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5.コグマの後悔

 翌朝、僕は出勤するために階下に降りた。
 すると珍しい事に、朝から柊一サンが店の前にいた。

「おっはーコグマ! 世間知らずの坊っちゃんが、恐怖の一夜を過ごしたか〜?」
「…参考までにお訊ねしたいんですけど、その場合の ”世間知らずの坊っちゃん” って、誰のコトですか?」

 あんな恐ろしい目にあって、しかもこの先、あの恐怖の麗人・海老坂クンとひとつ屋根の下に暮らす事になってしまった僕は、何も知らない柊一サンに、楽しそうに冷やかされるのは不満だった。

「そんなのコグマのコトに決まってんじゃん!」

 僕の想像とは裏腹に、柊一サンは得意のチシャ猫の笑みを浮かべて、ケロッと即答した。

「はい?」
「だ〜から、言ったろ。エビちゃんはケイちゃん追っかけて、コッチの大学に決めたって」
「それはライバル意識の続きかと思ってました。大体、あんなニブチンの大男の敬一クン追っかけて、あんな美人が現れたら、フツーは…」
「甘いなぁ、コグマ! おまえはエビちゃんのキラキラの眼ェ、ちゃんと見てたのか? ありゃハンターの眼だぜ。それにコグマは、自分の好みでしか世間を見てねーから解ってないだろうけど、ケイちゃんって天然で超可愛いから、絶対モテモテだぜ。きっとこれからエビちゃんみたいに、ケイちゃんを追っかけてくる奴が次々出てくるぞ。あー、楽しみだなぁ、うっひっひ」

 まるでテレビドラマのシットコムを楽しみにしてるような顔で、柊一サンは面白そうにしている。

「少しは勉強になったか? オマエは惚れっぽすぎるって言っただろ。俺は昨日、ちゃ〜んとオマエに気をつけなって、助言してやったじゃんか」

 柊一サンはそう言って、僕の鼻を人差し指でピシリと弾いた。
 僕が鼻を押さえているところへ、店の奥から箒とチリトリを持った敬一クンが出てきて言った。

「お早うございます、小熊さん。昨日、この路地にすごい重機が入ってきてたらしいんですが、何があったのか知ってますか?」

 僕が返事をする間も無く、ビルの脇道から海老坂クンも姿を現した。

「よう! おはよう中師。おはようございますお兄さん」
「おっはーエビちゃん!」
「海老坂? なんでおまえが朝からここに居るんだ?」
「昨日は遅くなっちまったんで、挨拶遠慮したんだけど、俺、オグマさんにシェアしてもらうコトにしたから」
「ええ?」
「ケイちゃん、エビちゃんコグマの部屋にルームシェアするコトにしたんだってさ! エビちゃんもバイク通学するんだろ? なに乗ンの?」
「あ、俺は学校近いんで、チャリ通学です」
「そーなん? なら、メゾンの入り口んトコにある駐輪場に置きなよ」
「判りました。ありがとうございます。あ、出来たら今日は、お兄さんのキッシュとピザで引っ越し祝いのパーティやってもらえたら嬉しいなあ」
「おお、そっか! じゃあ今日は午後からガッツリ窯に火入れるわ、ウチで大宴会やろうぜェ! んじゃあ、顔合わせに二階のハルカとミツルも呼んでやっかなぁ」
「やり! じゃ、早めに帰ってきます。な、中師!」
「ああ。じゃあそうするか」

 その場にいても取り残されてる感じで、僕は漠然と、身分不相応な妖怪屋敷に紛れ込んでしまったような気がしていた。


*コグマとエビセン:おわり*

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