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さくらまじ命がけの行進2

あっさり引いて、次の取引先で売りつければいいと思ったが、粘ってみよう。弊社は貴社しか縋れないという線でいったらどうなる?
「おや、珍しい。我々の思惑を聞こうと言うのかな? いつもならば『卸値を落とせ』と言えば席を立つ伊達男が如何した」

貴社の想いに沿う・と伝えてみよう。在庫を抱えては自社の在庫金額を圧迫すると正直に話してしまうと、今後がやりづらい。頭脳戦だ、足元を見られずに、あくまで期待に応えると。
「祭事用の在庫を抱えては、商社として辛かろう」
容易く読まれてしまった。不慣れだからな、一発勝負は厳しい。
「年中使えるものでは無いからな、いつも世話になって居る五辻くんの頼みならば通す。何束あるんだね? ……むう、この柄は難しいが、提示価格を聞こうか」
いけるのだろうか。

「そうだなあ。丁度、ラッピング用のリボンを依頼して居る他社が融通利かずに困って居てね。五辻くんのところが定期的に受注してくれるなら、この包装紙はもちろん、リボンの取引、そしてギフト用シールの提示を依頼しよう!」
次の取引への架け橋ができた。
「近日、案件をもって二人で来るといいよ。どんな提示内容か期待する」
いつもならお茶だけいただいて帰るのだが、親密的で、お店で売れて居る甘味も頂戴した。マカロンだ。ピンク色と薄紫がそろい、奇麗で見惚れる。
「ストロベリー、カシス、チェリー、ラズベリー。お二人さん、お好きなものを」
打ち解けたな、好感触。美味だったので少々値が張ったが会社への手土産にと購入したら、駐車場まで見送りに出てくれた。


「先輩、雰囲気が変わりましたね。取引先がいつになく好意的でした。だからこそ、次の包材の受注を取れたと思います」
「だよなあ」
1社で取引を増やす。関係を濃密にしてこそ、次の機会を得られるし信用も勝ち得る。今までの俺に無かったこと。

これは『20歳まで生きられ無い』と宣告されてからの悪いくせだろう。どこか諦めて居て、ここでだめなら次へ急げと言う切迫感が無意識にあった。

それはもうやめよう。できる限り、濃密な関係を築き、信頼を取り戻すんだ。それで神様が「そこまで」と仰るのなら、俺には作り上げた道筋が残る。散漫なものでは無い。確かな信頼。
仕事の遣り甲斐を覚える。心の中が充実していく。

「あなたの側に居られて、僕は向上心を刺激されます。変わっていく先輩について行くために、僕も変わらねばと思うんです」
真面目じゃないか。俺に似てるかなあ?
「精進努力の人の顔は色艶が美しいのです。心が光る故です」
「ありがとう」

確かにモデルさんとか、見た目ではなく体の健康も気遣うと聞く。心が濁らぬからこそ、美しいのだろう。

「そんな先輩に必要とされる僕でありたいと思うのです」
優秀な子だなあ。
「どんな包材を提示されますか? 帰社したら会議をしましょう」
「前向きじゃないか、いい後輩を持てたよ」
ネクタイを少し緩めて休もう。

「二人っきりで」
声が低い、地を這うよう。

「何か、怖いんだけど」
「苦み走った顔を為さらず。何もしやしません。お茶を淹れます、濃いめがお好きですよね?」
コーヒーならね。

「渋い顔をされる先輩のために、世界一苦いとされる苦丁茶(くていちゃ)を入手しております。中国では2000年前から飲まれていると聞く、モチノキを使用した最高級薬膳茶ですよ、噂によればガツンとくる苦さらしいです」
罰ゲームなの?
「まあ、ごゆるりとされて、靴をお脱ぎになれば宜しいかと。近頃、僕の前で足をさらけ出さない理由は何故です。舐めるように凝視したい夢をぶち壊すばかりか撫でたい欲望を破壊されておいでです」
「言葉が勢いづいておかしいから」
性癖が駄々洩れ。会社員としての資質を問うぞ。
「五辻さん、嘆息せず。破壊なくして建設はあり得ません。腹筋のほどを知りたいなどと口が裂けても申しません」
「どのくち?」
とち狂い。凄惨で破滅の未来しか見えてこない。破廉恥で爛れた(ただれた)思想についていけない。

