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僕はあなたが好きなんです1

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桜が咲くと沿うように萌えいずる若葉。日ごとに逞しく葉を広げ、日差しを浴びて輝く。そして、いつの間にか脇役だった青葉が季節を彩る。

朧げな記憶に成るのを自覚した。忘れるのに数日かかった。好きだと告げたから幸福だったに違いない、だから数日程度で忘れられた。

辛いと感じて居たらいつまでも記憶に残っただろう。苦しいことほど覚えて居るのが人間だから。

粛々と気持ちを切り替えながら業務に励む。そう、これが俺の居場所。

「五辻くん。母の日用の包装紙の件だが、1つアドバイスをくれないかな?」
取引先の担当者が妙なことを持ち出す。
「例年ならばGW過ぎにカバンのセールを行うんだ。7000円台でそこそこ見栄えのするものを目玉で出す。母の日用のプレゼント目的さ。しかしだ、近頃婦人雑貨の売り上げが低迷して居る。ネット販売の影響と付録付き雑誌の売り上げから察するところはある」
成程ね。
「僭越ながら、低価格のお財布とか如何でしょう? 小銭入れとかでしたら付録にも無いと思いますし、主婦の方なら重宝しませんか」

外垣がいいことを言うが、それでは取引先の粗利が取れないだろ。お客目線も大事だが、俺たちは包材を売る。包材が使えるように提案すべき。

「弊社の外垣からの提示もありですが、自分の案件もお耳に入れたく存じます」
咄嗟の判断で行けるかな。圧してみる。
「ブランドのカバンを目玉に出して、2万円台のカバンを提示されてみてはどうでしょうか。ハイクラスのカバンなら、贈る人も贈られるものも感慨があります。価格がすべてではありませんが1年に1度、お子さんが恥じずにお母さんへ『ありがとう』を伝えられる日です。相応のもので、お店側も演出されたほうが宜しいと思います」
言い終えると外垣が「宜しいでしょうか」と身を乗り出す。
「2万円台で本革でしたら、年を重ねて風合いが増し、思い出も刻んでいけると提示します」

おお、成程。俺はそこまで思い至らなかったぞ! 凄いな、家庭目線とは。社会学が唸りを上げて咆哮したぞ。
担当者も膝を叩く、提示内容が炸裂だ。

「うーん、しかし。ハイクラスか」
渋るならもう一押し。
「ラッピングに拘りましょう。カーネーションの造花を添えて、このように」
タブレットできんちゃく袋式のラッピング袋をお見せする。不織布で色はワインレッド・リボンはオフホワイトだがバニラと呼ぶ。
「この袋でしたらサイズは46X88センチ、1袋単位で524円。ラメ入りサテンリボンは別途で25ミリX22M、529円。造花は1本18円で卸せます」
ネット販売ではここまで叶わぬだろ。
「よし! 賭けてみよう」

商談はまとまったが後輩の言う小銭入れも勧めてみた。比較して買いやすいのと、最近のキャッシュレス化でカード入れに成ると言う視点。小箱に入れるとコストがかさむので、こちらも袋でのラッピングを提示する。

「きんちゃく袋式ですが、リボン締めするとパンジーの花が咲いたように花弁が広がるタイプです。外寸144X188X70ミリ。324円で卸せますが、色があり」と、外垣へバトンタッチ。
「気品のあるローズピンクとカクテルレッドがお勧めです。他にも男の子が買いやすいようにベビーブルーがございます」
流石、家庭目線だな。男の子が買うところまで俺は想定して居なかった。
先方は「お子さんがおこずかいで買えるような価格なら、お父さんやお友達と買いに来やすいかもしれん。家族受けしそうだ」と納得された様子。安堵したら外垣が肘を指で突く。タブレット?
「……1万円以下の日傘が売れて居るようですね。黒のレースが市場では人気だそうで。貴店でも展開されますか?」
話が進み、これも予定外でリボンやカーネーション柄のシールまで提示できた。先輩として背中を見せられたかな、でも、この子のお陰で提示内容が承認されたのだ。感謝したい。
……横顔が憂いて居る。どうしたんだろう、小銭入れのことで、へこんで居るのだろうか。自信を失くしたとか?



帰社する前にランチを取り、出ようとしたら髪が風に煽られた。ふと見れば近くに川が流れて居て穏やかな空気を感じる。心身爽快にして気付く、業務が滞った外垣を慰めるはずが忘却して居た。自我の強さを知る。気持ちを疎かにしてはいけないはずなのに、風に吹かれて思い出す。

桜の花弁? もう散ったはずなのにどこから舞い込んだのだろう。俺と同じ迷子だろうか。
ん? 外垣に手を取られて、こぼれ桜の湿った河川敷を歩き進める。
これは。静かなる道が清泉へ至るか、川のせせらぎが実に爽やかに音声を奏でる。

「先輩、川に浮かべてあげて下さい。ほら、お仲間が浮かんで花筏を作ってます」
桜の花弁が浮いて、それらが折り重なり、集合体となってゆらりと流れる。花の浮橋と成るのか。
俺が子供の頃は川って奇麗では無くて、亀を観ようと友人に誘われたが面白く無かったな。甲羅干ししてたから、生きてるかどうかさえ分からず。それに、この花弁は生きて居ない、散った後だから。

「川に流しても意味が無いんじゃないの」
「その桜の花弁には意味がございます。川に流してあげれば、海へ行けるかも。冒険ができるんです。花弁だからと命がなくなった訳では無い、ここから。散らしてあげて、好きにさせてあげたらいいんです」

