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35.友達とは実に難しいものだ。

「真逆……」

 天城(あまぎ)は耳に入ってきたから口に出して言ってみたといった具合に復唱する。

「そう。真逆。さっきも言った通り、久遠寺(くおんじ)の中学校時代は、どちらかというと、貴方や私と接するときに近い振舞いをしていました。恐らくはあれが彼女の素、なのでしょう。もちろん、周りもそれは分かっていたし、それなりに人気もあったらしいですよ。まあ男子よりは女子からモテることの方が多かったようですが」

 目の前に、その光景が広がるようだ。久遠寺の性格を考えると、彼女の選んだ中学校は校則の緩い学校だっただろうし、バレンタインデーやホワイトデーは、生徒の間では一大イベントとなっていたはずである。その中心に久遠寺はいたのではないか。

 女子でありながら、男子と張り合っても決して劣らない身体能力に、言動にこそ難はあれど、どんな相手でも決してむげにはしないその性格。更にあの見た目。間違いなく人気が出ただろう。きっと毎年のようにチョコを一杯貰っては、その扱いに困っていたに違いない。

 鷹瀬(たかせ)は続ける。

「そんな訳で久遠寺はずっと人気だった訳なんですけど、ある日事件が起こりました」

「事件?」

「ええ。私も細かなやり取りまでは知りませんが、友人と大喧嘩をしたそうです。それも言い争いだけではなく、殴り合いの喧嘩に発展しかけた、とも」

 天城は反応に困りつつ、

「殴り合い、なあ」

 鷹瀬は笑い、

「正直な感想を言ってもいいんですよ?」

「いや、まあ、想像出来るなぁ、と」

 天城が煽った結果とはいえ、ほぼ初対面の相手に暴力をちらつかせるのが久遠寺である。当然言い争いの末に手が出てしまうのも何ら不思議ではない気がした。

 鷹瀬はぽつりぽつりと、

「その喧嘩の原因……正確には久遠寺側の言い分なのですが、ともかくその発端となったのは、友人の何気ない一言だったらしい、です」

「どういうことだ?」

「要は陰口を聞いてしまった、ということです」

「……それだけ?」

「それだけです」

 天城は納得が行かずに、

「別に陰口の一つや二つくらい言われるんじゃないのか?あいつの性格や言動じゃ特に」

「……本当にはっきり言いますね」

「まあな。でも間違っては無いだろう?」

首肯。

「ええ。ただ、それを本人がよしとするとは限りませんけどね。実際、それを聞いた彼女が友人を問い詰めた挙句、喧嘩に発展しているのですし」

一呼吸置き、

「その後久遠寺が何を考えたのかは分かりません。ですが、想像することは出来ます。私や、貴方に対して見せている顔が本来の彼女なのですが、それをあえて封印し、綺麗な外面を作って見せた。その理由はまあ、一つしか無いでしょうね」

 一つしか無い。

 その理由は天城にも……いや、天城だからこそ良く分かった。

 彼女は、不和を、友人との衝突を恐れたのだ。

 久遠寺はかつて、自らの本音を隠さずに言うタイプだった。それが結果として、友人との不和を招いた。だからこそ高校では自らの本音を隠し、外面を取り繕うことにした。

 天城はかつて、自らの本音を隠し、外面を取り繕うタイプだった。それが結果として友人との不和を招いた。だからこそ高校では、自らの本音を隠さずに言おうと思った。

 二人の取った行動は、全くの逆だったのだ。

 それなのに天城は久遠寺を自分と全く同じだと思った。だからこそ偽の告白まででっちあげて一対一で話せる状況を作り出したし、だからこそ明らかに嫌がっている話題をあえて吹っかけたし、そうやって仮面を引き剥すことで何かが解決すると、ずっと信じていたのだ。

 天城は全てを投げ出すように背もたれに寄りかかり、

「……俺は何をやってたんだろうな」

 語り出す。鷹瀬は言葉を挟まない。

「あいつ……久遠寺を始めて見た時思ったんだよ。こいつ、猫被ってるなって。俺と一緒だなって。そう思ったら、もう、仮面剥さないと駄目だなって。皆、誰もそんなことしないじゃん?だから、俺が剥してやろうって、そう思ったんだよ。でも、」

