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第80話 日々是かわいい わたしはウサギ

「勝った、ハッキングは僕らの勝利だ!」
 マズルが叫んだその瞬間。

 ドガァアアアーンン……ッッ!

 突如、ウェディング・ケーキが大爆発した。その勢いで、チャペルの天井が吹っ飛んだ。全員、床に叩きつけられた。ビュービューと風が吹き荒れる。至高魔学性ゼッフル粒子は天井の穴に吸い上げられて、流れ出ていった。
「何しやがったんだぁああー! ケーキ!! あたしと時夫さんのウェディング・ケーキを!!」
 ケーキまみれのサリーは呆然として叫んだ。ケーキは粉々に砕かれ、台だけになっている。
「粒子と同時に、腐ったガスも抜けるでしょうよ!」
 ケーキの破片を払いながら、ありすはガッツポーズを取った。
(決まった……このセリフ)
 破壊された天井から外を見上げると、雲が晴れている。
「ハッキングが成功しました。幻想寺の放った論理爆弾がシステム・スイッチのケーキを爆破したんです」
 マズルが状況を説明したが、時夫は不審顔で訊いた。
「論理爆弾が、何で、実際に爆発するんだよ!」
「元々、ケーキを吹っ飛ばす装置がサプライズで入っていたみたいです。火薬ではありません。空気圧を使った爆破です。火薬や光弾でしたらみんな死んでます。このケーキはネットワークにつながっています。論理爆弾がそれを乗っ取ったという訳です」
 空気圧爆発で天井が爆発とは、サプライズとしては激しすぎる仕掛けだ。
 空が見えている。どうやら夜が明けたらしい。城の上空だけがぽっかりと穴が開いているのは、ゼッフル粒子の蒸発によるものだとマズルが言った。
 キムリィ&ラッピング・モリィの二人は、愛のDJを結婚式チャペルホールで再開した。マズルとウーがDJをしながらくるくる舞うと、ダークネスウィンドウズ天のアップデートが始まった。再び、空をオレンジ色のオーロラが覆った。
「あぁ、腹減ったぞ。甘食食いてー!」
 ウーが空気読まないセリフを吐くと同時に、黄色い円盤のようなものが何機も飛来し、上空に集まってきた。
「まさかのUFO?!」
 何が起こっているのか分からない中、時夫はここへ来ての「普通の超常現象」に喜んでいいのか、驚けばいいのか分からなくなっていた。
 だがそれはUFOではなかった。大きな甘食だった。
「甘食が?!」
 時夫は、恋文銀座で飛んでるのを見た。
「いいえ、あれは天職(あましょく)ですよッ!」
 マズルはそいつらを知っているようだ。
 天食から照らされたサーチライトが、チャペルの床を明るくしている。

