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第6話 宝石の行方

 イザベルはベッドの上で寝返りをうった。

 今日はとても楽しかった。そう思うのは自分はどこか変なのだろう。

 あの後、イザベルがうなずくと——それ以外選択肢がなかったともいえる——、すぐにデイヴィスは、あの馬車で屋敷まで送り届けてくれた。

 しかし、最後に顔の前で指を鳴らされたのが気になる。何かの魔術を施したのだろうが、一体何の術なのだろう。

「明日の夜十時にお前の家の裏庭から道をつなげる。来なかったらどうなるか分かってるよな」

 先ほど怖いほどの笑顔で念を押された事を思い出す。勿論イザベルは行くつもりだ。だが、素直に宝石を持っていくかといえばそうではない。

 そこではたと気づいた。

「そうだ、急がなくちゃ」

 慌ててベッドから跳ね起き、抜き足差し足で衣装部屋に歩いていく。そして奥に置いてあった赤い衣装箱のふたを開ける。それはイザベルが小さい頃に使っていた衣装箱だった。
 しわにならないよう慎重に服を取り出していく。服をすべてどけると、鍵のついた小さな箱が出てきた。

 箱を開けて中を見る。イザベルは満足そうにその中の物を一つ一つ取り出していった。
 真っ赤なルビーのブローチ、リガードネックレス、そして『サンセット』。それらはすべてこの一ヶ月間、イザベルがディアブリーノとしてデイビッドから奪い取ってきたものだった。

 いつ見ても本当に素晴らしいものばかりだ。デイヴィスは性格は悪いけどコレクションのセンスは悪くない。特にイザベルは二回目に盗ったリガードネックレスが気に入っていた。色とりどりの宝石がきらきらと輝いているのを見てうっとりするのがイザベルの最近のマイブームだった。

 こんな素敵なものを自分が持っていていいんだろうかという気持ちもあるが、これはもともとデイビッドが盗んだものだし、盗ってしまったものは仕方ないと思い直す。

 どれもデイビッドになんか返したくはない。渡したらきっと命くらいは助けてくれるだろう。ただそうなると負けを認めた事になる。

 その時に言われる言葉も予想がついている。

 ご苦労様、もう俺の勝ちだな。短い間だったけど楽しかったよ。さあ、ここで膝をついて謝りな。そしたら許してやるよ。

 腕を組んで勝ち誇った顔をしているデイヴィスを想像してイザベルは眉をひそめた。絶対にデイビッドにこんな言葉は言わせない。自分は負けたわけではないのだという事をデイビッドに教えてやらなくてはいけない。

 イザベルは三つの宝をそれがデイヴィスであるかのように、じっと見つめた。


****

「デイヴィス、一勝負するか?」

 友人のジェイソン・バークが声をかけて来る。デイヴィスは読んでいた本から顔を上げ、ジェイソンの方を見た。机の上にはカードが置かれている。

「今日はやめておくよ」
「いいじゃないか、デイヴィスは強いんだから」

 その言葉にデイヴィスは考え込む。確かにカードゲームでの勝負は好きだし、自分でもわりと強いのは自覚している。

「いいけど、これいい所なんだ。もう少し待ってくれないかな」

 手に持っている本を見せる。前日、フィオナのお見舞いに行くついでにジェイソンに借りたものだ。ちょうど終盤の主人公が怪物と対決するシーンだ。ここは一気に読んでしまいたい。

「あー、わかったわかった。このあいだ出たケインの新作も貸してやるから」

 デイヴィスの目が輝く。彼が怪奇小説が好きな事はジェイソンしか知らない。おとなしい男を演じるのに、愛読書が怪奇小説ではきまりが悪いのだ。
 だから気心の知れたジェイソンに頼んで貸してもらっている。今はまっているのがアルドー・ケインという作家の作品だ。持つべきものは同じ趣味を持つ友人だとデイヴィスは思っていた。