帰社すると自分のデスクのノートパソコンを起動させる。先ず報告書の作成だ。だが、とある案件がよぎる。

「思い出したぞ。おまえがLINEで告白してから、俺は金縛りに遭う夜が多いんだ」
「僕はあなたを抱きしめる夢ばかり見ております。これは想いが通じたと存じます。ハグでございます」

出鱈目ばかり。

「戯言はここまで。先輩が提示して承認された包材ですが、納品すべく出荷の手配を担当者へ依頼済みです。取引先の締め日は20日ですので、21日付で納品書を作成するよう事務担当へ連絡しますが宜しいですか」
手際の良さに唸る。同行させるなら外垣しか居ないと思うんだ。
「ありがとう、助かる。おまえが本当に隣に居て……」

目線が合って、言葉に詰まる。俺は今、何を想って? しかも膝が触れそうで触れない数センチ。俺がすり寄ったの? 違うよな。じゃあ、この可笑しい外垣が。
しかし、こいつも股を広げず自分を過剰にアピールしないなあ。セクハラまがいの発言は多いが品格はあるんだ。へえ……。

「僕を熟視ですか? ときめきますか?」

なんでもないや。




この街だったはず、あの人が買い物袋を提げて歩いて居た。近くに神社でもあればお祈りしたい。
どことなく弦楽の音が空へ吸い込まれそうに響く。厳かな空気を思い出す。
「きみは凄いや」
まさかと振り返る。
「見えないものへも頭を下げる。真の人かな、謙虚なんだね」
あなたが「お坊さん」のお話をされたから意識した。俺は今まで神様にも仏様にも御縋りしたことは無い。自分が長生きできますように・とも。

宮津さん、あなたが俺の視野を広げたんです。世界が変わったんですよ。

声をかけようとしたが、ゆらゆら歩きだす。慌てて「食材を買う」と呟く宮津さんに付き合う。
「ウナギのかば焼きもいいなあ」
鰻か、免疫力を高めるビタミンAが豊富だけれど、食べ過ぎると頭痛を誘発するから郁には食べさせず、自分も付き合って口にしない。しかし、山椒がつきものだが?
「辛いものは食べられるんですか?」
話がしたい。
「苦手だよ? だから甘いカレーを作って食べる。ほら、お子様用の・とか」
「そこまでして……」
「お肉が食べたいんだ」
そうか。
「あ、分かります。カレーに入ってるお肉って美味です」
「そうなんだよね」
宮津さんが玉ねぎは多めで、にんじんは少しでいいと話す。あくまで甘めがいいんだろう。でも、にんじんも甘くて美味だけどなあ。
「にんじん、すりおろして入れると甘みが増しますよ」
「そうなんだ? にんじんっ」
へんてこりん。

「あなたが『にんじん』っていうのがかわいいと思います」
響くかな。
「そう? 普通じゃないか」
躱された(かわされた)。

「あ、LINEだ。……ケーキ買って帰るだなんて。僕が昨日、アップルパイを買ったから食べようと約束したはずなのに、忘れられてる。ま、いいか。ケーキのほうが日持ちしないから食べれば」
そんな案件なの?
「あの、そんな人と別れたほうがいいです。言葉が過ぎますが、お相手は高飛車だと思う、あなたのことを少しも考えて無い、だって、アップルパイはお相手と食べたくて買ったんでしょう?」
思いやりが無さ過ぎる。
「……有難う。そうだよね、高飛車で・傲慢だと分かってる。きみもお兄さんを内心、よくは思わずそれでも一緒に居るのは血の繋がり以前に気が合うからだろう。僕はこの人とは繋がりが無いかも知れないね」
え、郁のことはそんな。
「それでも、振りほどけないんだ。向こうから振って欲しいなんて、おかしいね」

言わないでおこうとは思ったが、もう勘弁ならない。何かおかしいという想いが臨界点に達した。負の側面を理解して欲しい。宮津さんが不幸なだけ。俺が救うから。
背伸びもせずに、自分を卑下せずに、あなたと向き合いたいんだ。
「お相手は、あなたに甘えて居ると思うんです。言い方は悪いのですが、つけこまれて居ませんか?」
お相手らしき人が会社に来たことを告げた。愚弄されたとは言わない、気にするだろうから。
「そういう人だったんだ、きみにまで迷惑を。きちんと話をしないといけないが、忙しいと言われるし」