 ゴゴゴゴゴ……。

 白く大きな羽を生やした、天使のような連中が、甘食からチャペルに降りてきた。DJ二人は、ブロードウェイミュージカル風の曲を流し出す。
「おいっすー!」
 ウーがニコニコと手を振っている。
「何者?!」
 ありすと時夫は警戒したが、ウーとマズルは違った。
「元旦だよ、全員集合」
 一人の外人天使が野太い声で言った。
「あの人は……」
 ありすと時夫は驚愕を持って、口ひげの天使を見つめた。
「新年あけましておめでトゥー!」
 ウーは笑顔で迎え入れた。
 アップロードによってカレンダーが正常化し、ようやく恋文町に元旦が訪れた、ということらしい。
 ずっと水の王冠をかぶっていた女王は、王冠がパシャッとなって濡れた。それは、時が止まって元旦が来ないことを示す魔学だったから。
 ブロードウェイ・ミュージカル風に、天使軍団は踊り出した。
「レートさん……一体何やってんの」
 その天使は、コック帽を取ったレート・ハリーハウゼンその人だった。城外で、ずっとスタンバって居たのだろうか。
「わ~た~しぃ~はぁ♪ ムニエル~♪ われらは~~綺羅宮軍団~~♪ 幻想寺の~~~天使団だぁああ~~♪♪」
 唄いながらの自己紹介が始まった。全員が、ぽげムたマークの缶バッジを着けている。大天使ムニエルと名乗るレートが熱唱するも、ありすはポカーンとしている。
「おいっすー、歌える~ムニエル~♪」
 ウーがニコニコ応じた。
「レート・ハリーハウゼンは、仮の姿なのだよ~~~」
「え”ぇ……」
 どっからどう見ても、奥さんがアニメオタクで金属に匹敵する硬いパンを作っている職人にしか見えない。
 レートである大天使ムニエルは、マズルの方を向いた。
「マズル~~~♪ 彼はぁ~~マジエル~……♪ マズルフラッシュは光の粒子♪」
「……え? マジエルって誰?」
 ムニエルによると、マズルはいろんな名前を持っているらしいのだが。
「ウーは?」
 ついに石川ウーの正体が明かされようとしていた。恋文町の魂を救済する、謎の天使軍団の一員かもしれない石川ウーの正体が。この「物語」に、ウーはどう関係しているのだろうか。
「彼女は~♪ ウサエル~~~♪」
 ムニエルと名乗るレートは、ウーを指差した。
 あのドジでマヌケなウーが?
「え……なんであんたが? は……羽が生えてる!! 嘘でしょ?」
 ウーの背中に生えた羽は、ウサギの耳のようなふわふわした羽だったが、鶴のように大きかった。
「バレちゃった♪ ウフ」
「ご……ごめん。何が起こってるのか分からない。あたしが一番、やる気出さなくちゃいけないのに」
 ありすはぶつぶつ言っている。
「彼女はぁ~~~♪」
「ちょっと待った、レートさん、いやムニエルさん、そのミュージカル風やめて」
「あなたの友人、ウサエルは、ずっと天からの救済者だったんです。この思い残しワールド、恋文町における『不思議の国のアリス現象』に関わったメンバーの中で、一人だけ業がありませんでした。けど、ありすさんのご友人になった時に、この町の因果に取り込まれてしまいました。ありすさんと共に居るうちに、自らの事と目的を忘却し、結局、そのまま思い出すことはありませんでした」
 おいしそうな名前のムニエルは、冷静に説明を始めた。
「てへへ……」
「それは、かつて前世でマズルの恋人だったからです。佐藤マズル、マジエルもまた、前世の出来事に関係があった人物です。百五十年前のここで起こった一揆のとき、マジエルは幕軍側の森井壮介(そうすけ)という侍でした」
 森井……。ラッピング・モリィか!
「もしかしてウーは、キムリィ?」
「木村寧々です。しかし前世での石川ウーは、ありす達とは違って、堕落した人ではありませんでした」
 ありすがウーの顔を見ると、その事を思い出しているらしい。
「そういう訳で、石川うさぎとマズルは、元は天上界では愛のDJ天使なのです」
 ウーとウサメンが、天使だって?! どーいう訳だよ。
「じゃあ綺羅宮は……」
「我が僧大将の綺羅宮の御名は、キラエルといいます」
 なるほど。それで幻想寺に写植記号BAー90、通称ぽげムたマークが。
「ちょいまち、幻想寺って確か真言宗だよね。つまり仏教でしょ? 何で天使が出てくんのよ」
「真言宗の東寺には~~~、天使も描かれている~~~~神仏習合が進む過程で、景教(キリスト教)を取り込んだのだよ~~~」
「ホントに? いやだからレートさん、そのミュージカル風やめて」
 ムニエルはニッと笑った。
「質問。ダークネス・ウィンドウズって結局何なんだ?」
 時夫が訊いた。
「ダークネス・ウィンドウズのシステムは、そもそも綺羅宮神太郎が幻想寺で作ったのです。恋文町に敷かれたダークネス・ウィンドウズのシステムは、わずかですが、現実世界とは次元の異なる領域でした。それで、町では意味論が働きやすかったという訳なんです」
