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中編「演奏、やってます」(2)

 その日の晩、ミカは、T市に住むおとうさんに電話をかけました。知ってるのは番号だけです。
 電話に出たおとうさんは驚いたようで「なにかあったのか?」と聞いてきました。ミカは、バンドをやっていて20日のライブによかったら来てほしい、と言いました。あいにくおとうさんは仕事の都合で無理とのこと。代わりに、春休みのうちに天歌市で会うことを約束しました。

 3月15日水曜日、ミカは担任の松本先生と面談でした。
 松本先生は50代後半の男の先生。やさしく語りかけるように話します。
「森宮さん。本当によく頑張った。国立コース編入で問題ないね」と念を押す松本先生。希望すれば特進コースに残ることもできます。
「はい。ぜひ国立コースで」
「大学や学部の志望は?」
「それが...まだなにも決めてないんです」と言い淀むミカ。
「いま無理に決める必要はないんだよ。よく考えて秋頃までに決めればいい」
「わかりました」
「ただし、文系か理系かは決めてもらわなければならない」ときっぱりと松本先生。
「それも、どちらにしようかと...」
「森宮さんは、理数系のほうが成績がいいよね」面談資料を見ながら松本先生が言います。
「どちらかというと」
「じゃあ、理系にいくといい。理系クラスにいっておいて文系に変えるのはできるけれど、逆はほとんど無理だから」
 こうしてミカは、国立の理系クラスにいくことになりました。
 タエコがクラスメイト。マイとヨッシーは文系クラスです。

 3月16日、LINEにヨッシーのメッセージが入っていました。
「父親の再就職先が決まりました!」
「おめでとう! よかったねー」とマイ。
 タエコは「恐悦至極」のスタンプ。
「どんなお仕事?」とミカ。
「前と同じ営業の仕事。工芸品を扱う会社で、新しい商品の販路拡大をまかされるんだって」

 3月20日の春分の日。付属病院のライブには、メンバーの家族や軽音部の子らも来てくれていました。盛況で、軽音メンバーは最後列立ち見で応援してくれます。マーちゃんやナッチの顔もあります。
 そして、ノエル。今度は客席の真ん中あたりに座っています。

 ミクッツの出番は3時頃。オリジナル2曲とカバー1曲を披露。「どぅ?」、「天使のメッセージ」、「Diamonds」の順で演奏しました。

 演奏を見ていたルミッコのボーカルのナッチが、となりのマーちゃんにぽつりと言いました。
「神様って...ほんと不公平だよね。どんなに練習しても、私にはあんなふうに高音域を歌いこなせない」」

 演奏が終わってロビーに出ると、ミカはおじいちゃんとおばあちゃんにひとこと声をかけ、ノエルのところに行きます。
「どうだった」とミカ。
「前よりもよくなった。新曲、おまえが歌詞を書いたんだって?」ノエルは一段と元気そうです。
「うん。みんなで直してくれたけど」
「そうそう。あと1週間ほどで退院できそうだ」と嬉しそうにノエル。
「よかった。桜まだ開花してないから、お花見行けそうだね」とこれも嬉しそうにミカ。
「しばらく自宅で様子を見て、大丈夫なら行けると思う」
「じゃあ、またメール送ってね」
「そうする」
「それと...ノエルのこと、メンバーに話そうと思う。今日このあと」
「...わかった。あんまり湿っぽくなるなよ」
「うん...そうする」

「付属病院の福田さんって、どうしてうちに声かけてくれるのかな?」とヨッシー。
 ライブのあと、例によって「JUJU」での反省会。
「ルミ女のバンドなら、ルミッコがあるのにね」とミカ。
「うん。私もそう思って、事前打ち合わせのときに聞いてみた」
「なんて?」
「福田さん、ルミッコも聞いていて、バンドの技術ではミクッツはかなわない。けれど、ひたむきさが伝わってくるんだって」
「そういえばスタジオの戸松さん、一生懸命ってこと言ってたよね」とヨッシー。
「その、ひたむきな感じが、病院での催しにはいいと思ったんだって」
「みんな、そういうふうに思ってくれてるんだ」とミカ。