 それならカードゲームくらい参加しないと彼に悪いだろう。デイヴィスはわかったよ、と言って本を閉じ、席に着いた。

「ところで今日の晩餐会は誰がくるんだ?」

 カードを切りながらジェイソンが尋ねて来る。

「ジェイソンの家族は全員来るんだろう? そういえばフィオナの外出禁止令は解いたんだっけ?」
「うん、あんな事があったから完全に解いたよ」

 当たり前だ、とデイヴィスは思う。大体、バーク侯爵とその嫡男は末娘に過保護すぎるのだ。

 それでも昨日ジェイソンの頼みに承諾したのは自分もフィオナを来させたくなかったからだ。もし、フィオナが行くとしたらイザベルやアシュレイ・マドックと一緒に、という条件をつけられるだろう。そうすればデイヴィスはイザベルに接触出来ない危険性があった。昨日、デイヴィスがあの時間にバーク家を訪問してたのは幸運だとしか言いようがない。

「で、そのフィオナは? あ、レディ・イザベルとカフェに行ってるんだったね」
「そう。ショコラテリアで。アシュレイちゃんも一緒だって。なんか期間限定のケーキを食べるんだってワクワクしてた。って何でお前知ってるの?」
「昨日馬車で約束してたから。それにしてもレディ・イザベルとねえ……」

 能天気な女だ、と思う。まさか今日も呼び出されているのを忘れているのではないだろうか。それならそれで対策を考えているが。

 ジェイソンがニヤニヤしている。あれはからかう目だ。さっさと話題を戻す事にする。

「あと来るのは、ウイリアムズ伯爵一家、ティルランド伯爵一家、それからザヴィアー子爵ご夫妻」
「ザヴィアー夫妻も来るのか?」
「うん。今日の晩餐会は別名『ザヴィアー夫人をはげます会』だから。まあ、そんなことは本人には内緒だけど」
 それを聞いてジェイソンはため息をついた。
「ザヴィアー夫人もかわいそうだよな、デイビッドに大事な宝石を盗られて」
「ああ、本当にな。かわいそうに」

 その原因を作ったのが自分だと言う事は棚に上げる。もっともジェイソンはディビッドの正体を知らないが。

「はい、あがり」
「ちょ、嘘だろう!? もう一回だ、デイヴィス!」
「……はいはい」

 一回か二回と言ってたのに、客の着くのが遅く、結局デイヴィスはジェイソンに誘われるまま三回、四回と勝負を続けた。もちろんデイヴィスは勝ち続け、それもジェイソンの勝負心に火をつける原因になった。
 十一回目の勝負が終わった頃、ようやく呼び鈴が鳴った。

 来た客に挨拶しながらデイヴィスはザヴィアー夫人の様子を観察していた。別に普段とそう変わらない。これでは平然としてるのか強がっているのかわからない。
 食事の間もザヴィアー夫人の態度は変わらなかった。話しかけられれば答え、上品に料理を口に運んでいる。少しでも悲しそうな顔をしてくれたら面白いのに、などと考える。

「そういえばカースル男爵令嬢のお姿が見えませんね」

 ティルランド伯爵にからかわれ、デイヴィスのフォークが止まった。

「今日は招待していませんが」
「あら珍しいこと。そうは思いません? ウイリアムズ夫人」
「本当ね。最近イザベル嬢と本当に仲がよろしいものね。何曲も踊ったりして」
「仕方ないですわ。カースル男爵令嬢はどこか神秘的な美しさがあるもの。マロリー伯爵が夢中になっても無理もないでしょう」
「そうですわね。婚約発表はいつかしら。楽しみね」
「ちょっと、やめてくださいよ、ティルランド夫人、ウイリアムズ夫人まで」

