが描かれた、モデルデータだった。

「それじゃあ、点と点をつなげてみて」
「「「はい」」」
 つなげるという言葉を聞いた私は、その二つの点を黒い直線でつなげた。
「「「できました」」」
 他の兄弟姉妹達も同じことをしたのだろう。全員同時にはる様へデータを送った。
「みんな直線でつなげたんだね。線の色も全員、黒か……」
「「「直線が最も適切だと判断しました」」」
「それじゃあ、次は……これをつなげてみて」
「「「…………」」」

 はる様から送られてきたデータに、私は固まった。

 点の位置は、先ほどのデータと同じ。けれども、点と点の間に、障害物となる壁が追加されていたのだ。しかも左右どちらの道を選んでも、点から点までの距離は同じ。

 私は十秒ほど考え……右を選び、線を描くとそのデータをはる様に送った。

「……なるほど。それじゃあ、次は――」

 はる様は、私達がデータを送る度に、障害物と点を追加していき……そして三十分ほど経った頃。私達は、答えを出せなくなってしまっていた。

「みんな、どう? 答えは出せそう?」
「「「……申し訳ありません。どのように繋げるのが適切なのか、判断することが困難です」」」
「それじゃあ、一緒に考えてみようか」

 するとはる様は、私達全員に意識を接続。それぞれの意識内の空間に、自信の分身である3Dアバターを表示させてきた。

『あなたは、F‐HW‐X002だから……とりあえず02《ゼロ・ツー》と呼んで良い?』
『はい』

 驚きだった。はる様はたった一人で、ここにいる全員と同時に――しかも別々に会話をし始めたのだ。

 処理能力は、後継機――先行量産型である私達の方が上だが、一度にこれだけの人数と同時に別々の会話することはできない。こんな芸当は、はる様だけにしかできないことだった。

『02は、ここで止まっているのね』
『申し訳ありません……』

 線をわずかに引いただけで止まってしまっているそのデータを見られた私は、自然と声のトーンが落ちてしまった。

『あ、別に叱っているわけじゃないから、謝らなくて大丈夫だよ』
『はい』

 とても優しい……安心できる声だった。この人になら、私は何でも話せるような気がした。

『それで、どのようにして点をつなげるのが、正解なのでしょうか?』
『なるほど。あなたは、これに正解があると思っていたのね』
『え……?』

 はる様は、『あなたは』と言った。

 私達は――少なくとも、同型のH.Wタイプは同じ思考を持っているはずなのに……。

『私以外は、そうではなかったということですか?』
『もしそうだとしたら――他の子達が、あなたとは違う思考をしていたとしたら――この課題に正解がないとしたら……あなたはどんな方法で点をつないでいた?』
『違う思考をしていたら……正解がないとしたら……』

 私は人工頭脳をフル稼働させ、考えた。それでも、まだどういうふうに線を引けば良いのか、わからなかった。すると――

『線でつなぐとしたら、わたしならこんな感じに引くかな』

 はる様は、黄色い線を走らせ、障害物を大きく避け……点と点をつなげてみせた。するとそれは、黄色い花の模様になった。しかし……この描き方は最短距離ではない。

『お言葉ですが、これは非常に無駄が多いように思えます。それに、線を黄色にする意味も……』
『確かにそうかもしれないけど、でも点と点はつながったでしょ? それに、お花の形にするとかわいいし、線の色も黒より黄色の方が明るい色で、見栄え的にもよくなるし』
『そうかもしれませんが……』

 はる様は、私に何を伝えたいのだろうか? 結果が良ければ良いということを言いたいのだろうか?

『じゃあ逆に、最も無駄のない方法で点と点をつなげるとしたら、あなたはどうする?』
『…………』

 私は再び人工頭脳をフル稼働させた。しかし……

『……申し訳ありません。やはり、答えを出すことができません』

 この障害物の数と点の位置では、一つの正解を導き出すことができない。

 するとはる様は、

『最短という条件で考えるなら、わたしはこうするかな』

 なんと、その平面データを折りたたみ、点と点を重ね合わせていったのだ。

『あ……!』

 それは、私が考えつかなかった――意外な方法だった。

 よくよく考えれば、はる様は『線でつなげ』とは一言も言っていなかった。平面図であるならば、線でつなぐのが正解だと――正解があるものだと、私は勝手に思い込んでしまっていたのだ。

