バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第28話 ~傷跡~

「――萌華はん? 目ェ覚めたん?」
 美しいアルトの声が降り注ぎ、あたしはゆっくりと目を開けた。

 だんだんと()の焦点が定まって行き、誰かがあたしの顔を覗き込んでいるのだと悟る。
 視界に大写しになったのは、蒼い髪の美人。

「陽之助さん……」

 あたしは布団からゆっくりと体を起こし、辺りを見回した。
 海援隊本部のあたしの部屋のようだ。夕方なのか――柔らかなオレンジ色の光が、窓から差し込んで来ている。

 暫しの沈黙の後、陽之助さんが口を開いた。
「萌華はん、海援隊本部の前で倒れとったで。何があったん? 体調悪そうやったし、意識もあれへんかったさかい……長岡さんが2日間付きっ切りで、看病しとったみたいやけど……」

 茶屋での仕事を終えて帰路に着いていた時、あたしは突然沖田さんに口説かれ、襲われ掛けた。それから政宗様に助けられ、夢中で海援隊本部に戻って来た。そして、最後に陽之助さんの声を聞いて――それから先の記憶がない。

 あたしが倒れて気を失ってから、長岡さんが2日間ずっと看病してくれていたんだな……。後でお礼を言おう。

 陽之助さんのビー玉のようにキレイな瞳が、心配しているのか、どうでも良いと思っているのか――何とも言えない様子で、あたしを見つめている。

「萌華、大丈夫かえ?」
 と、襖が開いたかと思うと、龍馬さんが現れた。
 彼は部屋の中に入り、あたしの前に腰を下ろす。

 あたしは龍馬さんと陽之助さんに、沖田さんに襲われそうになったことを話した。

「――ずつなかったにゃァ」
 話し終えた後、龍馬さんの逞しい腕に抱き締められ、あたしは彼の腕の中で目を見張る。

 誰かに抱き締められたのは――()()()()()()

 ふと、龍馬さんの肩越しに陽之助さんを見ると、彼は何処か()()()()()()()で俯いていた。
 陽之助さんが無言で立ち上がり、静かに部屋を出て行ってしまう。

 どうして、陽之助さんがあんな顔をしたのか――あたしには理解(わか)らなかった。

「よう此処まで()んて来た。怖かったろう?」

 慰められるのは苦手だ――「オマエは弱い」と言われているような気がするから。
 龍馬さんにそんなつもりがないのは、理解(わか)っている。だけど、何故か素直になれなかった。

 一切泣き言を言わず、他人を思いやる優しい『あたし』で居たいし、ずっとそんな自分で居られるように努力して来た。
 そうしなければ――()()()()な弟や妹を(まも)れなかった。

「……あたしは強いです」

 何を言っているんだと、自分でも思った。
 あたしを心配して、優しく接してくれる龍馬さんを、突き放すような言葉だ。

「オマンは、陽之助に似ちゅうにゃァ」

「え……」
 龍馬さんの言葉に、あたしは驚いて目を見張る。

「陽之助も最初、オマンと同じ言葉でワシを拒絶したがぜよ」

 沢村さん達を前にしたときの陽之助さんは、とても強気だ。以前は、あたしに対してもそうだった。
 陽之助さんは、内に秘めた弱さを『隠す』為に、強気な自分を『演じて』いた。

 似ているのかも知れない。だけど、決定的に違うところがある。

 あたしは――弟や妹を『護る』為に、強気な自分で『居続けて』いた。

「ゴメンなさい」
 やはり龍馬さんを突き放してしまったかと思い、あたしは謝罪する。

 だけど龍馬さんはあたしの背中を撫で、優しい声で言った。
「謝らんで()い。オマンはまっこと強い子やき」
「……ッ」

 あたしは陽之助さんと違って、弱さを見せないことが苦痛だとは思わない。否、あたしにとっては、()()()()()()()()()()()()()()()()
 何故こんな歪んだ性格になってしまったのかは、あたしにも理解(わか)らない。

 龍馬さんは、沖田さんに襲われ掛けたあたしのツラさを察し、優しく慰めようとしてくれている。
 だけど、たとえ龍馬さんがあたしの()()を受け止めてくれたとしても、あたしは()()()()()()()()()()()()()()を許せない。

「……けんどオマンも、全てを(さら)け出せるような相手が、見つかったら()いにゃァ」

 何時(いつ)も気丈に振る舞う陽之助さんは、龍馬さんの前では弱いところを見せている。
 それが――少し羨ましいと同時に、あたしには出来ないことだと感じていた。

「……はい」
 誰かに全てを曝け出すなど、()()()のあたしにとっては、あまりにも実感の湧かない行為で――あたしは肯定とも否定とも付かぬ相槌を、打つことしか出来なかった。


 結局、あたしは龍馬さんと相談し、2週間仕事を休むことになった。
 あたしは筆や(すずり)を持っていない為、龍馬さんが若女将さんに手紙を書いてくれる。

 正直言って、今は起き上がるのがやっとだ。若女将さんに余計な心配を掛けない為にも、今は休むベキだろう。

 夕餉の時間になると、長岡さんがご飯を持って来てくれた。
「萌華、体調に変わりはないかえ?」
「大丈夫です。長岡さんの看病のお陰で、あれだけ痛かった胸も、今は落ち着いてます」
「それは良かったぜよ。何かあったら呼びや」