 数日前のダンスの誘いから自分とイザベルとのことをからかう人が増えてきた。これで休み明けに自分がイザベルの魔術の指導を始めたら噂はもっと大きくなるのだろう。

 あれほど自分を馬鹿にしてきた少女を野放しにする気はない。宝石を返させるのはまず最初の一手なのだ。今夜それを思い知らせるつもりだ。

 とはいえここで自分がからかわれるのは不本意だ。

「昨日もさりげなくデートに誘っていたし、かなり仲はいいんじゃないですかね」
「ジェイソン……」

 その話題から離れてほしいという気持ちはジェイソンには全く届かないらしい。

「そういえば今日もイザベル嬢がフィオナとお茶してるって聞いて気にしていたじゃないか」
「え? そうなんですか、デイヴィス様?」
「へぇー。イザベルさんとデイヴィスがねえ」
「ひゅーひゅー!」
「……ああ、もうそれでいいです」

 バーク三兄妹にからかわれ、とりあえず引く。自分は今は『喧嘩なんかしたくない情けない男』を演じているのだから。

「ところで、今朝ちょっとおかしな事があったんですよ」

 ザヴィアー子爵が話題を変える。デイヴィスはほっとしてその話題に乗った。

「おかしな事って?」
「あのデイビッドの事なんですけれども」

 彼がそう言ったとたん、全員の目がザヴィアー夫人に向く。だが夫妻はデイヴィスの予想に反してにこにこと笑っている。

 一体何があったというのだろう。自分は宝石を盗った事以外は何もしてない。ましてやザヴィアー子爵を喜ばせる事なんて大泥棒である自分がしているわけがない。

「デイビッドが何かしたんですか?」

 自分は何もしてない。だが何が起こったのかは知りたい。そう思い、デイヴィスはさらにつっこんで聞いてみる。

「デイビッドは何もしてないですよ。デイビッドはね」

 子爵はそう言って妻の方に微笑みかける。

「ええ。『何かした』のはディアブリーノなんですよ」

 ザヴィアー夫人が言った言葉にテーブルにいる全員がぽかんとした表情になる。

 一体あのイザベルが何をしたというんだろう。何かものすごく嫌な予感がする。

「まあ、彼女が一体何を?」

 母親が穏やかな口調で尋ねる。デイヴィスだけでなく他の人も興味を持ったのだから聞いてもおかしくない。

 ザヴィアー子爵はにっこり笑って口を開いた。

「今朝、何故かサンセットが家に置いてあったんですよ。カードつきで」

 その言葉にティルランド伯爵はほうと溜息を漏らし、ウイリアムズ夫妻はそろって目を丸くし、フィオナと母親が感激したように目を輝かし、ジェイソンはぽかんと口をあけた。

 ザヴィアー夫人はみんなにそのカードを見せる。そこには『この宝石はお返しします ディアブリーノ』と書いてあった。

「ということは彼女は義賊だったんですの?」
「そうかもしれませんね」
「でも他のものは戻って来てませんし、一個で決めつけるのはどうかと……」
「一個だけではありませんわ。私も今日アシュレイから聞きましたもの。ミルドレッドのリガードネックレスが枕元のサイドテーブルにおいてあったって! もうイザベルも私もびっくりしちゃって!」
「またそれはそれは。でも何故レディ・アシュレイがそんな事を知ってるんです?」
「ほら、マドック邸とアンブローズ邸はすぐ近くにあるでしょう。あの二人は幼なじみなんですの」
「ああ、なるほど。それにしてもディアブリーノがねえ……」
「一晩で二つも宝石を返したんですか。すごいですな、ディアブリーノは」
「ルビーのブローチも戻っているかもしれませんよ。明日、ティンバー伯爵に連絡してみましょう」
「本当に昨日、デイビッドと何があったのかしら」
「見れたらよかったのにねえ」

 みんなおいしい料理を食べるのも忘れ、わいわいと話している。

 なるほど、とデイヴィスは心の中でつぶやく。どうやらイザベルは今日は来るつもりはないらしい。

 愚かな小娘、と心の中でつぶやく。

 仕方がない。三日後の夜会で会うはずなので、その時にもう一度接触しよう、と決める。

 そう。まだこの時のデイヴィスには余裕があった。

 ザヴィアー子爵の次の言葉を聞くまでは。

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