他人を鎮める心を翻さねば。俺こそ傲慢だ。

「忙しいと言う人ほど誤魔化しが多い気がします、俺もそんな感じでしたから。兄に対しても、後輩にも。まっすぐ向き合えば時間ってあるはずなんですよね」
自分も内省する。あなたに出会わなければ、変われ無かったからだ。いつまでも驕り高ぶるものであったに違いない。あなたに添えるものに成りたくて、自分なりに研鑽(けんさん)した。己を変える努力をしてみた。どうだろうか、判断するのはあくまで宮津さん。

「同じ景色を見て居る人と出会えたらいいよね」

どこか言葉が遠い。それでも「惹かれて居る」と伝えた。

「でも、少し時間が欲しいな。また連絡する。いいかなあ?」



『あきちゃん。お弁当作れる?』突然のLINE。有り合わせで拵えたが、自分の休憩時間と宮津さんのお昼が合わず、渡せなかった。お詫びのLINEをするとなかなか既読に成らず。ようやく来た返信は『明日、会おう』だが、俺は朝から会議がある。会えない日が続く。
週末には売り出しがあるとのこと、ショップへ会いに行くのも気が引ける。働いて居る姿を、俺なら知人にも見られたく無いから。お客様には別の顔をすると思う。夕方、突然LINEがきて『20時にお店へおいで』何だろう。閉店後に宮津さんと待ち合わせてお部屋へ遊びに行く。ゲームをする宮津さんを眺めながら、俺は何用で呼ばれたのかなあと不思議に思うが。あ、0時に成る。
「俺は朝が早いので、失礼します」

そう、時間がすれ違うからこれからどうやって会おう?
名前を呼ばれて振り返るとマンションのベランダから宮津さんが身を乗り出して、両手で投げキッスをしてくる。今時、そんなことをする人が居るんだと驚きながら、まるで新婚さんだと気恥ずかしく成る。でも、思いが通じて嬉しい。片手を振り『お弁当作れる?』とおねだりしてきた可愛さを脳で反芻する。へんてこりんでお茶目な人。どうにも惹かれてしまう、こういう人は初めて出会ったから。だが、心を掴めて居ない感じはする。どうしてだろ。


「おまえ、大丈夫か?」
朝からガーリックシュリンプを作って居たら郁に咎められた。尽くして居る・と言う。
「宮津さんと会える時間が限られて居て、すれ違うのは分かる。でも、お弁当まで拵えて。等価交換を言うのは気が引けるが、代わりにおまえに笑顔の1つでも見せてくれて居るのか?」

宮津さんは夜は疲れて居るから会えない、朝はぎりぎりまで寝て居たいから会う気は無いと言うが。もしかして、振り回されたのは宮津さんでは無く、お相手だったと言うことか。

「相手は顔が広い、知人も多いはず。その中の1人と言う位置づけか。もしくは都合のいい相手だ。オレの片割れがそんな扱いでは許すまじ。男が廃ると思わんか? 問いただせ」
俺が憧れただけなのか?

「よく聞くんだ、英。『汝の隣人を愛せよ』と説くお話を読んだことがあるな? だがしかし、垣根を取り除くな! 節度を守るんだ。崩れたらどうなるかはSNSをよく見るおまえなら分かるはず」

愛せよ? ああっ、俺は好きとも言われてない。勘違い、なのか。一時の感情に、のめりこんだだけ・か。

「大体、話が合うのか? 詫びを言うか? オレと会話しても合わないぞ。あの人は職位があるから自分を大きく見せようとするし、生きざまが自由奔放だからな」
言われてみれば。

「英、冷静に成れ」
えっ。

「あの人の視界におまえが居るとは限らん。幾ら容姿が優れて居ても相手の好みで無ければ見限られる。ブランドの指輪と同じで、好みなら沿う、違うならそっぽを向かれて当然だろ」
ウインドーショッピングのように。ネット閲覧のように見過ごされて居ると言いたいの。

