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中編「演奏、やってます」(4)

 5月20日、21日の週末に催される県立天歌高校の文化祭。結局ミカは、軽音のライブがある21日の日曜日に、ミクッツのみんなと見に行きました。

 週明け22日の昼休み、マーちゃんが「至急」ということで、マイとミカを呼んでカフェテリアで集まりました。
「ナッチが『DNA』おりるって言ってる」とマーちゃん。
「ギターはマイがやればいい、だって」
「それってやはり...」とミカ。
「そうとは言ってないけど...」とマーちゃん。
「ルミッコのメインボーカルとしては、納得いかないところがあるのかな」とマイ。
「どうする? わたしはボーカルおりてもいいよ」
「『DNAをミカのボーカルで』っていうのが狙いだから、それは...」

 中間試験前で今週はリハーサルはないので、放課後にマーちゃんとマイでナッチに話をすることにしました。他のメンバーにはひとまず黙っていることにしました。
 月曜日と水曜日の2日、ナッチの説得が行われました。ナッチは最終的に「ミカと二人で話をしたい」と言いました。

 5月25日の木曜日、ミカとナッチは校門で待ち合わせをしました。ナッチが「JUJU」に行きたいと言い、二人で向かいました。ちょうどヨッシーはバイトに入っていなくて好都合でした。
 LサイズのポテトにドリンクMをふたつを注文して、窓際の席につきます。店長が注文の品を運んできてくれました。
 しばらく二人黙って、ポテトを食べ、ドリンクを飲みました。ミカはいつもとおりのアイスコーヒー。ナッチはコーラです。

「ここって、ミクッツがいつも来てるんだよね」とナッチが切り出します。
「うん。御用達ってところかな?」とミカ。
「さすが国立コース。使う言葉からしてちがうね」と一般コースのナッチ。
「私はバンドの練習で精一杯。勉強まで手が回らない」
「...」
「ルミ中から軽音部で活動して、ルミッコのオーディション受かって、やってくうちに、だんだん音楽の世界で生きていきたいって思うようになった」
「プロになるの?」
「高校出たら東京に行って音楽の専門学校に通おうと思っている」
「そうなんだ」
「ミカは高校で音楽は終わりなんだよね」
「そのつもりでいる」
「やっぱり...神様って不公平だよね」
「えっ?」

「中学からずっとバンドやってきて、がんばってメインボーカルとれるようになって、将来音楽で生きていこうとする私には望んでも得られないものを、神様はミカ、高校2年から1年間だけバンド活動するあなたに与えている」とミカを真っすぐに見つめながらナッチ。
「なんで? わたしはナッチの足元にも及ばないよ」とミカ。
「テクではね。でも、あなたの伸びやかな高音域。私が練習して裏声なんかも駆使してやっと出してる音域を、あなたはいとも簡単にこなしている。声には艶と張りがしっかりとあって、そのうえに透明感がある。最初にあなたのボーカル聞いてから、ずっと羨ましくてしかたなかった。そんな声を、音楽は高校で終わりって子に与えて、私にはくれない...神様は不公平なんだよ」
「そんな...」
「戸松さんも言ってるんだから、やはり『DNA』のボーカルはミカじゃなきゃいけないと思う。でもルミッコのメインボーカルやってきた私が、他人のボーカルのバックって、どうしても認められなかった」
「わたしはおりても...」
「それはちがう。ボーカルはあなたで決まり」きっぱりとナッチ。

「昨日、リーダーに言われたんだ。プロを目指すにしても、いや、プロを目指すからこそ、私は今回のコラボで、バックをつとめなきゃいけないんじゃないかって」と張りつめていたものがすこし緩んだ風にナッチが言います。
「...」
「与えられた役割を最高レベルで果たす。それがプロだって。そう言われて考えた。音楽で生きていくにしてもソロやバンドでデビューするなんて夢のまた夢。だとすれば、サポートミュージシャンとして、10曲のプログラムの9曲目で短いフレーズを演奏するだけで終わり、みたいなこともある。でもそういう役割をきっちりと果たす。それがプロ」
「そういう世界...」
「だから、私は今回のコラボでギターをやることにした」
「...よかった」
「けれど、ルミ女軽音部伝統のバンド『ルミッコ』のメインボーカルの座をタダで明け渡すわけにはいかない」

