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シバイ、頑張る

「ライラ!セイム!」

 友人が襲われる悪夢にうなされて、獣…シバイは飛び起きた。
シバイは、獣人だ。人と獣の間を行き来するもの。
今のシバイの体は、ふさふさの白銀の毛並みに犬のような口、大きな手足と爪を備えていた。パジャマは、破れてしまっている。
 シバイは、魔術学院の学生の頃、突然獣人になってしまった。
その時来ていた異国の…いや、異世界の魔術師に言われた言葉がこれだ。

『魂と引き換えに、命を助けてやる』

 獣人は人を食うため処分される。駄目元で助けを求めた結果がそれだった。

『まさかこういう意味とはな』

 違う世界に連れて来られ、確かにこれでは魂すら戻れないだろう。
 ゲイルさんという所長は優しそうな人で、他にも皆が優しくしてくれている。
 どうやら、こちらでは自分の人の姿はアルビノというらしい。白い肌、白い髪、赤い目。こちらの世界では、これほどはっきりしたアルビノは少ないとか。アルビノは陽射が駄目だという。しかし、シバイの体にはきちんと紫外線から身を守る機能があった。これだけでも、研究成果になるという。
 これが肌荒れからアルビノの治療まで様々な役に立つとかで、感謝されていた。
いつ変身するかわからない為、シバイは変身がコントロール出来る様になるまで、研究所から出ないように言われていた。それでも、ビルから眺める景色だけでもシバイは十分に驚嘆したし、こちらの言葉や生活を覚えるだけでも驚きの連続だった。
特に驚いたのが、たまにやってくる空を縦横無尽に飛ぶ飛行車という機械。
ガラス越しに顔をくっつけるようにして見ると、大きな車が猛スピードで目の前を飛んでゆく。
その下には、車という機械が飛行車に比べればゆっくりと走っていた。
もちろんガラスには、向こうからはこちらは見えないというガラスを使っている。
隼人という異国の魔術師……この世界の科学者に、渡された通信機で連絡をする。
……。出た。

『どうした、シバイ』
『隼人殿。変身できたんだ。けれどゲイルに言う勇気が出ない』
『言葉は覚えたのだろう?頃合のじきだ、安心しろ。似姿は送ってある。この通信機の傍受も既に行われているからゲイルが心配して待っているだろう。あいつ会話を大体だが覚えおったからな』
『いつもながらこちらの科学者達は凄いな。わかった。会ってみる』

 シバイは、電話を切って、耳を済ませた。獣人になって優れた耳からは、パタパタと走る音とドキドキとする心臓音が聞こえる。好奇心によるものだと、シバイには何故かわかった。向こうでの魔術師の短い英雄の歌を一曲元気付けに歌ってから、シバイは言った。

「ゲイル、鍵は掛かってきてないから、入ってきて構わない」
「やあ、通信傍受がばれていたか。悪……」

 ゲイルの言葉が止まる。ぐっと息を呑んだ。

「……それが、君の本当の姿かい?」

 ゲイルは恐る恐る、一歩を踏み出した。恐怖と好奇心のせめぎ合い。
魔女狩りによって遠い昔、追い立てられたという人狼。今、そこに人狼がいた。
 あれは迷信なのではなかったのだ。なぜなら、シバイは本当に人を食べるのだから。
 そのようなゲイルの葛藤は、シバイには手に取るようにわかった。
 何故ゲイルの心が読めるのか、不思議だったがこれも獣人の力と理解する。
 獣人が追い立てられたという歴史はやはりこの国でもあるのだ。うまくやっていけるだろうか。シバイは不安になった。

「ゲイル……怖いか?」
「いや……いや、確かに恐ろしいよ。それと同時に美しさも感じる。写真を取らせてもらっても?それと、その姿でのデータが欲しい」

 シバイは、頷いて、大分大きめの服を苦労して着てゲイルについていった。ついていった先々で、研究員が息を飲む。
 ただ一人、違った反応をした研究員がいた。

「人狼!?なにこれ凄い可愛いんだけど!シバイさんですよね!?触らせて!!」

 日本から来ている千代美だ。彼女の登場で、空気が大分緩んだ。
 ハヤトやタケルと同じように、耳を引っ張り尻尾を触り胸を触れる。

「ああ……この手触り。毛並みも綺麗だし」

 シバイはしきりにセクハラですとやめさせようとするが、止まるものではない。

「犬耳―っ」

 同じく日本からやってきた徹がタックルする。
 もはや恍惚とし始めた千代美を見て、ゲイルは汗を掻きながら言った。

「君の公開は、日本からやってみようか……」

 次に、運動性能を調べる。毛や爪を一部刈り取って、その成分も調べた。爪を切るのは容易にはいかなかった。ダイヤモンドカッターを使って、慎重に一部を切り取る。研究結果は素晴らしいものになった。それに、シバイ自身の運動性能も非常に高くなっていた。ゲイルは非常に喜んだ。
 そして、毛や爪の一部の成分分析を続ける間、日本の研究所に居を移して日本の研究室で発表する事にした。
 シバイは、それまでに変身のコントロールに専念する事になる。





