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第21話

 C.BF0053年。七月十七日、木曜日。

 澄人がナオにマイクロメモリを預けてから、約三ヶ月後。

 その日の早朝、第一研究所のトレーニング施設にある、畳が敷かれている道場に、道着を着た二人の姿があった。

「はっ! てやっ―!」

 威勢の良い声を出しながら打撃をナオへ向けて放つ澄人。しかし、彼女は上体を反らし、左右に躱し、後ろへ飛び避ける。

 まるで、背中に羽が生えているかのように軽々しく、流れるようなその動きに、澄人はまっったくついていけず、どんどん息があがっていく。そして澄人が右拳を大ぶりに突き出すと、ナオはそれを左手の上腕でそらし、そのまま回し掴んで一気に引き寄せた。

「う、うわぁああーー!」

 どうすることもできず、彼は畳の上へ勢いよく投げられ――ドバンッ! という大きな音が響き鳴る。

 素人が見たら、かなり痛そうだと思うかもしれないほど、見事な一本背負いが決まった。だが、澄人は一応受け身をしている上、ナオも投げた瞬間に腕を引いて上げ、ある程度勢いを殺したためダメージはほとんどなく、彼はすぐに立ち上がった。

「くそぅ……また投げられた……」
「何度も言っているはずです。動きが直線的で、無駄な動きが多いと」

 相も変わらず、怒っているようにも見える無表情と、淡々とした口調のナオ。けれど、

「(と言っても、まだ三ヶ月ですから、なかなか難しいとは思うんですけど……なるべく隙きが出ないように、大ぶりの動きは避けて……あと、動きは円を意識しながらですね。金魚みたいに、くるっくるっと)」

 脳内音声では、彼女は表情豊かに澄人に話しかけている。

「あはは……。ナオの脳内音声がなかったら、僕……辛くて泣いちゃっているかも……」
「この程度で何を言っているのですか?(世の中の格闘技を指導している方達は、私よりも格段に厳しい方ばかりなんですよ?)」
「まあ、そうだよね……そう考えると、格闘技をずっとやっている人って、身体的な面だけじゃなくて、それだけの指導やトレーニングに耐えられる、精神力を最初から持っているってことか……はぁー……」

 そんな精神力……才能は、自分にはないと言いたげに、澄人はため息をついた。

「いいえ。そうとは限りません。(確かにそういう人もいるでしょうけど、精神的にも肉体的にも弱かった人が格闘技をやっていたという話は、結構ありますよ)」
「本当? マンガとか小説の話とかじゃなくて?」
「はい。(ここで働いている社員の方で、そういう経歴の持ち主が一人いますね)」
「僕のように、遺伝子操作に失敗して生まれた人がいるってこと?」
「そうではありません。(その社員の方は、遺伝子操作が一般的になる前に生まれた人間なので)」
「じゃあ、普通の人ってこと?」
「筋力が弱くなる、先天性の病気を持って生まれたそうです(当然ながら治療が行われましたが、五歳になるまでまったく歩けなかったらしいです)」
「そんな人が格闘技を……?」
「はい。小学校に入学後、すぐに柔道を習い始め、六年後には拳法や剣道も始めたとデータにはあります。(そのデータによると、格闘技は十八年続けたそうですけど、膝の靭帯を痛めたらしく、それ以降は大会への出場などの記録はありません)」
「大会に出ていたってことは、その人は入賞するくらい強かったってこと?」
「入賞はしていません(ほとんど一回戦で負けているみたいですね)」
「一回戦で負けてばかり……? それなのに、十八年も格闘技を続けていた…………?」

 なぜ? と考えるように、澄人は腕組みをした。

「私もなぜ、その方が十八年も続けていたのかはわかりません。(ただ、何か――意味と目的があったからなのは間違いありません。だからこそ、負けてばかりでも挫けず、続けていたんだと思います)」
「意味と目的……」

 そうして二人が話していると、道場の扉が開く音がした。

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