「ここのミニチョコレートサンデー、美味しいんだって?」とナッチ。笑みが浮かびます。
「うん。ライブのあとのご褒美によく食べてる」
「じゃあ、ミカ。私におごって」
「...わかった」
 ミカはカウンターに行って、ミニチョコレートサンデーを2つ注文します。しばらく待って、自分でトレーにのせて席に運びます。
「お待たせしました」とナッチの前にサンデーを置いてミカ。
「おいしそう」とナッチ。
 ミカが席に着きます。
「いただきまーす」とナッチ。
 二口、三口したのち、ナッチが言います。
「これで決まりね」
「ありがとう。よろしくね」
「うん。絶対、成功させようね」

 結論はそれぞれがリーダーに報告することにしました。

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 5月末の中間試験が終わると、6月10日のワンマンライブに向けて、4人はミカ作詞の新曲の仕上げと同時に、他のレパートリーも入念にリハーサルを続けました。マイの弾き語りも時々メンバーの前で披露。いい感じで仕上がりつつあります。
 晴れ舞台を前に、緊張と嬉しさが沸き起こってくる中で、ミカはノエルのことが気になります。リハーサルには集中して取り組んでいますが、それ以外の時間は「心ここにあらず」というときもありました。メンバーは気を遣い、ノエルの話題は出さないようにします。

 ミカに割り当てられたライブのチケットは5枚、そのうち2枚をおじいちゃんとおばあちゃんに渡しました。
「なんか、そう簡単に出られる店じゃないんだって。すごいじゃないか」とおじいちゃん。
「楽しみにしてますよ」とおばあちゃん。
 おとうさんとは5月27日の夜、T市で夕飯をいっしょに食べました。
 ライブのチケットを1枚渡してミカが言います。
「今度はうちのレパートリー全曲演奏するからね」
「頻繁にステージがあるんだね。かならず行くよ」とおとうさんも嬉しそうでした。

 おとうさんに会った翌日、5月28日の日曜日、梅雨のはしりの雨が降る中、ミカはノエルのお見舞いに行きました。
 2時ころ、ノエルの入院している個室に着くと、ノエルのお父さまとお母さまがいました。お父さまとは初対面です。あいさつをするとすぐ、2人は気を遣って出て行ってくれました。
「まったく面目ない。このざまだ」とノエル。心なしか話すテンポがゆっくりになったように感じます。
「気にしないで」
「天高の文化祭は?」
「ミクッツのみんなと行った。でもノエルとも行きたかったな」と、残念そうにミカ。
「まあ、おれはルミ女の文化祭におまえと行けたからいいけどな」
「6月10日のわたしたちのライブは?」
「退院は無理だろうけれど、一時外出許可もらって、なんとか行きたい」
「じゃあ、チケット。あと2枚あるけれど」
「1枚でいい」
 ミカはチケットを1枚、ノエルに渡しました。

 あと1枚のチケットは、中学からの友達リツコに渡しました。
「ねえねえ、ノエルくんも来るんでしょ?」とリツコ。
「うん、たぶん」とミカ
「絶対来るんだよね」
「あの、ノエルのことはいいから、ぜひ友達誘ってね。チケット買ってもらうことになるけれど」
「うん。みんなでノエルくん見にいくわ」
「見るのはわたしらのライブでしょ!」
「はいはい、わかってますよ」とニコニコしながらリツコ。

