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2 おわり

「東蔦主任。部長の件ですが、この雪が降り出す迄の話です。もう終わっています」
「どういう事?」
「寒かったり、雪が降り出すと眠く成りますよね。部長は兆候が顕著なんですよ」
雪? 突然切り出して、何かあるのかな。


西明も椅子から立ち上がり、俺との身長差をまざまざと思い出す。
俺が178センチで彼は恐らく170くらいだろう。
見下ろすのも久しぶりで戸惑うが。
「項が寒そうですけれど平気ですか?」
立て襟のコートにすれば良かったとは思うが、今更悔やんでも。
それに雪が降り出す前よりは幾分、寒さが和らいだ気もする。
「東蔦主任。雪が止む事に賭けて、お願いをしてみてもいいですか」
「なあに」
「部長は2年後には退職されます。ご存知でしょうか、数年前から睡眠時無呼吸症候群で業務の際に突然寝てしまうのです。限界を悟られ、退く決意をされました」
そんな事は会議でも聞いていない。
「初耳だけど」
ああ、だから商談の席を空けたのか。
「上の席が空きます、東蔦主任。待っています、あなたと同士を組みたいんです。部長はその思惑で今回あなたを後釜に育てようと試されておられますよ」
そうなのか。
「試されるなんて軽く見られたな。奮起して俺がきみを追い掛けるから。必ず組み直そう」
「来て下さい。あなたが好きだから、あなたの為に業務を熟していく腹積もりです」

えっ、俺なの。
やけに綺麗に成ったと思ったけれど、部長では無かったのか。
暖かい言葉が沁みていく、そうだな、このまま雪が止むといい。
いや、俺はもっとやさしく強く成らなければ、また西明を手離してしまう。

「そこ迄言ってくれるんだ? 俺で無くて全社の為とかだろう。なんせ5億の取引相手だから。でも営業先を優先する我儘な俺でいいの?」
「僕しかあなたの手綱を握れないと自負していますよ、管理職に成って下さいね? あまり待ちませんけど?」
「ありがとう」
「ああ、雪が止みますよ。あなたがお礼を言うなんて初見です」
西明が微笑むその前を雪が舞い、香りがしそうなくらい艶やかに感じる。
雪を不香の花・とはよく言ったもので綺麗なものに似合う。
「あなたにこそ似合いますよ、東蔦主任。風流な方ですからね」
俺の思考が読めるの。まさか未来から来たとか無いよね、半年ぶりの真面な会話で面食らってしまう。

「銀花の似合う器量よしです。流石は営業担当、ホープですし。でも少し筋肉をつけましょう、細身ですから」
きみもだろう。

「俺もお願いがある」
なんでしょうか、と尋ねる元同士の西明の目を見るべく膝を曲げて口を開いた。
「半年前と今のような敬語無しで会話がしたい。きみは部長に対しての態度で慣れてしまったようだけど俺は違うから。業務を熟して部長直属に成ったきみとは対等だと思う。また始めたい、そこから。どう?」
「ああ、それは楽だ。助かるわあ」
なんだって?
「馬鹿だなあ」
なにが馬鹿だよ。
「直属とはいえ、職位が上の僕から言い出さないとまずかった。だけど降りやまない雪のように想いが募るばかりで、東蔦主任が見えない・見つからない半年間だった。お互いが雪に閉ざされる前から半透明人間だったような」
部長の教育かな、やけに覇気がある。

「あなたの胸に棘を刺してしまったような気がしていた、東蔦主任さあ、どうして笑顔で居られるんだよ、僕はそんな軽い気持ちで部長にあなたを推薦したんじゃないから」
「え?」
「東蔦主任なら熟せると、部長に断言したからね? 根拠は僕が全力で支えるからだ。自信があるよ、あなたの職位を上げて見せる。だからもう離れたりしない、どうなんだよ」
「強く成ったなあ。どうも、俺はきみがどう変わろうと、きみしかだめだと思う」
そう、季節は変わってしまったし、お互い立場が変わって逆転したけれども。

「東蔦主任に敢えて言う。あなたに恥はかかせない。僕が全力で業務を熟して支えるから」

自信に満ちた想いが迸る。そこ迄言ってくれるのか、きみは本当に暖かな光だったな。
「同士」とは大和言葉で「しわざ」と称する。まさに。


「頼りがいがあるなあ、そうか。俺はずっと、きみを想っていたんだ。俺の全部を託すから、職位は二の次でいい。事務担当はきみじゃないと困るから」
業務だけに留まらない、言葉を続けようとして息を吸い込むと冷たい空気が自分を試すように入り込む。
粒雪と吹雪に誘われた回雪が向かいの景色を隠してしまう。このまま想いを消したら悔いが残る。

好意が無ければ俺はここまで追い詰められていなかった、ほかの誰かではダメなんだ。

「きみが好きだ。半年も動かずにごめん。でも取り戻したいと本気で思っているんだ。今日から俺はきみのものだよ」

俺をうまく操って業務を遂行させてほしい。慣れないうちは任せたほうが万全の態勢で挑めるはず。
今はきみのほうが業務に慣れているし逞しいから。でも、いずれは俺がきみを導いていく。