ESP研究所日本支部の発表会場。
 そこには、ハヤトの名の宣伝もありちらほらと人が来ていた。
 決して密度は高くない。
 ESP研究所は、日本ではあまり有名ではないのだ。

「こちらが、ハヤト博士から託され、私の長男となります獣人のシバイです」

 シバイは紹介され、目の前で変身して見せた。

「えええええ!?」
「トリック!トリックは!?」
「もう一回やって見せて!」
「触ってもいいですか!?」

 携帯が、カメラが、ビデオがまわされる。

「このESPは突発的に発現したもので、彼はハヤトに保護を求めました。生きていく為に人間の血を必要とするからです。ああ、シバイは人を傷つけた事はありません。それで人を傷つけず、生きてゆくためにハヤトに助けを求めたのです。その為の保護施設として当研究所を信頼・預けて頂きました。研究結果はこれです」

 ゲイルが千代美に目配せする。
 千代美から配られる資料は、十分な数があるのに奪い合われた。
 シバイは、バスローブを着て人に戻り、もう一度獣化した。

「研究は始まったばかりですが、次の発表は一ヵ月後となります」
「腕だけなら、触ってもいいぞ。耳も胸も触られるのは嫌いでな」

 千代美がシバイの言った英語を翻訳する。
 シバイは寄ってきた人に対して、手を差し出した。
 その場の全員によって、触りまくられたのは言うまでもない。
 その後、写真はインターネットを駆け巡った。
 ESP研究所の公式ホームページ日本語版だけにシバイの事が乗って、それはわずかな信憑性を与えた。それでも殆どの者にキグルミと生暖かい目で見られていたものの、ハヤトの名もあって、一ヵ月後のESP研究室には大勢の人が集まった。そこにはカメラやビデオが並べられ、トリックを見破ってやるという意思にあふれている。

「今日は素晴らしい研究成果が出たのでご報告します。皆さんご存知、隼人博士の協力を得まして重度のアルビノへの対紫外線の投薬が開発されました。後は数年かけて安全チェックを終わらせるだけです。それさえ終われば、多くのアルビノの人達を救う事が出来ます」

 ゲイルが発表をし、千代美が資料を配る。そこに、シバイが現れた。
 大勢のものが、カメラを準備する、ビデオを回すなどし始めた。
 シバイは、変身してバスローブを着る。
 どよめきが走る。

「握手をしたい人はどうぞ。耳や尻尾や他の部分を触るのはやめてくれ。キグルミと疑ってもいいから」

 千代美がシバイが言った英語を日本語に翻訳する。
 全員が、握手をしてもらった。

「前回の人がマナー悪かったから…」

 ぶつぶつと、文句がもれる。そして、シバイの事は更に広がった。実際に大手薬品会社との提携を確認できたのだ。大手薬品会社のホームページにも、役員がシバイと握手している姿が乗った。
また、シバイは目立った。
研究所付近でゲイルに連れられて共に買い物する姿が目撃され、本物と知るや否やあっという間にその存在が広まった。シバイのストラップ、タオル、写真、せんべいが売れに売れた。
 ここに来て、ESP研究所の名が日本で有名になる。
 シバイの元には、続々とファンレターが届いた。シバイの為なら献血するとの声があいつぎ、低迷していた日本の献血量がうなぎのぼりになり、血液の購入が容易になった。
 触らせてくださいという手紙から、愛しているという手紙まで、多種多様だ。

「シバイさん、シバイさん、お願いします!この前歌っていた歌、歌ってください」

 千代美は言った。シバイは、時々元気付けに向こうの歌を歌った。
 本来は魔術師の為だけの歌なのだが、ここには魔術師はシバイ一人だ。
 特に罰則のあるものでもないので歌っていたのだが、千代美に気に入られていたようだった。
 こうしてシバイが歌う姿と歌の翻訳の載せられた動画は、とある大手動画サイトに載せられた。
 その頃日本は物語を含んだ歌は好まれる風潮にあり、異国の歌は気に入られ、誰かがそれに作曲した伴奏をつけた。それは様々な場所でアレンジされ、日本に、そしてシバイの住むアメリカに伝わった。シバイはアレンジを気に入り、いくつも曲を出した。
 シバイはふわふわもこもこの歌える獣人としてデビューしたのだ。
 そして、紫外線に対する特効薬の開発や養子手続き中との話、何故アメリカのESP研究所本部のホームページではシバイの事が載っていないかとの問い合わせ、講演の依頼が相次いだ。
 これらの話は、アメリカでのシバイへの恐怖を払拭するいい材料となったのだ。
 シバイは、恐ろしい獣人ではなく、こわいけど愛らしい獣人にアレンジされてアメリカに伝わっていたのだ。





