バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

師匠の責任


 神殿に向かう。
 心臓がバクバクした。
 逃げたいよ。凄く逃げたいよ……。
 ごく、とつばを飲んで、声をかける。

「カザ様、よくいらっしゃいました。陛下と神官長がお待ちです」

 そう言いながらも、少し困った顔。
 
「遅くなりましてすみません。お二方がいらっしゃっていると知らず、このようななりですが急いで参りました。礼服に着替える時間を頂いても?」
「わかりました。伝えて参ります。呼ばれましたらいらっしゃって下さい」

 私は頷き、着衣室で手早く装備を変えた。ガウルとベルンツハイムの装備も手早く整える。幸い、礼服系の装備はいくつか持っていた。
 すっと息を吸って吐く。すぐにお声が掛かる。

「カザ、ただ今参りました」

 部屋へと入る。そこには、当然のようにルフィリアがいた。

「カザ。ご指示の通り、交渉はしておきましたわ」

 笑顔でありながらもきつく睨んで圧力を掛けてくる言葉に、勇気を出して告げた。

「ルフィリア。私は、何も指示など出していないよね。私の名前で、勝手に物を買ったり約束したりしているってどういう事?」

 ルフィリアの顔が、一気に蒼白になる。
 ベルンツハイムとガウルからも動揺の気配がした。

「っカザ、カザは緊張して何を言っているのかわかっていないのですわ。今は陛下の御前なのですよ。下がりなさい」
「ルフィリア。私はちゃんと話し合いたいの。どうして私の名前を勝手に出したのかな。どうして、こういう事をする前に私の所に来てくれなかったのかな」
「貴方は私の師ですわ。その事をわかっていらっしゃるの!? いい、私は陛下と約束をしたの」
「約束をしたのはルフィリアで、私じゃないよ」
「貴方……貴方……! わ、わかりましたわ。ひとまず下がって二人きりで話しあいましょう」

 ルフィリアが蒼白な顔で言うも、私は首を振った。
 二人きりになんて怖い真似、出来るわけがない。

「カザ。ルフィリア。恐れ多くも陛下の御前で見苦しい! どういう事なのだ、申開きがあるなら言ってみよ!」

 護衛の偉そうな人が言ったので、私は慌てて平伏した。

「申し訳ありません。弟子が迷惑をお掛けしました。」
「どうやら、不幸な行き違いがあるようだ。話し合いは、また明日にしようか」

 陛下が告げて、私達は席を辞した。
 振り返ると、ベルンツハイムとガウルもまた蒼白な顔をしていた。
 私は、最も最悪の選択肢を取ったのだということを、ここにいたってまだ気付かなかったのだ。

「師匠……いえ、師匠が浮世離れしている事を知っていて任せた私が悪い。ここはもう、家名を告げた方がいいのでは」
「さっきから、家名ってなんのこと? わからないよ」
「師匠……! 貴方が、古代からおいでになったということです」
「なんで知っているの……? だ、駄目だよ。それは。言えないよ」

 ベルンツハイムとガウルは頭を押さえる。とても困った様子だった。

「師匠。先ほどのあの対応。ルフィリアも師匠も罰されてしまいます。かなり重い罰になる事が予想されます。ルフィリアの契約内容を確認した方がいい。それを飲めば、犯罪者にはならずにすむかもしれません」
「え、あの、なんで?」
「使徒様や神々ならともかく、陛下の前で言い争いなど、到底許されぬことです。陛下への挨拶もなかった、あれは酷すぎる。明日、上手く釈明できなければ、刑が言い渡されるでしょう」
「あ……」

 言われてみれば、確かに偉い人の前で偉い人を無視するような真似。
 それも相手は国王様なのだ。
 
「しかし、ルフィリアも質が悪い。陛下を盾に迫るとは。もしも契約を飲めば、ルフィリアもまた罰されることはありません。最初から従うこと一択しか選択できないような事をしてくるとは……」

「カザ師匠の素性を話せば、まず間違いなく許されると思う。あの、本当に駄目か?」

 ベルンツハイムとガウルの言葉に、思い切り首を振った。

「だ、駄目だよ」

 私は、古代の人の価値を朧気ながらに理解し始めていた。
 きっと、色々危険な事を知っているし、特別な存在なんだろう。
 神殿の個室で話していると、ルフィリアが凄まじい形相で扉を開けて押し入ってきて、私はビクッとした。
 ベルンツハイムとガウルが厳しい瞳で私を守るように立つ。
 第二戦の開始を悟った。