もう二度と濁流に呑まれて曖昧な態度を取らないと誓う。
きみの為に俺は強く成る。

「あなたは半年困窮したかも知れないけれど、その時間のおかげで僕は業務を先に覚えたから。今度は僕が東蔦主任を全社が認める営業担当に育てて見せるよ」
本当に強くなったな、いや、半年前からきみはタフだったに違いない。

「F社の扱う品目は300種類に及ぶからね。東蔦主任が今担当しているU社の20種類とは桁が違う。スプーンでも2.3種類あるし、割りばしは海外ロット生産。航空便だとコストがかかるから船便輸送だけど到着まで2か月かかるんだ」
既製品ではなくて海外で生産するのは大変だな、でも人件費などのコストが抑えられる。
ふうん、興味津々だ。

「コンビニ相手だから消耗資材の受注はほぼ毎日入るし、在庫と受注を先読みの営業だよ、面白そうだろう? あなたなら関心を持つ気がしているんだ」
当確だよ。

ん? スマホが鳴っている。
『ゆきちゃん? いや、』
部長か。
「ゆきちゃん・で構いません。なんでしょう、ああ、それより無事に帰宅されましたか。西明は危惧して居まして」
『私は無事帰宅したよ。と、尋ねるあたり、ゆきちゃんは電車待ちかね? 薄手のコートだったから露わな項が冷えて風邪をひかないか不安で居たたまれない』
やさしいんだな。
『ゆきちゃんは全社がその容姿を拝むのを生きがいにされているのだから健康を保持。容姿を研磨。笑顔を亡失せずに管理職へ進むのだよ』
何かおかしい。

『魅惑的な腸腰筋と手首足首の細さを留意。敢えて言うなら艶めくリップクリームをきみに提示したいくらい。この美麗な営業担当、目に入れても痛くない可愛さ、ときめきが有り余るよ、ゆきちゃん! 出張中はきみに任せた、土産にスヌードを買おう。帰社したら一番にゆきちゃんと引継ぎ』
「孫ではありません」
溺愛されて居たなんて知らないし。西明では無いのか、肩の力が抜けて助かったが。


銀色に輝く冠雪な屋根の電車がようやく、ゆっくり現れた。時速25キロくらいか。
しかし、長い夜が明ける気がした。
乗り込んだ車両には俺と西明しかおらず、徐行運転をする電車の揺れが心地よくいつの間にか寝てしまった。
目が覚めると終点で、しかも俺の肩に西明が頭を預けて微かな寝息を立てていた。
遅延の電車を待ちながら座っていた時は1つ空間があったのに、もう距離は無いんだ。
安心したし、きみが愛おしい。
強く成るから。そして、やさしい人に成る。誓うよ、きみを追い掛ける。

西明を起こして住所を聞いたら、俺の部屋の方が近いと分かったので泊める事にした。
玄関で靴を脱ぐと足が凍ったかのようでタオルを持ち出し「使って」と渡したら「やさしく成ったなあ」その一言で俺はもっと前に進める。
「二人とも雪まみれで『八朔の雪』みたいだな」
昔の遊女が8月1日に白無垢を着たというあれか。
「東蔦主任は容姿が優れているから、まさにそれ。どこぞで体を安く売らないように。ほら、灰雪を払ってあげる」
そうしたらきみの手が冷たく成るだろう。俺はいいから、と上着を脱いでキッチンで雪を払った。
すると西明が湯を沸かしている。「足が冷たいよね」そんな気配り迄してくれるのか。
「東蔦主任のお世話は任せて貰おう。半年ぶりでハンデはあるけど、誰よりあなたを見てきたんだから」
きみしか要らない、本気でそう思う。
「きみが居てくれて。出会えてよかった、雪が降る日にきみを取り戻せたなんてどんな由縁だろう」
「瑞雪だろう。縁起がいいんだ。ああ、雪の女神さまのお導きかな『青女』は知っているかい? 中国の雪の女神様だ」
神様のお導きか、感謝しなければ。
いや、きみが俺より先に動いてくれたから神様は西明だと思う。