この子、思ったより物事を詩的に捉えるのか。まさに渓流が邪心を洗うようだ。命・と言った。

この小さく儚いものへも尊敬の念を忘れ無いのか。
見誤った、てっきり業務どころか俺を追いかけて来る変態助平悪ふざけとばかり思って居たが趣がある。

「花弁には花唇という言い方もあり、言えぬ言葉を秘めたものと捉えております。散りたいのだから風に乗るのでしょう。さくらまじ・でしたっけ」

さくらまじ・という言葉を知って居るのか。俺と同じ感性かも知れないな。生粋の言葉を大事にして居る感じがする。美しい言葉が胸を打つ時は確かにあった。
そうか、俺を鼓舞するためにわざとセクハラを。芯はよい子に違いない。

「外垣、いい子なんだね」
「恐れながらいい子って、どんな定義でしょう。桜の花弁にとってはいい人かも、でも、五辻さんは手元に置きたかったのでしょう? 僕は誰にとってのいい人なのでしょう」
手ごわいかも知れない。少し話をしてみたく成る。

「俺にとっても、いい子だよ。感受性が豊かな人は初めて会う」
「貴方が好きです」
「それ、知ってる」
狂気の沙汰か、ふざけてんだろ。
「だから、僕は変われたんです」
そうなのか。今日の提示内容も外垣の1クッションがあった。逞しくなっていくと思う。でも、好意を寄せてくれて居るからなのか? 
真理の言葉こそ飾らず単純なのだろう。世に出回る複雑な言葉より胸を打つ。俺の影響で人が変わり成長を遂げるとは。

「人生に悔いを残さず生きようとするさまに、心打たれておりますよ。反面、その猛進で他人を困らせやしないかと危惧もしております。周りを顧みること。でも、あなたは自分で気付かれた様子で、ますます、惹かれます。尊敬しますよ」

年下だよな、でも大人びて居る。言葉を選んで居るようで、それでも言いたいことは言う感じ。黙って無い。ああ、いつも1人で話しかけて来るんだった。俺は聞き手。



「僕は不器用で、思ったことをついつい口に出します。でも、惹かれたからこそ関心を持ちます。あなたとの業務は楽しいです、仕事が楽しいだなんて思いもしませんでした。人生に彩りを添えております、日々の励みです」

素直に言ってくれたら見る目も変わる。それに、俺も好きになった人が好き・と言う生きざま。友人が言うような理想の相手の条件『優しい人』とかは無い。惹かれたかどうか・だから。外垣とは心持が同じかも知れない。
「……俺はまだ駆け出しだよ。ここから這い上がろうと思う、後輩として力添えをくれたら嬉しい。悪いけど、それ以上の感情は」
「お供します」
話の腰を折るな。
「全部、聞いてくれるか? 何となく黙って聞いては居ない気がした。付き合いが長く成ってる、読める、おまえの行動が手に取るように」

いやらしい曇天だし。早く社用車に戻らないと、性的な言葉で応酬してくる可能性を捨てきれ無い。

「あなたは丸く成られました。他者を受け付けない非寛容の精神がまかりとおる世の中です。自分だけが正しい、認めて欲しいと言う気持ちを払拭されましたね」
えっ。そうか、あの人の事情に首を突っ込んだのは矢張りお節介であり、否定しかねない『非寛容』の面持ちだったんだ。俺は驕って居た。なかなか抜け出せないが、自分で変わるしか無いな。
「よく見て居るんだな」
「側に居るんですから見て居て分かりますよ。穏やかです」
やはり、俺を鼓舞する目的で、わざとあんな言い回しをしたんだな。
「ありがとう。嬉しいよ」
手間をかけさせた。
「僕は、あなたしか見てません」

……可笑しいというか面妖だ。
かわいい顔にサラサラ髪で、おとなしそうな容姿なのにケダモノだ。
絡まりそうな視線に圧を感じる。逃げ場を失い、窮地へ追い込まれた。何だよ、本気で性的な視線しか送り付けて居ないのか?

「知ってる。怖い。凝視ばかりで、そこ気味悪い。興味を持たれるのは嬉しいけどさ……でもその伸ばした腕が何を掴もうとするか問うぞ!」

「足早に立ち去らないで下さい、ついて行くと申し上げました、ほら、慌てるから上着が捲れて非常に見目麗しい臀部のラインが露出しております」

ああ、直すからかまうな。

「……唸ります。白魚のような細い指が淫らです。ピアノでも弾くかのようにしなやかでございます」

何だって? どこを見てるんだ。

「生きる力がむんむんと湧いて参ります。この覇気で肩車いたしましょう!」
「ぐうっ?」

俺の股からこいつの頭が抜け出す。濡れた地面で汚れた靴底が舞い踊る。桜の枝が突き刺さり、お空が近くなる、この高さは何だっ! 初めて知る己の高所恐怖症。

「外垣っ! 俺を空へ飛ばす気か、おばかさんっ、先輩として憤激の意を表す!」

唸りを上げてばく進する性欲に屈するものか。獣め、信じがたい、このぼけ。

「屈辱を覚えるこの恥知らず! 股に頭を突っ込むな、もう、警察を呼ぶレベルだ。防犯ブザーを鳴らすぞ、このあほう!」

最新技術を甘く見るな、アプリをダウンロードして正解だ、この野郎。ちかん撃退アプリを起動、よく聞け。サイレンを響かせてくれる!
『やめてください。やめてください』
これでは無理そう。叩くしか無い、しつけ!




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