 ポテトが終わったころに、マイが言いました。
「それで、ミカ。歌詞はどんな具合?」
 ミカがバックパックから、1枚の紙を出してテーブルに置きました。
 マイ、ヨッシー、タエコの順に見ます。
「あの、聞いてもいい?」とマイ。
「いいよ」
「これって、誰かのことを思いながら書いた歌詞?」
「うん」
「その誰かって、ひょっとしてノエルくん?」
「...そうだよ...」
「二人は...恋人?」とヨッシー。
「そうではないと思う」
「ただの友達?」と、こういう話題には珍しくタエコが加わります。
「彼はわたしのことを『ダチ』って言っていた」
「『ダチ』って?」とマイ。
「男子がよく使う言葉。」と、共学出身のヨッシーが解説します。
「『ともだち』の『だち』。男の子同士で、ただの友達じゃなくて、付き合いが長かったり関係性が深い相手のことをいうの」
「なるほどね」とマイ。
「けど、女の子に対して『ダチ』って、あんまり聞いたことないな」

「実はね、とても重大なことをみんなに打ち明けようと思っているの」
 そう言うとミカは、周囲を見回します。近くのテーブルには人がいないことを確認して、声を落としてさらに続けます。
「いまから話すこと、だれにも話さないってことを約束してほしい。
「わかった。約束する」とマイ。他の2人もうなずいています。
「絶対だよ」と言って一呼吸置くと、ミカが、うつむき加減で言います。
「ノエルの病気、治らないんだって」
 3人の顔に衝撃が走ります。
「血液の病気で、高校卒業まで、もたないみたい」

 しばらく沈黙。
 ヨッシーがおずおずと言います。
「でも...今日もすごい元気そうだったじゃない」
「うん。あと1週間くらいで退院だって言っていた。でも、入院治療は、残された時間のできるだけ長くを、普通の生活をできるようにするためらしい。根本的に治すことは、いまの医学では無理なんだって」
 またしばらく沈黙。
「そうか。なんか急に『歌詞を書きたい』って言い出したの、そういうことだったの?」とマイ。
 うなずくミカ。
「あたしらに話すの、ノエルくんは了解すみ?」とタエコ。
「うん。絶対に秘密、という条件で。あと半年いっしょに演奏する仲間には、ちゃんと話しておきたかった」
「私らと時間過ごしていていいの? もっとノエルくんと...」とヨッシー。
「そうね。でも彼は、わたしが普通とおり、学校行って、バンドやってっていう生活を送ることを望んでいると思う。彼自身、残りの人生をできる限り普通に生きようと思っているようだから」
「わかった。でも、なにかあったらノエルくんを優先してね。バンドのことはいいから」とマイ。
「ありがとう」とミカ。

「さて、ミカの作ってくれた歌詞だけれど、直すところはないと思う。どうだろう」とマイ。
「うん、とてもいいと思う」とヨッシー。
「異論なし」とタエコ。
「じゃあ。この歌詞で作曲にとりかかるね。やはりスローバラードかな? 始業式には間に合わすようにする」
「徹夜はしないでね」とミカ。
「大丈夫。普段から睡眠4、5時間だから」とマイ。
「私も同じくらい」とヨッシー。
「私は6時間くらいかな。タエコは?」とミカ。
「最低8時間。睡眠は重要」

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 おとうさんから24日の金曜日に電話がかかってきました。「26日に天歌で会わないか」という誘いでした。

