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執務用のドレスを着たシェリーと、小綺麗なドレスに身を包んだアルバートが抱き合って別れを惜しんでいる。
シェリーの頬に愛おし気に唇を当てるアルバート。
それを見ている兄妹は小声で話をした。
「なんと言うか、中身は夫婦だとわかっていても複雑な心境になるな」
「ええ、でも二人とも本当にお美しいです。まるで歌劇の一幕を見ているようですわ」
「ああ、今流行りの奴か? 女性同士の禁断の恋だっけ?」
「あらお兄様? ご覧になったの? そういうのに興味が?」
「違うよ。女装することが増えたから仕草なんかの勉強のために殿下と観に行ったんだ。二人ともドレスを着てね。何人かの貴族男性に声を掛けられた。意外とモテるんだ」
レモンが干からびた蚯蚓を見るような目で睨んだ。
「おいおい、もしもお前が新しい扉を開けるのなら、僕は邪魔はしないけど、ドレスは自分で買ってくれ」
シェリーと手を繋いだままアルバートがオースティンを揶揄った。
「冗談じゃないですよ!」
オースティンが怒ったような声を出した時、ドアがノックされサミュエルが顔を出した。
「我が愛しのレモン嬢を迎えに来たのだが取り込み中だったか?」
四人が頭を下げる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。ん? なんだか良い夜を過ごせたようだな?」
「ええ、お陰様で」
アルバートが悪びれずに返事をした。
シェリーは赤い顔で俯いている。
一つ咳払いをしてサミュエルが言った。
「シュラインがローズ嬢の相手をしているよ。迎えに行ってやれ」
「ええ、オースティンとレモンが向かう予定です。僕は叔父上と庭園デートですね」
サミュエルが頷いた。
「では、レモン嬢。私のおすすめの紅茶をバラ園の東屋で紹介させてほしい」
「ええ、喜んでお供いたしますわ、サミュエル様」
サミュエルにエスコートされ、アルバートが部屋を出た。
振り返ってシェリーに投げキスを贈り、静々と廊下を進む。
レモンがふと言った。
「私より理想的なレモン・レイバート子爵令嬢だわ」
「そうだな。お前より百倍は美しい淑女だ」
そう言ってしまったオースティンは、レモンに小突かれながらシュラインの執務室に向かった。
一人になったシェリーは昨夜のことを思い出し、ふとその名を口にした。
「イーサン……どうか幸せに」
迎えに来た文官と共に執務室に向かう。
その顔は一人の女から皇太子妃のそれに変わっていた。
机に座ると、次々に決裁待ちの書類が運び込まれる。
文官がふと口を開いた。
「昨日は楽しかったですか?」
「えっ? 昨日は……とても……素敵だったわ」
真っ赤になったシェリーを見ながら文官が小首を傾げた。
シェリーは気を取り直して一番上の書類を手に取った。
「さあ、今日も頑張りましょうか」