 苦笑いを浮かべ、

「それじゃ駄目だったんだな。あいつにはあいつの考えがあって、それで、あんな猫っかぶりやってるんだから。それを、全然わかってなかった。まだまだだな、俺は」

 自嘲気味に言いきる。それでも鷹瀬は言葉を挟まない。天城は話しかけてみる。

「なあ」

「なんでしょう」

「一つ聞いていいか?」

「ええ」

「なんで、俺にそんなことを教えるんだ?鷹瀬からしたら、俺とあいつ……久遠寺の仲なんて、悪い方がいいんじゃないのか?」

 鷹瀬は意外にもあっさりと、

「そうですね。二人が仲違いしていたほうが、私には利があったのかもしれません」

「それじゃなんで」

「あったかもしれない、です」

「……どういうことだ?」

「そのままの意味です。今貴方達がどういう関係にあろうと、私にとって利益になることはないだろう、ということです。短編を書いている最中ならばまだしも、書き終わってから仲違いしても、短編の出来や、評価には基本影響しません。今からそんな妨害を考えても無意味なんですよ。まあ、仮に意味があったとしてもやらないとは思いますけど」

 なるほど。

 確かに短編はもう既に完成して世に出ているし、これから久遠寺が弄ることもまあ、ないだろう。コンテストは既に折り返し地点を通過しているし、鷹瀬と久遠寺の集めた評価の数は、徐々にであるが差が付きだしている。今から久遠寺と天城がどんな大げんかをしようと、鷹瀬には影響は全くない。しかし、

「意外だな」

「何がですか?」

「いや、妨害とか、そういうのに抵抗がある様には思えなかったからな」

 鷹瀬がじっとりとした視線を天城に向け、

「……貴方、私を何だと思っているんですか」

「いや、なんかそういうの抵抗ないっていうか好きかなぁと」

 ふうっと息を吐き、

「まあ、いいですけど。実際、そう思われるだけのことをしたのは私ですからね」

 しばしの沈黙の後、

「最初はそういうことを考えなかったわけではありません」

「そういうこと……っていうことは、妨害工作?」

「ええ。ただまあ、あまりいいことが思いつかなかったというのもありますし、それ以上に、単純な勝負でも負けることは無いだろうと思っていたのは確かです。彼女の実力は大体知っていましたからね」

「知っていた……って、読んだことあったのか?」

 鷹瀬は笑って、

「読んだことが無かったら、あんなに大見えは張りませんよ。久遠寺のアカウントはあらかじめ知ってましたし、彼女がどれくらいのものを書けるかも分かっていました」

 驚いた。

 鷹瀬の言っている”アカウント”は久遠寺が元から持っていたものであり、天城が探し当てたものだ。しかし、どうしてそれを探し当てられたのかといえば、天城が久遠寺のペンネームを知っており、作品の冒頭部分も読んでいたからに他ならない。何の手がかりもない鷹瀬がそのアカウントを知っている訳が、

「……身辺調査」

「その通りです」

 天城は思わず、

「……どこまで調べてんだよ」

 鷹瀬は「全くだ」と言わんばかりの口調で、

「親馬鹿でしょ?そんなことだから行き詰ってしまったんでしょうね、父は」

 返答に困る。

 鷹瀬にとって、父親という存在がどのような意味を持っていたのかを天城は知らない。
 あまり家に帰ってこないからそんなに印象が無いまま死んでいったという認識であるのかもしれないし、凄く好きだった父親との突然の離別だったのかもしれない。そのふり幅がどれほどのものであるかを判断できるほど、今の天城は鷹瀬紫乃という人間のことを理解していない。今分かるのは、「自殺」という形での別離が、一般的で無いということと、冗談でも言うように語る鷹瀬の瞳から、全く力を感じないということくらいで、