 3月26日の日曜日。暖かい空気を含んでしとしとと降る雨が、本格的な春の訪れを告げているようでした。
 天歌駅の改札で待ち合わせしたミカとおとうさんは、ミカの案内で「JUJU」へ行きます。
 二人並んでカウンターでオーダーをしていると、バイトで入っていたヨッシーが「お父さん?」と聞いてききます。ミカはコックリとうなずきます。
 おとうさんはボリューム満点のクラシックバーガー、ミカは小ぶりなパティに野菜たっぷりのベジタブルバーガーを、それぞれセットでたのみました。

「ここのお店、バンドの仲間といつも来てるの。さっきのもバンドの子」とミカ。
「そうか。楽しそうだね」とおとうさん。
「...」無言のミカ。
 ほどなくヨッシーが注文の品を持ってきてくれて「どうぞごゆっくり」。
 二人でバーガーにむしゃぶりつきます。
「おいしい」「おいしい」
 思わず二人の口から言葉がこぼれます。

 そのあと二人無口でバーガーと自慢のポテトを食べました。
 食べ終わるとおとうさんが言いました。
「楽しくやっているようだね」。
「去年の2学期からバンド始めた。忙しくなったけど」と目をそらしながらミカ。
「パートは?」
「ベースとメインボーカル」
「ルミ女だからおかあさんの後輩になるんだよね」
「おばあちゃんも一条女子だから...三代続けて」と言うと、ミカは遠くのほうへ視線をやります。
 おとうさんはT市の出身で、天大工学部を出てシステムエンジニアになりました。かあさんより3つ年上で、ルミナス女子大に進んだかあさんと、大学生のときに知り合いました。
「ミカは...おばあちゃん似の美人になったね」とぎこちなく言うおとうさん。
「そんなこと...」と言うと、ミカはおとうさんのほうへ視線を戻します。
「おかあさんは、おじいちゃん似だった...」
 おとうさんは視線を落として静かになりました。

 しばらく沈黙の後、おとうさんは顔を上げました。悲しげでした。
「おかあさんには、本当に悪いことをしたと思っている」
「...」
「別れるに至ったいきさつもそうだけれど、事故のことも。もし僕がついてさえいたら...」
「...そんなこと、言ったって仕方ないよ」と諭すようにミカ。
「そうだね、どうしようもないね」

 またしばらく、二人の間に沈黙が流れました。

「わたし、今日は、おとうさんに噛みつこうと思ってたの」
「...どういうふうに?」
「なんでわたしを放ったらかしにしてたの?って」
「合わす顔がないっていうか...申し訳なくて」
「かあさんの事故のことは、おとうさんの責任じゃない。かあさんとああいうふうになったのも、悲しかったけれど、それでも...」
 そういうとミカの頬に涙が一筋流れました。
「それでも...おとうさんは...わたしのおとうさんなんだよ」
 そう言うとミカはべそをかきました。
 ハンカチを出して涙を拭うと、ミカが涙声で続けます。
「ずっと、会いたかった。いろいろと話がしたかったんだよ。なのに、法事でちょっと顔を合わせるだけ、なんて...」
 おとうさんは視線を落として聞いています。
「最近、ある人に言われたんだ。『大切なひとには、会えるときに会っとくべきだ』って。だからわたしから連絡した。ほんとは、おとうさんが連絡くれること待ってたんだよ」
「...」

「今日は、もっとおとうさんに噛みついてやるつもりだった。でもお店に入ったときにバンドの仲間に会って、気が和らいだ」
 おとうさんは顔をあげると、ミカのほうにしっかりと向いて言いました。
「すまない。ほんとうにこれまで...おとうさんの悪い癖だな、考えすぎるの。どうか、いままでのこと許してほしい」
「じゃあ、これからは連絡取りあって、ときどき会ってくれる?」
「ああ、そうしよう」
 少し間をおいて、ミカが言いました。
「実はここでバーガー食べるの、初めてなんだ。ふだんはポテトとドリンクばかり」
 さらに続けます。
「今日はおとうさんに噛みつかずに、バーガーに噛みついちゃった」

