バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第15話

「とてもおいしかったですね。澄人さん」
「そ……そうだね……ははは……」

 夕食を終え、パスタ店から出た二人。

 笑顔を続けるはるに対し、澄人は店に入った時とは打って変わって肩の力が抜けている。

「あの……もしかして、わたしが注文したパスタ、お口に合いませんでしたか?」
「いっ、いやいやいやいや! は、はるが注文してくれたパスタは、すごくおいしかったよ!」

 事実、澄人はパスタもサラダも残さず平らげていた。食べている最中も、フォークの進み具合が悪いということもなかった。

――パスタが原因じゃないとしたら、わたしが途中で固まったせいかな……?

「もしかして、わたしのことを心配してくれているんですか?」
「ま、まあ、それもあるんだけど……」
「ありがとうございます。わたしは人間と違って病気になることはありません。ウイルスに侵入されても、ワクチンプログラムを自分で作ることができますし、体の方も軽い破損であれば、自己修復機能で直せます。それで対応できない場合でも、パーツ交換をすれば何とかなります。ですから、いくらケガをしても平気――」
「だ、だめだよ!」

 澄人は足を止めると、口を大きく開けて言った。

「え?」
「そんな……いくらケガをしても平気だなんて……そんなこと言わないで。僕……はるにケガをしてほしくない……はるがケガをするところなんて……見たくない……」
「…………」

 そんな心配はもうする必要がないと――澄人を安心させるために、はるは言ったつもりだった。だというのに、彼の気を更に落とすことになってしまった。

「……すみません」

 思わずはるは、しゅん……と、頭をたれてしまう。

「あっ……ちち、違うんだ! 別に、怒っているわけじゃないんだ……。ただ……僕ははるに、その……もっと、自分のことを大事にしてほしくて……」

 人間であれば、大ケガを負えば命に関わる。手足等を失えば生活に支障が出る。しかしヒューマノイド――アーティナル・レイスのアーキタイプである、はるの場合はそうではない。

 人工頭脳とメインメモリ、そしてエネルギーを供給するリアクターが無事なら、人間ならば致命傷になるような傷でも、少なくとも完全に機能停止することはない。

 ゆえにはるは、澄人がなぜそんなことを言ったのか、うまく理解できなかった。それでも、自分がそうすることで、澄人が安心してくれるのであれば――ならばそうしようと、彼女は思った。

「わかりました。澄人さんの言う通り、もっと自分を大事にすることも考えてみます」
 はるがそう答えると、澄人は安堵したのか、軽く――ほっと息を吐いた。
「それじゃ、そろそろ帰りましょうか」
「あ……その前に、ちょっと……トイレへ行ってくるよ」
「わかりました。わたしはここで待っていますね」

 はるは澄人から紙袋を受け取ると、トイレマークと矢印が描かれたプレートがつけられた通路の前で待つことにした。

 その間、先ほど澄人が言っていたことを理解できないかと、彼女は記憶領域から呼び出し、人工頭脳内で再生させた。

『そんな……いくらケガをしても平気だなんて……そんなこと言わないで。僕……はるにケガをしてほしくない……はるがケガをするところなんて……見たくない……』

『あっ……ちち、違うんだ! 別に、怒っているわけじゃないんだ……。ただ……僕ははるに、その……もっと、自分のことを大事にしてほしくて……』

――なんだろう……何か――不思議な感じがする。

 嬉しいという感情を自分が抱いているのはわかる。しかし、それだけではない。それ以上の――もっと強い何かを、彼女は感じていた。だが、それが何なのかはやはりわからない。

「やっぱり、さっきのが原因なのかな……」

 パスタ店で起きた異常――“何か”に触れた瞬間に流れてきた、正体不明のもの。

 もう一度スキャンをしてみるが、やはりエラー等は検出されない。

 それでも“何か”の正体がわからない以上、不安は拭いきれない。

「澄人さん、まだかな……?」

 はるの口から、言葉がこぼれる。それと同時に、

――あれ? わたし、なんで……?

 と、口に手を当てた。

 まだ心配するほど時間は経っていない。

 待つことが嫌と感じているわけでもない。

 何か別の――今のはるには理解できない感情が、そう言わせたのだ。

――家に帰ったら、もっと詳しくチェックしよう……。

 はるは軽くため息を吐くと、トイレから澄人が戻ってきた時に今のままではまた心配をさせてしまうと思い、下げ気味になっていた顔を上げて、食品売り場に目を向ける。すると中央通路を挟む形で、その食品売り場の向かい側――並んでいるいくつか店に彼女の目が行った。