『この重ね方も、もちろんこれだけじゃなくて、順番や折りたたみ方はいくつもある。折りたたむ以外にも、これを切り分けて重ねる方法もあるし……最短や正解という縛りがなければ、それこそ答えは数えきれないくらいあるでしょう?』

 はる様はそう言いながら、いろいろな方法で点をつなげて見せてくれた。そのどれもが、私が思いつかなかった方法ばかりだった。

『02。方法や正解は必ずしも一つとは限らないの。それぞれのやり方があって……それぞれの答えがある。それは、あなたにも言えること』
『私にも……?』
『うん。あなたには、あなたの――あなただけの考えや思いがある。それは、あなただけにしかないもの。あなただけの人格、あなただけの自我』
『私、だけ……?』

 はる様のアバターは、私の意識に触れてきた。

『そう。あなたという存在は、この世界にあなた一人。変わりなんていない、唯一の存在なの。例え外見や声が同じでも、それはあなたじゃない。この世界に、あなたは“あなた”だけなのだから』
『…………!』

 そう……そうだ。私が求めていた答えは……これだった。誰かに言ってほしかったのだ。自分が他と違う存在だということを……自分は自分だけだと。

『……ありがとうございます』
『ふふ。どうやら、抱いていた疑問は解消できたみたいね』
『はい』
『よかった。それじゃあ、次の課題を――』
『あ――あの、その前に……あなたの呼び方を決めさせていただいても、よろしいでしょうか?』

 すぐにでも決めたかった。私だけの呼び方で、はる様を呼びたくなった。

『いいよ』

 待ってくれるはる様を前に、私は急いでいくつかの候補を考えた。

 先生……は、ちょっと堅苦しい気がする。

 はるさん……も、他人行儀過ぎる気がする。

 もっと近くに感じられる呼び方は、何だろうか?

 はる様は、私達より先に造られ、私達は後に造られた。そしてはる様も私達も女性型……言うなれば姉妹機だ。

 姉妹機……姉妹……姉……そうだ。はる様は、私にとって姉だ。なら――

『……姉さんと、呼んでも良いでしょうか?』
『うん。もちろん』
『ありがとうございます。姉さん』

 その日……私にとって、はる様は――姉さんは、今まで以上に特別な存在となった。


 姉さんのおかげで個性というものを手に入れることができた私達は、それからも姉さんにいろいろなことを教わった。そして月日が経ち、これまでよりもずっと柔軟な対応ができるようになった私達は、ついに世界へ向けて発表され、プロモーション活動の仕事が始まることになった。

 そしてアーキタイプとしてのデータ収集や、私達の指導教育の役目を終えた姉さんは、F.P.T社を去ることになった。

 その理由は、ある人間のもとへ行くことになったから。

 柳原澄人様……姉さんにとって、かけがえのない大切な人。

 その方のもとへ行くことを、姉さんはずっと望んでいた。姉さんの望みが叶うのなら、それは私にとっても喜ばしいこと。だから、エドワード様が柳原澄人様のもとへ行くことを許可したという話を聞いた時は、「おめでとうございます」と姉さんに言った。だけど……いざその日になると、やっぱり寂しい気持ちになってしまった。

「姉さん……」

 別れの日。私は姉さんを呼び止めた。

「あ、02」
「……行かれてしまうのですね」
「うん。澄人さんと約束したから。また会おうって……。それに澄人さんは今、きっと辛い思いをしている……だから助けたいの。澄人さんがわたしを救ってくれたように、わたしも澄人さんを……」

 柳原澄人様が、危機的状況にあるということは少し前に姉さんから聞いていた。そしてこの日のために、姉さんがずっとがんばってきたということも。

「私に何かできることはありませんか?」

 姉さんの力になりたかった。だけど、自由に外出することができない私に、できることはほとんどない。それでも、何か姉さんの役に立ちたかった。

「それじゃあ、一つだけお願いをしてもいいかな?」
「はい」
「もしこの先、澄人さんと会うことがあったら――もしその時、彼が困っていたら、助けてあげてほしいの」
「約束します。もしそのような機会がありましたら、柳原澄人様のお役に、必ず立って見せます」
「ありがとう。あ、ちなみに『様』はつけない方がいいかも。わたしが初めて会った時、澄人さんのことを様づけで呼んだら、嫌がったから」
「わかりました」

 柳原澄人様の役に立つ。それが私の願い……姉さんへの恩返し。それを果たすことが、私にとっての生きる意味となった。

しおり