電車を待つ時間、そして離れた半年間待たされてくたびれた。
スーツのままで寝ると皺が寄るのでシャツ姿でネクタイだけ外し、狭いベッドで向かい合わせに成った。起きた時にきみが居てくれますように、ふと祈り、そこ迄俺は追い詰められたと分かった。
追い掛けて取り戻せるなら、こんなに容易いことはない。
こんなに小柄だったかなと眺めたら「腰が細すぎるから同士として注意する」と笑顔で返された。
長い夜はようやく明けそうだな。
「東蔦主任の結晶が見たい」
結晶?
「デンドライト。二人でそう成りたいんだよ」
輝く雪の結晶か、俺の心は凝り固まってそうなのかも知れないが。
西明が俺の脇腹に触れて「暖かい」と呟いた。
「絹のような肌触りだ、きみは本当に風情がある」
口説かれたら黙して居られない、西明の背中に手をまわしてシャツを捲り上げ、素肌に触れるとそのまま項迄這わせた。
業務だけじゃない、こうして二人で居たいと思う。
結晶のように幾重にも繋がりたいが、寒いのか、西明が肩を震わせるけれども止められない。
今度は臀部を撫でてぬくもりがなじむように前戯をし、ボトムを下ろした。
「俺の全部を渡すと言ったよね」
きみを善くして、それからきみに全てを曝け出そうか。
なかなか指が入らない、力を抜けないかと片腕で抱き寄せて胸に埋めさせた。
熱い吐息がかかり、俺の方も起きだして固くなり、西明が気づいて弄り始める。
きみの良いようにしてあげる、だから弄っていい、きみの中に潜り込んで熱で俺の冷たい心を溶かさせて貰う。


降り注ぐ粉雪を頬に受けて濡れずに済んだのは、西明が半年前から俺を励ましてくれたからだろう。
こんな俺でも『いつか取り戻す』という想いだけは持ち続けられた。

雲のかけらを捉まえようと窓を少し開けて両手を伸ばした。灰雪だ。
相変わらず冷たい感触だけれど、この冷酷さをきみにはもう見せる訳にいかないから、胸に刻もう。

「おはよう」
きみの声で振り返ると胸の奥から感情が高ぶった。思わず駆け寄ると、西明も床を蹴った。
「雲のカケラを捉まえよう」
きみも同じ事を想うのか。
「なあ、ゆきちゃん」
ん?
「雲のカケラのゆきちゃん!」
暖かい体に抱きしめられて腕の行き場に迷わず抱き返すと、西明が俺の首筋にキスをしたので驚いた。
「くすぐったいな、吸うなよ? 跡が残ったらどうしてくれるんだ。それに下の名前って」
「皆があなたを下の名前で呼ぶのが羨ましかった。僕もいいかな?」
「事後承諾って営業職に向かないけど。きみならいい」
「おや? いつも通りのゆきちゃんに戻ったな。そういう自分だけは疑わない人だから好きなんだよ」

外は濡れ雪が降っている、気温は高そうだ。積雪に成らずに済んでよかった。
積もっても互いを見失わない想いはあるけど、いつまでも悔いが残るような根雪に成らず春に振るだんびら雪を2人で眺めるか。
解けない想いを抱えたまま。雪の果てを見送ろう。

「ゆきちゃん、『白妙の 雪の傘さし 人来る』知ってるかい。高橋淡路女さん作の俳句だ。まさにあなただろう。僕は焦がれて居たからね」
嬉しい事を言ってくれるなあ。
コートを羽織る前に西明を懐へ潜り込ませた。
「きみが来てくれたんだから、必ず俺はきみの傘に成る。俺は恥をかこうとも、もう迷惑だけはかけたくない」
「やけに暖かいなあ。依頼するよ、業務以外で僕を連れ出す案件を提示して欲しい。色香漂う敏腕の営業担当・ゆきちゃん?」



営業先から帰社してオフィスに戻ると西明と目が合った。
「おかえり、東蔦主任」
きみがお帰りって言ってくれるのが心底嬉しいと思える。
この日々を紡いでいきたい、俺には今迄欲しいものが沢山あったけれど、全部守れる訳じゃないから。
カバンだって使用頻度で穴が空くし、ブーツだって手入れしないと汚れが落ちなくなる。
俺は一つしか守れない。
守るのはきみと決めたから。俺を選んでくれたきみを。

きみが守るのも俺だといいな。
そうして生きて、何時か一緒に日曜日を迎えよう。

「本格的に余裕が戻った様子のゆきちゃん、残念なお知らせ」
課長、何だろう。

「F社に納品予定の割りばしを積んだ貨物船がフィリピン海付近で海賊に襲われて、どんぶらこ。さて、どうするよう、ゆきちゃん? 尋常では無いスタートを切ったなあ、走れよう!」
痛恨の極みだ、貨物船だろう? 在庫はまだあるのか、確認しないとまずい。

「靴音が猛々しい・ゆきちゃん。全社を担う5億の取引相手の営業担当。色香漂う項が眩しい絹の肌、期待してるぞう!」

「災いを祓い清めて雪げ(そそげ)、東蔦主任!」




おわり

ありがとうございました

柊リンゴ

少し気が弱い男性を書いてみたかったのです
雪をイメージして「別れ」と思いつき、
それでもまたよりが戻るならより一層絆が深まるかな
結晶です
そういう想いでした

成長します

@wataridori99

hiiragirinngoxxは凍結です

東蔦(ひがしつた)結宜(ゆき)ぎゅっとしめて繋ぐ意味です
西明(さいみょう) 侑希(ゆうき)そばで支える意味です

しおり