 それからしばらく、学校の話や、バンドの話をしました。
「わたしを泣かした男の人って」とミカ。
「おとうさんが2人目」
「ほう。1人目はだれ?」とおとうさん。
「ひ・み・つ、だよ」といたずらっ子ぽくミカ。
「そうか、ミカの高校ライフは、本当に充実してるんだね」
「あの、おとうさんの思うような人じゃないよ」

「ひとりでいるのが好きだった。友達がいないってわけじゃないんだよ。でも、ひとりで過ごすことが多かった」とミカ。
「おとうさんや、おかあさんのことがあったからかい?」
「そう...それもあるかもしれない。でも、最近、わたしは変わった」
「どういうふうに?」
「前よりも、人と関わるようになったと思う。その人や、バンドの仲間のおかげなんだと思う」
「ミカを泣かせたり、変えたり、その男性はいったいどういう人なのかな?」
「そうねえ...大事な人」
「結局よくわからないなあ」
「そのうち、ちゃんと話すよ」

 2時間くらい経ちました。そろそろ帰ることにしました。
「連絡とるのに、メアド交換しよう」とミカ。
「LINEじゃないの?」とおとうさん。
「LINE苦手」
「ははは、おとうさんもそうだ」
 二人はメアドを交換しました。
「5月13、14の土日に学校の文化祭があって、軽音部のステージに立つんだよ」
「日時決まったら教えてほしい。必ず行くから」
「わかった」

 天歌駅の改札でおとうさんと別れたとき、背中の肩甲骨のあたりが少しムズムズしました。

 3月29日の水曜日、ノエルからメールがきました。
「予定どおり退院した。1週間ほど様子見てメールするから、お花見の件はそのときに」
 天歌市の桜の開花は、ノエルの退院の1日前の3月28日でした。

 4月3日、「ソヌス」でのリハーサルの後、戸松さんが言いました・
「あと1曲はどうするのかな?」
「ミカが歌詞を書いたので、私が曲作ってオリジナル曲にします」とマイ。
「そうか、君たちの演奏で『DNA』を聞いてみたたかった。『愛の才能」でもいいんだけれど」
「考えてみたんですけれど、どうしてもミクッツの編成だとしっくりこなくて」
「そう」
「川本真琴さんにすごいこだわってられるようですけれど」とヨッシー。

 戸松さんが話し始めます。12才年下の奥さんがルミ大の学生だった頃に知り合い、川本真琴さんの大ファンだったこと。ドライブでいつも聞いているうちに、戸松さんもファンになってしまったこと。ツアーでT県民ホールにきたときは、チケットを必死で取って、二人でT市に気に入ったこと。
「奥様との思い出のアーティストなんですね」とマイ。
「若き日の思い出」とタエコ。
「そう。だからつい、君たちに無理なこと言っちゃった。気にしないでね」

 4月7日の金曜日は始業式。新しいクラス編成で、ミカたちの高校最後の1年が始まります。
 国立理系クラスのミカは3年2組。担任は2年のときと同じ、物理の松本先生です。
 2組は22人。文系クラスの1組が28人です。
 3年はじめの始業式の日は、講習や模試、そして受験本番など1年間のスケジュール、その他受験に向けての体調管理や心構えなどの説明があって、早めに終わりました。

 ミクッツの4人は、カフェテリアに集まってこれからの活動について話しました。
「勉強はきつくなるけれど、夏まではライブもいっぱいある。いままでのペースで続けたいと思う」とマイ。
「賛成」とヨッシー。
「7月限りだから、悔いのないようにやりたい」
「ミカは?」とマイ。
「そうね...わたしもそれでいい」
「私は読書を少し減らして、勉強時間を増やそうと思う」
「私は特待生になったし、父親の収入も安定してきているから、バイトのシフトを少し減らそうと思う」
「わたしは...がんばる。としか言えないわ」といささか自信なさげにミカ。
「やってみて、きつそうだったら言ってね」とマイ。
 タエコは、3年になってもタエコのペースです。

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