「様々な人が居て、ものさしも違う。オレもおまえも、たまたまこの時代に愛される器量なんだしな。生き急ぐおまえが焦り、相手を見誤ることもあろう。だが言うぞ。双方とも甘える相手が違う」

甘えてはいないと郁に切り返したが両肩に手を置かれて、ふと我に返る。
俺は、会社へ行くのにガーリックなんて使って。それに、奢る気は無いが親から譲られた器量で、郁が愛でる容姿でも会社で1年埋もれた。つまり、このままでは世間を渡れないらしい。

「おまえのほくろの意味を理解したぞ、口元はともかく右目の泣きほくろ。面倒見が良く、情に厚くて心の交流に重きを置く、これは未来からの啓示だったんだ。だがしかし、流されてはならん」
郁が恫喝するなんて、俺が間違って居るのか。思想的けん引役を担う兄の言うことだ、冷静に受け止めなければ。でも、どうしたらいい。

「危惧するな、当たって砕けたら夕ご飯がおまえを待って居る。お兄ちゃんが精魂込めてリングイネでボロネーゼを拵えよう」

リングイネか、舌打ちするなと言うことかな。言い方が遠回しで分かりづらい。
しかもどこかで聞いた口調。ああ、上司か。鮭、ね。逃した魚は大きかったかな、いや、捉えても居なかったかも知れない。
「……ペペロンチーノでお願い」
宮津さんはガーリックが好きなんだ。一縷の望みをかけたい。



杞憂であって欲しい気持ちは、儚く消えた。

話ができないし、LINEも既読に成らないことで自分の立ち位置をようやく認める。最後にくれたLINEも『主任って店長職と同じくらい? ぼくはショップで異業種だから分からないや』自分の世界で話してる。元からへんてこりんな人だったから、追いかけても無駄な気がする。

だめか、俺を必要としてくれたならと願う、これこそ傲慢だ。この人には俺が知人以上のものでは無いと言うこと。お茶を濁すようなその場限りで曖昧な態度がすべてを物語る。俺ではかなわない相手なんだ。そう、この人は顔が広い、知人が多いだけに余裕がある。引きずれば、俺はLINEグループの中の1人で終わり。

期待せず、1人で過ごす時間を楽しもう。気持ちにゆとりを持とう、きっと俺は焦って居た。
コーヒーに砂糖を沢山いれるあなた。足の青あざが気がかり、どうか、もう怪我をしませんように。へんてこりんな思い出をありがとうございます。

少し平気なふりをする。空っぽの体に乾いた風が吹き抜けていく、足元がぐらつく。

……恋をして居たと自覚する。失ったから。


お昼時に社内に居るなんて珍しい日もあるものだ。何かの因縁だろうか、気晴らしがしたかったのだが。休憩室には誰も居ない。女性陣は外食か。
外垣に「エビのアレルギーが無ければ」とお弁当を渡す。嬉しそうに蓋を開けて「いただきます」と手を合わせ、一口食べて俺を熟視した。
「五辻さん、エビにガーリックが聞いていて美味ですが、どなたかの嗜好ですね? あなたからガーリックの香りが漂うのは初めてです」
そうだったかな。何度も拵えたはず。
「服に匂いが付くからと、ランチでもスパイスが聞いたものは口になさらないですから。僕は何時でも見てますよ。お弁当天使・いや、男子と言うのも、あなたらしく無い。驕り高ぶる営業担当が、尽くすとは如何に?」
郁に何か聞いたな?

「先にお詫びします。あなたが想いを寄せる方に再度お会いしました。お兄さんと顔を出した際です」
ああ、また会ったのか。

「どこかお茶目な方と申し上げたい理由がございます……お兄さんをあきちゃんと呼びましたよ、区別がついて居ないんです。それどころか訂正もせず苗字も違えました。笑って胡麻化されて、僕はショックです」

外垣がテーブルを叩いて立ち上がる。人に見降ろされたのは初めて。

「接客販売業に携わるものとして、人の名を違えるのは致命的なミスです。店長と言う職位でありながら甘んじる。そこへ至る背景の価値が、あやふやですよ。座る姿勢からも伺えます、大股を広げる意味、自分を大きく見せたいんです」

