バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

9.衆合地獄

 黒縄地獄での在獄期間は千年。
 その間に、俺は何度も焼かれ溶かされ斬り刻まれた。
 最初は涙が止まらないくらい痛くて、逃げ出したくなるほど苦しかった。
 だけど恐ろしいことに、そんな痛みにも次第に慣れていったんだ。
 残り期間が百年を切った辺りからは、もうほとんど何も感じなかった。
 
 そうして今は、次なる形相を目指して落下中だ。

「長い……拷問より移動期間の虚しさのほうが堪えるかもな」

 落下している間は何もない。
 景色も真っ黒で、一切変化のない状態が続く。
 あるのは落下していっている感覚だけだ。
 
 そんな虚しさに耐え続け、ついに俺は次なる形相に到着する。

「……うっ、何だこの匂い……」

 今度の形相は、前の二つとは異なる雰囲気をかもし出していた。
 視界は桃色の霧で覆われていて定かではない。
 しかも、覆っている桃色の霧は独特の刺激臭を発している。

「これ……酒か?」

 刺激臭はアルコールの匂いに似ていた。
 呼吸をするたびに、桃色の霧は俺の中に入ってくる。
 次第に俺の意識は朦朧としていって、酒を飲んだあとの酩酊状態に近くなった。
 ふらふらとテキトーに進んでいくと、目の前に人影が現れた。
 その人影は、裸体の女性の姿を見せて、こっちを誘惑してくる。
 普段なら絶対誘いにはのらない俺も、霧の影響で頭がおかしくなっていたのか。
 なぜか気分がよくなってついていってしまった。

「あれ……居なくなった?」

 後とついていったのに、途中で女性を見失ってしまう。
 俺はふらつきながら上を見上げると、女性が高台のような場所に立っていた。
 また手を振って誘惑してくる。
 気が付くと、俺の周りは高台まで延びる無数の木で囲まれていた。
 俺は女性に近づくため、生えている木の一本に登る。
 すると――

「がっ……何だよこれ……」

 枝を掴んだ手が、切り刻まれて血だらけになっていた。
 よく見ると、この木の葉っぱは全て刃物だったのだ。
 言っている意味がわからないかもしれないけど、言葉通りだった。
 上に登れば昇るほど、葉っぱの数が増えていってズタズタにされてしまう。
 だから登らない方が安全だ。
 そう俺も考えたはずなのに、なぜか身体は勝手に登り続けていた。
 全身が刃の葉で切り刻まれていき、傷みも感じているのに止められない。
 上まで登りきると、高台に立っていた女性がきえている。
 下を見下ろすと、今度は地面に立っていたから、俺はまたせっせと切り刻まれながら木を降りた。
 地面につくと、また高台に移動している。
 そして俺は――

 【衆合地獄】は、殺生や窃盗に加え、淫らな行いを繰り返した者が落ちる形相だった。
 この形相で行われている拷問は、色欲に目がくらんだ者への仕打ち。
 誘惑につられて、何度も何度も自分の身を傷つけ続けるのだ。

 ここでの寿命は二千歳。
 俺はその間、延々と女の誘惑に従い身を削り続けた。

しおり