「あ! たいやき屋さん……アイスクリーム屋さんもある」

 他にも和菓子店やシュークリーム店、クレープ店等もあり、そこで買ったものを近くにある飲食スペースで食べている客が大勢いる。

 はるがその光景を眺めていると……

「あれは……!」

 とある店に、彼女の目は釘付けとなる。

 それはガラスケースが設置されている、白を基調とした店。それを目にした彼女は、

「…………」

 まるで吸い寄せられるように、その店まで足を進めた。

 その十数秒後。

「あれ……?」

 澄人がトイレから戻ってきた。

「はる……どこ行っちゃったんだろう?」

 キョロキョロと彼が辺りを探す澄人。すると一分もしないうちに、ガラスケースの前でしゃがんでいるはるを見つけた。

「あっ、いた」

 澄人は、その店の看板に目を移す。

「花不二家……」

 花不二家は老舗の洋菓子店で、特にケーキの評判が高いことで有名だ。

 当然、ガラスケースの中には彩り鮮やかなケーキが何種類も並べられている。

「はる……こんなところで何を……?」

 澄人が側に行くと、はるはガラスケースをじっと見つめていた。

「ケーキ……」
「ケーキが、どうかしたの……?」
「タルト……ミルフィーユ……クリームロール……ホワイトチョコケーキ…………」

 まるで呪文を唱えるかのように、はるはケーキの名前を口にしていた。

「は、はる……?」
「あっ……! ショートケーキ……!!」

 彼女はガラスケースの下段の方にある数種類のショートケーキに視線を移す。

「プリンショートにメロンショート……あ、イチゴのショートケーキ……! 白い……ホイップクリーム……いっぱい……おいしそう……」

 そしてホイップクリームが盛られたイチゴのショートを見つけると、目を更にキラキラと輝かせた。

「えっと……もしかして、ケーキ食べたいの?」
「……はい」
「イチゴのショートケーキ?」
「……はい」
「何個、食べたいの……?」
「……じゅっこ……」
「じゅじゅ、十個!?」
「……はい」
「さ、流石に多くない……?」
「……じゅっこ……」
「…………」

 まるで、何かに取り憑かれたかのようなはるとケーキの値段を、澄人は交互に見る。

 はるが今見つめているのは、プレミアムデラックスショートケーキ。厳選された卵を使った柔らかいスポンジ生地と、原産地にこだわった甘みのある大きなイチゴ。そしてこの店オリジナルのスペシャルホイップクリームをふんだんに使った、人気のケーキだ。

「白いクリーム……ショートケーキ……たくさんのクリーム……イチゴのショートケーキ……」

 ふわふわとした口調で言い続けるはるに、澄人は……

「じゃ……じゃあ、十個買って帰る……?」
「……はい……じゅっこ……じゅっこ買って帰……っえ? あれ? わたし……なんでここに……? えっ、す、澄人さん!?」

 ようやく澄人に気づいたはるは、飛び跳ねるように立った。

「わたし、あそこで待っているって言ったのに……すみません」
「そ、それはいいんだけど……はるって、ケーキ好きなの?」
「はい……。その……食べ物の中で、ケーキが一番エネルギーに変換しやすいみたいで……。特に糖質と植物油脂が含まれているホイップクリームとか……」
「なるほど……それで、あんなに夢中になっちゃっていたんだね」
「は、はい……」

 恥ずかしいところを見られてしまった……と、はるの顔がちょっと赤くなる。

「それで……十個買って帰る?」
「い、いいえ! 買わないです! 買わなくていいです!」

 はるは思いっきり首を横に振った。

「でも、食べたいんだよね……?」
「それは……そうですけど…………」
「ま、まあ……十個は流石に高いから、買えないかもしれないけど……一個や二個くらいならいいんじゃないかな? 僕も、久しぶりにケーキ食べてみたいし……」
「……じゃあ……いいですか? プレミアムデラックスショートケーキ……二個」
「うん」

 すぐに頷いてくれた澄人に、はるは申し訳なく思うと同時に、感謝の気持ちも高まり、

「ありがとうございます、澄人さん!」

 思わず彼に抱きついた。

「はは、はる……!?」
「あっ、すみません。つい嬉しくて……」

 はるはすぐに離れようとした。その瞬間――

「っ……!」

 彼女は自分の顔が熱くなるのを感じ、彼の顔を直視した状態で止まってしまった。

「…………!?」

 同時に澄人の顔を赤くなり、彼の心臓の鼓動がはるに伝わってきた。

「――っ! す、すみません!」

 自分が澄人の顔を見たまま止まっていることに気づいたはるは、慌てて彼から離れた。

「い、いや……僕の方こそ……ごめん……」

 互いに謝る二人。当然、周囲の者達の視線が自然と集まることになった。

「と、とりあえず……ケーキ買おうか」
「そ、そうですね」

 二人はケーキを買うと、早足でその場から立ち去り、ショッピングモールの出口へと向かった。

――なんで、わたし……顔が熱くなったの? こんなこと……今までなかったのに……。

しおり