 町を歩きながら、ゲイルがシバイに言う。

「そろそろ、アメリカに戻ろうか、シバイ。きっと皆喜んで迎えてくれるよ!いや、守る覚悟はあったけどずいぶん楽になりそうで助かったよ」

 ゲイルは言う。楽しげな笑みで。

「お役に立てているようで嬉しい。私も、こんなに好意を向けられるのは悪い気分ではない」

 シバイも笑っていった。

「お願いします!変身を見せてください」

 大きな鞄を抱えた少年が、たどたどしい英語で話しかけてくる。

「ごめん、服が破れるから駄目なんだ」
「LLの服、持ってきました!」

 LLでは足りない。シバイが返答に困っている後ろで、お嬢様が浚われた!と悲痛な英語が聞こえた。シバイとゲイルは視線を鋭くして周囲を見回す。
走ってくる車と、ヘルプミー、と窓を叩く金髪の少女。
シバイは、道端で変身、走って思い切りタイヤに爪を突き立てた。
しかし、腕がタイヤに巻き込まれる。
激痛の中、シバイは唱えた。

『風よ、我が祈りに応えて、全てを切り裂け!』

 しかし、獣人の強化された魔力でも車は傷つけられない。
獣人すら敵わないほどの機械をたやすく作れるから、魔法も魔物もいない、存在できないのだ。シバイはふと、そんな事を思った。
それでも、タイヤはパンクさせられ、車のスピードは劇的に緩まった。
パトカーが1台追いついて、車の走る邪魔をする。
シバイが救急車に乗せられていく頃には、犯人は捕まっていた。














病院の一室で、ゲイルはシバイと話していた。
 そこは隼人の息の掛かった病院で、獣人でも快く治療してくれた。
 回復呪文の甲斐もあって、シバイの手は元に戻りそうだった。

「よくやったね、シバイ君。でも二度とあんな無茶をしないでくれ」
「いや、あれは私のせいでも会ったのだろう?だから……」

 アメリカの富豪の少女がシバイに興味を持ち、お忍びで会いにきていたのだ。
 そこを、誘拐犯に狙われた。

「君のせいじゃないよ」

 コンコンコン、と扉が叩かれる。
あの少女の執事だ、とゲイルは紹介した。

「この度は、ありがとうございました。治療費はこちらで持たせて頂きます」

 執事はシバイを見て恐々としていたが、それでも深々と礼をした。

「その必要は無いよ。それよりも、人狼は怖くないって広めてもらえると嬉しい。預かる獣人はシバイだけじゃないし、僕が預かるかどうかはわからないからね」

 この事件が、シバイのアメリカでの獣人の人気を決定付けた。
 また、遅れて日本にも獣人の預かり先を探しているという噂が広められる。
こうしてアメリカと日本で、次々と名乗りが上げられる。

「私は獣人の為に動物愛護団体を立ち上げました!」
「我が毛皮販売会社は、獣人を是非マスコットキャラとして……」
「我がドックフード開発会社としては……」

他にも、コレクターや研究所、富豪に始まりごく普通の家庭までも獣人の引き取りに名乗りを上げたのである。この流れは世界に広まったが、シバイとしては心配で仕方ない。どうもシバイには、ゲイルの所が一番安全のように思えるのだ。
日本はシバイを完全に可愛くて賢いわんちゃん扱いだし、アメリカではまだシバイは恐れらていた。それに、科学者達の食いつくような視線が怖い。少し怖がりながらも、人間扱いしてくれて、しっかりと守ってくれるゲイルの研究所の方がいい。
しかし、ゲイルはある日、肩を落としてやってきた。

「養子騒ぎで君が有名になってね。予備役の登録をしていたし、軍に呼ばれる事になった」
「軍の研究所に行くのか?」

 シバイは心配そうに応えた。

「広告塔になったり訓練をしたりするそうだよ。研究はこちらでやる事になった。君の毛に放射能すら防ぐ機能がある事がわかってね。守りきれなかった。訓練を一緒にやる人達には十分に説明と理解をしてもらわないと、渡す事は出来ないって粘ったから、怖がられることは無いと思う」
「それならば、構わない。半分軍人志願のようなものだったから。それに、嫌われるよりずっとマシだ」

 魔術師は魔物と戦う事を義務としている。半分とまでは行かないが、多少は軍人のような側面もある。

「そういってくれると嬉しいんだが」

ゲイルは、心配そうに呟いた。





数日後、軍隊に行って美しい毛を無残に丸刈りにされた獣人…いやチワワが凛々しく軍のポスターに映っていた。
日本中が、泣いた。

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