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第4話 馬車の中で

 その夜、イザベルは自室で身支度をしていた。もうすぐデイヴィスが迎えにくるのだ。

 あの後、フィオナはしっかりとバーク侯爵から許可をもぎ取って来た。最後まで難色をしめしていたジェイソンも、父がいいと言うのならとしぶしぶ許可を出した。
 イザベルも断ろうと思っていたのだが、デイヴィスの目を見た途端、『行きます』と勝手に口が動いた。身分の高い人には逆らってはいけないと本能が感じたのだろうか。

 ただ、帰る時に、デイヴィスがそっと耳元で素晴らしい解決法を囁いてくれたのでほっとする。あの案なら大丈夫だ。フィオナを巻き込む事は絶対にない。デイヴィスはフィオナを帰してから説得しようと決める。

 露出の少ない紺色のハイネックのドレスを選ぶ。ラインは動きやすいようにAライン。余計な飾りは必要ないのでつけない。髪は軽くアップにしてもらった。足首には今年の誕生日に父に送られた魔剣をとめる。何かあった時にフィオナとデイヴィスを守るためだ。ついでにバッグの底にはディアブリーノの時に使っているヴェールをこっそりと忍ばせた。

 すべての準備が整った頃、執事がデイヴィスの来訪を告げた。
 デイヴィスは珍しく腰に剣を下げている。やはりデイビッド対策だろう。頼りにならないかも、と思ってたのを反省する。

「ごきげんよう、デイヴィス様」
「こんばんは、レディ・イザベル。そのドレスかわいいですね」
「えっ!」

 さらっと言われ、面食らう。

「あ、えっと……ありがとう……ございます」

 なんとかこの場に最適な言葉を口に出せた。デイヴィスが小さく笑う。

「では早速行きましょうか」
「あれ? フィオナは? 馬車の中ですか?」
「これから迎えに行くんですよ。当たり前でしょう」

 ため息まじりに言われ、イラっとした。それでもなるべく顔に出さないように気をつけて馬車に向かう。

「わぁ!」

 つい感嘆の声をあげてしまった。小さな馬車なのに、ものすごく座り心地のよさそうな椅子がしつらえられ、その上には惜しげもなくクッションが置いてある。

 ふと足下を見ると後ろの席に小さなオットマンが置いてあった。

「これは?」
「ああ、これはフィオナの席です」

 フィオナの足を乗せるためのオットマンまで用意するとはやはり気が利くのだろう。
 その横の席に腰掛けようとすると、ぐい、と腕を引かれた。

「気持ちはわかるけど、今はこっち」

 座らされたのは前の席。デイヴィスの隣だった。

「あ、あの……」
「行きますよ」

 デイヴィスの運転で馬車はゆっくりと動き出した。しばらく走るとデイヴィスは指を鳴らす。そうすると馬車が透明な膜で覆われる。

「今日は武器は持って来てますか?」
「スカートの中に魔剣を……」
「魔術が苦手なのに?」

 からかわれ、イザベルは頬を膨らませる。

「魔力登録はしましたから」
「それは最低限の事でしょう。まったく」

 ため息を吐かれる。確かに魔剣に自分の魔力を一定量入れて登録しておかなければ思い通りに動いてくれない。やっかいな剣だ、と思う。

 デイヴィスが見せてと言ってきたので素直に渡す。彼は受け取った剣を見て満足そうにうなずいた。

「うん。きちんと魔力登録は出来ているようですね」
「どうしてそんな確認を?」
「登録が上手く出来てなければ、奪われる危険性があるんですよ。相手の魔力に染められてしまったら、その魔剣は相手の物になってしまいますからね」

 恐ろしい話に息を飲む。

「もっとも、僕ならきちんと魔力登録がしてあっても『奪う』事が出来ますけどね」

 さらりととんでもない事を言う。

「それってどういう事ですか?」
「つまり僕は魔剣から魔力を抜く事が出来るという事です。もっとも、よほどの事じゃない限り人の魔剣を奪ったりなんかしませんけど。レディ・イザベルも安易に他人に魔剣を渡さないように。特に魔術師には」

 じゃあ何で見せてと言ったんだ、とつっこみたかったがやめる。

「えっと、デイヴィス様は……?」
「いつも持っている物も含めて魔剣が二本、普通の剣が一本、あとはロープが二本」

 ずいぶん本格的だ。魔剣は短刀と長剣がそろっているし、『普通の剣』もしっかり手入れされているのが分かる一級品だった。

「いつも魔剣を持っていたんですか?」
「ええ。勿論。必ずこの短刀の方は携帯していますよ。何があるか分かりませんからね」
「……知らなかったわ」
「当然の事です」

 さらりと答えられ、イザベルはデイヴィスを少しだけ見直した。


****

 予想していたよりずっと早く到着した二人にフィオナが目を丸くする。

「え? デイヴィス!? イザベル!? はやくない? まだ八時半よ?」
「いいや、はやくないよ、ねえ、レディ・イザベル?」
「ええ、はやくないですわ、デイヴィス様」
「あなたたち、そういう時は共謀して!」

 フィオナが頬を膨らます。

 デイヴィスの『解決案』とは『二人の待ち合わせ時間よりずっと早い時間にフィオナを迎えに行く』だった。そうすればフィオナが帰るのは九時半。この時間ならばデイビッドの攻撃を受ける心配もない。見つからない可能性の方が高いが。それが分かってかフィオナは地団駄を踏んでいる。