そうだ、外垣も販売業のバイトをして居たな。

「それ以前に普通、好きな人・交際相手の名を間違えますか? 他に誰か居ますよ」
矢張り、郁から事情を聴いたんだ。
「先輩、僭越ながら申し上げます。あの方は、あなたが想いを寄せて居ると知りつつ転がしておられます。二番目で保留して居ると読みました。それであなたは宜しいのですか?」
毅然とした態度の外垣に驚愕した。
「相手は接客販売業、相手に思わせぶりな態度をしてその気にさせるのが技術です。篭絡されたんです、目を覚まして下さい。あなただって営業担当、相手を落としてなんぼの世界の住人です、お分かりでしょう」
年下に恫喝されたのは初めてで、息をのむ。
「あなたは賢いから分かっているはずです。それなのに自分を騙して居る。欺瞞じゃないんですか?」
自分が恋焦がれたのではなく、関心があるだけと言いたいのか。いや、勘違いの恋・と言うべきか。

あ、あの人は俺と居て楽しい・とも言ってくれてなかった。俺の存在する意味は?

「ここは相手の技術に舌を巻き、引くことをお勧めします。でなければ、あなたは迷宮入りです。いつまでも振り向かない相手を想うだけ。もったいないですよ、人生って有限です。20歳まで生きられぬと宣告されたあなたなら身に染みているはず」
自分にも経験のあるものだ。気が無い相手でも、好かれて居ると知ったら相手をしてきた。そのツケなのか。
「あの人は振り回されて居るんだと思う。俺がまだ主任職でも無いから相手にされ無いだけ」
後輩が眉を顰める。

「失礼を承知で申し上げます。同情と友情、愛情はそれぞれ異なります。あなたがあの方へ同情なさるやもしれませんが、愛情と混同されませんように。誰しも、楽な恋愛をしている訳では無いのです。相手に想いがなかなか伝わらない、両想いであっても不安だらけ。そう言うものでしょう?」

まさか後輩に教わるとは。心の固まりがほぐれていく。俺は良き師に出会えて居たのか。思い返せば、この子はいつも側で俺に注意を促した。

「徳あるものの寡黙、才能あるものの多弁と申します。才に溺れて奢っておられますよ。相手を見極めて下さい。交友の道は富貴や権力でもありません。友愛です。あなたが職位を上げようと奮起したのは良きことですが、それで振り向くような相手では、僕は看過しません」

足元がぐらつく、まるで水たまりに入り込んだようなしくじった感じ。鼓動が激しくて返事もできない。これだけ言われて居るのに。

「人間の価値を職位で判断するようなものを、僕は唾棄します。人としての魅力こそ、惹かれてしかるべき。あなたは迷子です。道を正します!」

強い言葉とともに抱きしめられて、心が揺さぶられる。

「僕は業務に懸命で真摯なあなたに惚れたんです。職位が上だから魅力があるのですか? 違います、人となりです。己を磨いて中身が煌めく人こそ真に美しい」

暴言だらけの俺が、性的な言葉ばかりの後輩に諭されて居る、だが心の叫びは真実の光。新たな力が湧き出でてきそう。

そうだ、SNSのニュースで見た『セルフネグレクト』を思い出す。仕事はできるが自分の身の回りを整理できない人。掃除・片づけ……。あの人は俺を、まさか。

俺は役回りを違えて居た、自分の人生を棒に振り、黒子に徹するところだったんだ。もしも関係が続いて居たとしたら、悪い言い方だがいいなりの未来。誰かを支える役目は誰しも背負うだろう、でも、愛情が無ければ仕えるだけじゃないか。

吠えられて、諫められて初めて自分の心の内に気付く。

うすうす、勘づいては居た。


「あり……」
しかし背もたれが耐え切れず、床へ放り出された。咄嗟に外垣の体を両足で挟み込んで支えたが、どこも打ち付けては居ないだろうか。青あざでもできたら大変だ、上体を起こしながら髪に触れると外垣が微笑する。
「自覚がおありのご様子、安堵しました。修羅場を掻い潜ったはずです、それほどの容姿なのですからね」
「性格に難ありだけど」
だめ男だと思う。
「僕は好きですよ、奢るあなたも。惚れた弱みです、欠点さえ惹かれてしまう。魅力的なんです、欠点がある人は」
以前も言ってたな、ほくろも。
「しかし、嫋やかですね。言葉が過ぎました、お詫びします」
「別に。的を得ていたし」