 ホッとしたような笑みを見せ、長岡さんが部屋を出て行く。

 あたしがご飯を食べようと、箸を手に取ったその瞬間(とき)

「――どういたがぜ、こんな所に呼び出して……」
 と、外から龍馬さんの声が聞こえ、あたしは障子を開けてそっと下を見る。

 下は海援隊本部の裏で、あたしには何に使うのか(わか)らないけれど、沢山の長い木の箱が置いてある。その入りにくさからか、もしくは単純に用がないからか――此処に入る者は殆んど居ない。当然、あたしも入ったことはなかった。

 そして、その()()()()()()()()()()()()に――龍馬さんと陽之助さんの姿があった。

 何故、2人が此処に居るのだろう?

 好奇心に駆られ、あたしは暫く2人の様子を見ることにした。盗み聞きなんていけないとは思うが、障子を閉めていても、どうせ声は聞こえて来るのだ。

「……坂本さんは……ホンマにお優しいです」

「ん?」
 龍馬さんが笑みを漏らし、首を傾げた。

「……嫉妬しました」
「嫉妬? さっきの萌華のことを言いゆうがか?」
「……ええ」

 スネた子供のように、龍馬さんとは一切目を合わせようとせず、口を尖らせている陽之助さん。
 龍馬さんは、陽之助さんの言いたいことが理解(わか)らないといった顔で、腕組みをしている。

「けんど……オマンと萌華は、恋仲やったがじゃないがか?」

 ドキンと心臓が波打った。

 あたしは、陽之助さんに恋をしている。
 何度か彼に「好きだ」と言ったけれど、恐らく陽之助さんには届いていない。以前よりは心を開いてくれたように感じていたのに、この前はかなり素っ気ない態度を取られた。

 陽之助さんは、あたしのことをどう思っているんだろう?

(ちゃ)います。(むし)ろ……コホッ……萌華はんのことなんかキライですし、その証拠にこの前も彼女を突き放しました」

 え……?
 思ったよりキツい言葉に、あたしは苦笑いしたまま固まる。

 最初の頃より仲良くなれたように感じていたのは、あたしだけだったんだろうか?

「けんど陽之助……萌華は沖田に、襲われそうになったがぜよ。アイツはきっと、過去にも相当な苦労をしちゅう。ハチキンやけんど、まだ16の娘やき。オマンだけやない、ワシはアイツの心の傷も――受け止めちゃりたいがじゃ」

 あたしは、傷なんて受けていない。
 幼い頃からずっと――母を支え、弟と妹を護って生きて来ただけだ。

 苦しくなんて、なかった。

「……せやったら、もう(ワイ)に優しゅうしやんといて頂かして。坂本さんは、萌華はんとお幸せに――」
「陽之助ッ!」
 立ち去ろうとする陽之助さんの手首を、龍馬さんが掴む。

「……どういてオマンが、そんな顔するがぜ。萌華より傷付いたような顔しゆうぜよ」

 陽之助さんは俯いたまま、顔をあげようとしない。
 そんな陽之助さんの華奢な体を、龍馬さんが後ろから強く抱き締めた。

「ワシは、オマンを責めたつもりはないぜよ。言うたろう? 『陽之助も萌華も、ワシの大事な仲間じゃ』ち。まだ何か言いたいことがあるがやったら、ガマンせんと全部言いや」

 龍馬さんが言うように、陽之助さんにはまだ言いたいことがあるのだろう。

 暫くして、陽之助さんを抱き締める腕を解放する龍馬さん。そして今度は陽之助さんの肩を掴み、向き合うように体を反転させた。
 龍馬さんが腰を屈め、陽之助さんと視線の高さを合わせる。
 真っ直ぐな眼差しを投げる龍馬さんから逃げるように、陽之助さんが俯いて目を伏せた。

「……陽之助」
 龍馬さんが、陽之助さんの肩に手を置いたまま、再度促すように彼の名を呼ぶ。

 長い睫毛を持ち上げた陽之助さんが、上目遣いで龍馬さんを見た。
 小刻みに体を震わせながら、その白い手で龍馬さんの着物を掴む陽之助さん。

 そろそろご飯を食べようと思い、あたしが障子に手を掛けた刹那。

「……坂本さん――……」

 今までに聞いたこともない程に美しく――それでいて(なま)めかしい陽之助さんの声に、あたしは目を見張る。
 それは、障子を閉めようとしていたあたしの手を止めるには、あまりにも十分過ぎた。

 普段から色気のある人だけど、こんなにも婀娜(あだ)っぽい彼の声を聞くのは初めてだ。
 それも――()()()()()()()()()

 あたしが再び下を見ると、陽之助さんが龍馬さんの胸板に(すが)り付いていた。
 龍馬さんが、陽之助さんの肩にそっと手を添える。

 訪れた静寂を破ったのは――陽之助さんのあまりにも衝撃的な一言だった。

(ワイ)……坂本さんが好きです……。()()()()()()……!」

しおり