「出てきたものを読んだときは驚きましたよ。まさかあんなモノが出てくるとは思ってなかったですから」

「……短編か?」

「ええ、そうです。正直目を疑いました。アカウントを間違えたかなとも思いました。でも、違った。間違いなく久遠寺は以前より良いものを書くようになっていた。焦りましたよ、正直。負ける事なんて考えてませんでしたからね。だから、強引な手段に出た。しかし、それも完全に対抗策を取られ、差は一層広まった。」

 鷹瀬は天城の方を向き、

「その辺りからです、貴方とコンタクトを取ろうか考えだしたのは」

「俺とか?」

「そうです。勿論久遠寺がいきなり覚醒した可能性もあるかもとは思っていました。ただ、私にはどうしても貴方の存在が大きかったような気がしてならなかったんです。だから、折を見て接触しようと思っていた矢先、だったんですよ、貴方がたの間から何となく不和を感じたのは」

「そう、だったのか」

 天城はふと浮かび上がった疑問をそのまま、

「……それなら別に、あいつの話をする必要はなくないか?だって鷹瀬が知りたいのは、俺が久遠寺にどんなアドバイスをしたのか、とかそういうことだろ?それだったら別にあいつの話をする必要は、」

 鷹瀬が遮るように、

「それは、久遠寺に書き手としての可能性を感じていなかったら、の話です」

「可能性……」

「ええ。最初に見た時は正直、全然だったのですが、今回の短編には可能性を感じたんです。もっと良くなる可能性を。私は純粋にその先を見たかった。その為には貴方と久遠寺が力を合わせるのが必要不可欠ではないかと思った」

 鷹瀬はそこで言葉を切る。天城はそれを引き継ぐように、

「だから、俺とあいつを仲直りさせようと思った……ってことか?」

「まあ、明確に仲直りさせよう、とは思っていませんけどね。ただ、私が知っていることくらいはお教えしてもいいかなと思った、というだけです」

 天城はぽろりと、

「俺はどうしたら良いんだろうな」

 鷹瀬はきっぱりと、

「さあ?知りませんよ、そんなこと」

「……また、はっきりと言うな」

「ええ、言いますとも。だって、私にはあの女が何を考えているか、なんて全く分かりませんから」

 ちょっぴりの嫌味がにじみ出る。

「……でも、貴方なら、考えれば分かるんじゃないですか?」

「俺がか?」

「ええ。さっき言った通り、貴方の想像していたのと、久遠寺が考えていることは恐らく真逆です。これは多分、間違いないでしょう。でも、」

 鷹瀬がじっと天城の目を見つめる。

 まただ。

 真剣なまなざしが天城を縛り付ける。

 吸い込まれそうなほど綺麗な、ブラウンの瞳。

「貴方には分かるはずです。何故久遠寺があのような振舞いをしているのか。違いますか?」

 違う。

 そう言おうと思い、思いとどまる。

 天城を見つめる二つの輝きが、そんなはずはないと主張する。考えれば分かるはずだ。答えは目の前だと訴えかける。

 考え直す。

 久遠寺が、猫かぶりになった理由は、言うまでもなく中学校時代の出来事が原因だ。本音を隠さずにいたことが、逆にちょっとした嘘を際立たせ、不和を生んだ。だから久遠寺は、それならばいっそ外面を作ってしまおうと考え、それを実践した。その結果学校内の人気者となった。そこに不和など、仲違いなど、本来ならば無かったはずなのだ。

 では、なぜ不和が起きたのか。

 どうして天城と久遠寺はすれ違ってしまったのか。

 事実だけを見れば単純だ。久遠寺が「実力で勝負したい。サクラなんかは必要ない」と言ったのにも関わらず、天城が裏で立ち回り、結果としてサクラではないにしろ、そうとも取れるような読者を用意してしまった。故に久遠寺が腹を立てた。

 いや。

 違う。

 今考えてみれば分かる。別に天城はサクラを用意したわけではない。二木(ふたき)も、赤川(あかがわ)も、元はといえば鷹瀬が連れてきた存在だ。彼女が引っ張ってこなければきっと壇上には上がってこなかっただろう。天城はあくまでも、それで起きる不釣り合いを是正しただけに他ならないし、それが“サクラ”などという存在でないことは久遠寺だって流石に分かっているはずなのだ。

 元から理由が違ったのだ。

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