意気の強さのみで理に疎いものは間違いが多いのだろう。先ず、天を知るがごとく人の理(ことわり)を知らないと違えるのだ。素直に受け止めて猛省を促そう。

「本当に心臓が右側なんですね、抱き合うと重なり合うし、先天性の病って……」

一瞬、外垣の表情が曇る、見て居られない。同情なんてされたく無いんだ、これは運命だから俺自身は受け止めて居る。郁の病こそ気がかり。

それで……そろそろ起き上がりたいんだが。

「カールしたおぐしの手触りの良さときたら。そそりますよ。あきちゃん・なんですか? お呼びしたら失礼でしょうか? 許可をいただけたら覇気が漲りますっ」
埃が舞う。こいつ、何してくれて居るんだ。

「……足のホールドは解いたぞ、どけ! 薄目で俺の髪をかきあげるな、顔が近い、社内の珍事だ、これ以上好きにさせるか……だから聞けっ! 俺の靴を脱がすな、そんなに踝が観たいのか馬鹿野郎っ、観てどうするんだ、知りたくも無いが」


バターンと荒々しくドアが開く音がして、顔を上げると上司が顔面蒼白。

「そこの麗しのほくろくん。異常事態だ、喧しいから黙りなさい。上司として襟を正せと指導する。先ず、のっぽ同士の俗悪でこの世の地獄と思われる体勢を整えよ、プロレスならお外でやりたまえ」

立ち上がり一礼する。

「ザンバラの髪も見苦しい、正視に耐えぬ。鏡を見たまえ、伊達男の器量が泣くぞ。言うこと聞かない部下は放り出す」

ネクタイが緩んでたな。

「私を見なさい、ほくろくん。今、きみを注意しておるのだ。耳を疑うぞ。ばかやろう・とは何事だね。奇麗な顔して惜しむらくは暴言だ。美しいから許されると思うな、成り上がりと呼ぶ」

上司もだろ。しかし、外垣はお咎め無しか。こいつは社内でセクハラ発言しないからな、要領がいい。

「黙って居たら出世街道ばく進なのに、わざわざ軋んだレールをひた走るつもりかね? 人生の奇麗な線路を上司が導いておるのに、なんたるざまだ。容姿はともかく姿勢を正せ、何を踊り狂う、そこらのダボハゼと同等に扱うぞ」
上司の暴言が酷い。

「幹部として部下の失態は誠に遺憾である。魅惑のほくろくんに是正を促す措置を採択する。よいか、カール髪の営業担当へわが社に骨を埋める覚悟を問う。……きみのことだ、五辻くんっ。社内で囲うぞ! 暴言を慎め、全社の恥さらし」
上司しか聞こえて無いだろ。

「取引先で口の悪さを披露して居ないだろうな。歪んだ言語で凄惨たる光景が目に浮かぶ。器量だけで通れると世間を甘く見るな、この容姿端麗め。矢張り詩吟だ、私に続け、やまとことばを習うのだ。筆くらいは買ってやるから感謝したまえ」
プライベートまで付き合うもんか。
「すずりのほうが高い気がします」
「唸る。五辻 英くんめ。微笑を浮かべる縋らせ上手、口が減らない。逐一観察し、正しき道へ指導してくれる。余裕のあるきみは営業が天職と見たぞ」

褒めて居るのか?

「五辻ぃっ! 笑みを浮かべるな、他部署へ飛ばすぞ。伊達男とて、最早、甘やかさぬ。徹底的な指導を行使し、貴様を正す!」

「あまり、お怒りに成ると体に障りますよ」

「憤る……。上司として立場を失する。愛でたく成る縋らせ上手。育ちを問う!」

郁より容易い。うん? 柔よく剛を制すだっけ? 抜けた長男を見て居る次男坊を舐めるなよ。あぁ、次男だなんて認めぬ。どうやら青春の葛藤が続いてる。



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