 ライブカフェ「エンジェル」のカフェ定員は60人。さらにライブでは立ち見が10人まで入場できます。
 ライブの1週間前、6月3日に下見をさせもらいました。ステージに立って機材を確認して、照明の具合を見て、広々とした控室も見せてもらいます。タエコはドラムスの具合を確認します。
「チケットが割り当ての分も含めてだけど、すでに50枚いってる。ルミ女軽音部の20枚が大きいね」とオーナーがにこにこしながら言います。
「20枚ですか? そっか、ルミッコの1年の練習生もいるから」とヨッシー。
「お世話になります。よろしくお願いします」とマイ。
「戸松さんご推奨のバンドだから、楽しみにしてるよ」とオーナー。

 6月10日の土曜日、「エンジェル」でのライブの当日です。梅雨入りして、ときどき雨粒が落ちてくる生憎の天気です、
 タエコ兄が午前中からバンを出して、メンバーの自宅を順番に回って、楽器と当人たちを拾って行ってくれました。
 今日はみんな制服。衣替えして夏服です、右の胸元に校章の刺繍がはいった白の半袖ブラウスに、丈が膝から10cm上あたりの濃紺のスカート。地味な感じで、冬服のほうが人気が高いです。
 いったん「ソヌス」に入ります。12時から1時間使って、ライブ直前のリハーサルをします。
 戸松さんが「見に行くからね。リラックス、リラックス」と言って送り出してくれました。
 1時半頃、まえに屋外ライブをやったAUショッピングモールのフードコートに入ります。軽く腹ごしらえをして、本番のときを待ちます。
 マイが今日は口数少なめです。
「ソロで弾き語りはやはり緊張するわ」とマイ。
 他の3人が話をしたりして過ごす中、マイはギターポジションのチェックをしています。

 2時半を過ぎた頃、タエコ兄が「そろそろ行く?」と言うと、5人は立ち上がりました。バンを回しに駐車場へ小走りで行くタエコ兄。4人はメインエントランスに向かい、再びバンに乗り込みます。
「エンジェル」に着いたのは2時45分頃。店内横を奥へと続く通路を通って、楽器をステージ横の控室に運び込みます。
 3時になると舞台に楽器を運びこみ、プラグの接続やマイクのセッティング、音出しをして確認、チューニングなど、準備をします。
 3時半開場の少し前。メンバーは楽器をステージに置いて、控室に入ります。
「なんか、すごい緊張してきた」とミカ。
「私も。天下の『エンジェル』だからね」とヨッシー。
「夢見た舞台」とタエコ。
 マイはMCの原稿の練習をしています。いつもはアドリブでやってますが、今日はやはり特別のようです。
 3時半開場。車をパーキングに回して控室の隅っこにいたタエコ兄が、最初の観客として席に着きます。
 入れ替わるように、ルミ女の夏服を着た、腰まで伸ばした黒髪が印象的な女の子が、横の通路を通って控室に入りました。

 ミカのおじいちゃんとおばあちゃん、そしておとうさんは、開場から10分くらいしたころに相次いで入ってきました。同じ席にはなりませんが、おとうさんが軽く会釈をすると、おじいちゃんがにこやかに返しました。
 軽音部の一団は15分くらいした頃に入場。顧問の香川先生の姿も見えます。
 ノエルからは、きのう「一時外出許可出たから、見にいくぜ」というメールがきていました。開演10分前くらいに、ドリンクをもって会場横のカウンター席の前のほうに座りました。
 ほぼ同じタイミングでリツコ一行。4人で来てくれました。カウンター席とは反対側のテーブル席に座ると、ノエルのほうを指さして、ひそひそ話に興じています。
 バーガーショップ「JUJU」の半澤さんが入ってきました。カウンター席の後ろのほうに座ります。
 付属病院の福田さんも来てくれたようです。マイから伝えていました。
 開演5分前、オーナーが控室に入ってきて言いました。
「現時点で55枚いった。座席ほぼ満席状態だから、思いっきり音出してね」

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