「貴方っ何を考えていますの!? この下賎な平民が! 気持ち悪い口調のオカマの分際で!」

 真っ向からぶつかる悪意に、私の体は震える。
 
「いい事! 貴方が約束を遂行しなくては、貴方もまた罰を受けるのよ! 分かったら、大人しく私の交渉通りになさい!」

 どうしよう。怖くて何も言えない。でも、それじゃ駄目なんだ。

「……どうしようもない下衆ですね。師匠の慈悲につけ込むなど。誰を敵に回したか、理解していないのですか」
「どいつも、こいつも……正気を疑うな」
「何よ、下賎な長耳と犬っころが! 度重なる無礼な態度、もう許せないわ。土下座して謝りなさい!」

 私は、何も言えなくなる。涙が零れた。

「ふふん。いいですわね。私が上手く交渉を纏めておくから、貴方はただ頷いていればいいのです!」

 そうしてずかずかとルフィリアは出ていく。
 もう、どうすればいいんだろう……。
 泣いていると、ノックがされた。どうぞというと、私を叱った偉そうな人が現れた。

「私はガゼットと申します」
「カザです」
「此度のこと、申開きはあるか」
「ありません。すみませんでした」

 頭を下げると、ガゼットはため息をついた。

「ルフィリアがあなたの名前で約束したことですが。一覧をご覧になりますか」
「いいです」
「陛下を詐欺に掛けたとなると、罰を受けますよ。私としても、貴方には色々お聞きしたい事があるし、優秀な商人で冒険者である貴方を前科者にしたくはない」
「仕方ないです。それって、死刑は無いってことですよね。ならば、沙汰をまちます」

 その言葉に、ガゼットはため息をつく。

「恐らく、百叩きと金貨一万枚の罰金になりますよ。彼女の約束が起こした損害も負わなければならないでしょう」

 私は、思わず俯く。

「お待ち下さい、カザ師匠は実は……!」
「いいの。ベルンツハイム。罰はお受けします」

 ガゼットは、私の瞳を覗きこむ。

「…………そして、ルフィリアを罰するのは貴方の役目です。弟子の行いは師匠の責任なのですから。まあ、今回は手討ちにするのが妥当でしょう。陛下を詐欺に掛けた罪、それでも緩いくらいです」

 今度こそ、私は動揺した。そんなこと、私に出来るはずがない。
 私は師匠がそんな責任を負うなんて、全く知らなかったのだ。

「私は……」

 ぎゅっと拳を握る。

「仮に生かすのであれば、もう貴方を信用するものは誰も居ないでしょう。信頼度は致命的に下がります。それでも、契約を飲みませんか?」
「……飲みません」

 ぽろぽろと涙が溢れる。
 
「……まあ、破門だけで済ませる方法もあります。商業ギルドで手続きを聞くといいでしょう。……謁見は日を改めます」
「いえ。またご迷惑をおかけするわけには……」
「こちらとしても、本の出処など、どうしても探りたいのです。ウン・チク様が、ご降臨なさったのかもしれない。そんな些細な希望にも、縋りたいのです。念の為にお聞きしますが、使徒や神々と何か関わりが? 仮にそうなら、話は変わってきますが」

 使徒? 神々? ウン・チクさんがそうなのだろうか。だとしたら、プレイヤーが使徒や神々と思われている?
 いや、どうでもいい。プレイヤーであることは隠し通すと決めたのだから。

「いえ、あれは先祖代々伝わるものです。私は何も知りません」
「そうですか……残念です。では、明日、沙汰が降るでしょう」

 私は頷いた。
 ルフィリアの恐らくめちゃくちゃであろう条件を飲むより、鞭打ちと罰金の方がよっぽどいい。
 鞭打ちはポーションで治るし、罰金は端金だ。でも、前科者になったことは辛い。私は、すすり泣いた。
 翌日、沙汰がくだされた。ルフィリアの顔が歪み、散々に喚く。
 更に翌日、私は縛られた状態で引き出され、鞭打ちの刑を受けた。
 ところが全く痛くなく、途中で刑執行人が三度変わった。
 その後、使徒様かどうか震える声で聞かれ、違うと答えたら刑はルンデルムでの一ヶ月の強制労働に変わった。
 ベルンツハイムとガウルは私の為に泣いてくれて、ダカート達も顔を青ざめさせていた。
 心配させてごめんなさい。
 私はあの時、ルフィリアを弟子にする事を断らなかったことを初めて反省した。

しおり