「ひどいわ、二人とも!」
「フィオナ、足に響くよ」
「誰のせいなの? それに足はもう大丈夫よ! もうっ! イザベルまで一緒になって!」
「あ、あのね、もしかしたらどちらかがはやめに待ち合わせ場所にいる可能性があるじゃない? そこを見れたらなって話してたのよ。そうですよね、デイヴィス様!」
「レディ・イザベルの言う通りだよ」

 そういいながらイザベルにウインクをして来る。ちゃんとフォロー出来ていたらしい。それでも自分でもぺらぺらとこうも言い訳が出て来るな、と呆れたが。

「それでもはやすぎるでしょう!」
「行けるだけでもいいだろう。本来なら君は何も知らずに家に閉じ込められていたんだからね」

 デイヴィスがにっこりと笑って止めを刺した。


****

「ねえ、デイビッドとディアブリーノの正体って誰だと思う?」

 馬車を走らせてしばらくしてから隣にいるフィオナが話しかけて来た。いくら走ってもデイビッドもディアブリーノも見つからないのが分かっているので退屈してしまったのだろう。ディアブリーノなら彼女の真横にいるのだが、言わないでおく。

「フィオナはどう思うんだい?」
「検討がつかないのよね。若い男性としか」

 それは範囲が広すぎるだろう。デイヴィスも同じ事を思ったらしく苦笑している。

「レディ・イザベルは?」
「うーん。少なくとも貴族ではないかなって思うんですけど……」

 イザベルがそう言った瞬間、デイヴィスとフィオナがびっくりしたようにこちらを見た。

「と、いう事は僕たちの知り合いの中にいるという事ですか?」
「そんな! 怖いわ!」
「あ、いえ、あの……」

 予想外の大きな反応にイザベルの方が焦ってしまう。

「ほら、犯行予告とか、あの挑戦状は貴族の館に届きましたよね。だからそう思っただけですけど」
「デイビッドなら……」

 デイヴィスがぽつりとつぶやいた。

「え?」
「『大泥棒』のデイビッドなら貴族の屋敷に忍び込んでカードを貼るくらい簡単でしょうね。様子を見るのもどこかの隙間か何かに入り込んで見れますし」
「なら貴族じゃない可能性もあるって事ですか?」
「そりゃあそうでしょう。あ、でも……」

 そう言って口をつぐむ。

「『でも』何よ。最後まではっきりおっしゃいよ」

 フィオナがせかす。デイヴィスはしぶしぶというように口を開いた。

「……貴族を殺すか攫うかしてなりかわっている可能性もあるかもしれませんね」

 フィオナが息を飲んだ。イザベルも背筋が寒くなる。

「じゃあ、デイビッドが人殺しをしている可能性も?」
「あるでしょう。彼は犯罪者ですよ」
「泥棒がするのは盗みでしょう? そんな殺してなりかわるなんて……」
「僕は『可能性』の話をしているんだよ、フィオナ。レディ・イザベルの言うように本当に貴族だという可能性だってあるしね。あ、ただ……」

 デイヴィスはゆっくり後ろを振り返った。イザベルと一瞬だけ目が合う。

「ディアブリーノは間違いなく貴族だ。かけてもいい」

 あなたでしょう、と暗に言われているような感覚に襲われぞっとする。

「どうして?」
「だからあの挑戦状ですよ。ディアブリーノがあの舞踏会に招待されてなければあれも無駄になりますからね」
「え? じゃあ誰かも……」
「さあ、どうでしょう。あんな馬鹿げた事をしているのだから、十代くらいだとは思うんですけどね」
「馬鹿げた事!?」

 つい、イザベルは声を荒げてしまった。デイヴィスは呆れたようにため息をつく。

「馬鹿げているでしょう。わざわざデイビッドの怒りを買いに行くなんて愚かとしか言いようがない」
「あら、デイヴィス。ディアブリーノは女の子たちのあこがれなのよ」
「え? そうなの?」

 デイヴィスの声とイザベルの心の声がはもった。

「だってかっこいいじゃない。ねぇ」
「かっこいい……かな?」

 デイヴィスが苦笑する。イザベルも首を傾げた。

 かっこいいだろうか。褒められるのは嬉しいが、自分とかっこいいという言葉は結びつかない。むしろ結びつくのはデイビッドではないだろうか。

「あなたたち同じ反応するのね」

 フィオナがくすくすと笑う。

「僕にはあんな無謀なお嬢さんを『かっこいい』と言えるフィオナの方が不思議だよ」
「じゃあデイヴィス様はディアブリーノが負けると思っているんですか?」
「思っているどころじゃない。むしろ確信していますよ」

 即答され、言葉につまる。

「確信ですか?」
「はい、確信です」

 こわいほどの笑顔でにっこりと笑いかけて来る。

「デイヴィス、結構ひどいわね」
「そうかな? 僕は当たり前の事を言ってるつもりだけどね」

 当たり前。その言葉に少しだけむっとする。

 今日は絶対に負けない。そうしてデイヴィスの予想を裏切ってやるのだ。イザベルはそっと心の中でそう決意した。

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