 ドイツパン屋を仮の姿に持つ天使は言った。
「意味論が働きやすいのは、前々からそうだったって事か? 市が合併する以前から」
「はい。今日の恋文町の危機的状況は、百五十年前にわれ等がキラエル、綺羅宮神太郎が予知していました。文献にも記されています。来るべき時に備えて、準備してきたのです。現在のダークネス・ウィンドウズ7のシステムは、幻想寺の綺羅宮が『半町半街』と提携して、完成させました」
 黒い幕=黒幕は科術師・綺羅宮神太郎だった。彼は百五十年前から予知していた。
「えぇ? ……じゃあ師匠も関係していたの」
 しかしありすに、幻想寺の記憶はない。
「そうです。幻想寺は、もともと中空界に存在する寺です。だからずっと以前から、ありすさんには小さな祠にしか見えていなかったはずです。そこにあるのに、見過ごしていた、という訳です。しかし、この町に『7』のシステムが稼動してから、貴方たちにも次第に見えるようになりました」
「--------もともとは、幻想寺は現実世界に存在したんだな?」
「えぇ。普通の真言寺でした。名前は漢字が違っていて、『源宗寺』といいました。しかし住職の綺羅宮神太郎がそれを中空に隠し、『幻想寺』と変わりました。綺羅宮の肉体が晩年に差し掛かった頃にです」
「そっか、そーいう事か……」
 全国の「源宗寺」という名の寺がこの話を知ったら、戦々恐々になるかもしれない。
「現在の7から天にアップデートすることは、この町がさらに上位次元へと移行することを示しています。最初にアップデートが試みられたときは、貴方たちが、西へ西へと脱出を試みている最中でした。……キラーミン・ガンディーノは、綺羅宮神太郎が持つファイヤーストーンです。密かに白井雪絵を湾岸のマンガン工場へと連れ去り、彼女の力を使ってアップデートのボタンを押しました」
 工場の中にアップデートのボタンがあったという。
「何……? じゃあ、キラーミンは敵……じゃなかったのか?」
 時夫は、もう、何がなんだか分からないという感じがした。
「いえ、キラーミンはあくまで女王の配下でしたが、我々が操っていました。もともと綺羅宮のパワーストーンだったからです。綺羅宮神太郎(キラミヤ・カンタロウ)=キラーミン・ガンディーノですよ。つまり、キラーミンが無意識のうちにそう行動していたのです。それはマズル……マジエルが地上へと出てきた瞬間でもありました。マジエルは、別の場所でアップデート作業のサポートを開始しました。しかし、地下の黒水晶の抵抗によって、あの時は残念ながら失敗に終わりました」
 三人は、西の果てで黒幕が空から降りてきた、と思ったらそれが消えてしまったことを不思議に思っていたのだ。
 それにしてもあの時、レートはキラーミンとの戦いでそんな事おくびも出さなかった。ありすをそこまで欺けるとは。
「7から10にアップデートすることは、すなわち10=テン=天へと至る道です。ハッキングが成功し、ようやく今回アップデートが開始され、この思い残しの囚われ時空が溶け始めました。それで、我々綺羅宮天使軍団が、入り込むことが可能になれたという訳です」
 それが、文献の中で綺羅宮が予言した内容だったのか……。
「あたしたちが出会った、幻想寺にいた若いお坊さんは?」
 ありすは、これまでずっと綺羅宮だと主張してきた。
「お察しの通り。ファイヤーストーンの力で、不老不死を得た綺羅宮神太郎です。年齢遡行の科術で若返りました。しかし、ずっと幻想寺の外へ出られませんでした。サリーにファイヤーストーンを奪われ、力が弱体化していました。今や、彼の科術パワーは元に戻りつつあります」
 寺フォーミングも、綺羅宮の壮大な科術だったらしい。
 ダークネスウィンドウズ天の夜明け前、幻想寺はあえて結界を解き、罠を張っていた。そうしてサリーのファイヤーストーンを綺羅宮は奪い返した。
 かつてキラーミン・ガンディーノとして、魔学の力をいかんなく発揮したファイヤーストーンを手に入れ、綺羅宮の力は完全復活している、という。
「……で、当の綺羅宮は? そのキラエルとやらは、今どこに?」
 時夫が代表して、ドイツ人パン職人の天使に訊いた。
「彼はアップデートのシークエンスが進まないと、ここには現れません」
 DJ.ラッピング・モリィの音入れと同時に、綺羅宮軍団は、綺羅宮神太郎を光臨させるべくアップロードのサポートを開始した。
「女王サリー、今回のアップデートはキャンセルできない! お前は止(ト)マリックスの阿頼耶識装置で無理やり停止させていたが、これから我等が恋文町の各所に散らばり、この町のアップロードを完遂させるからだ!」
 ムニエルは天使軍団を代表して、サリーに宣言した。
 シンギュラリティ・スミスを倒され、もはや、サリーに反撃の手立ては残されていなかった。古城ありすのダンスで、ありす側についた蜂の反乱により、蜂の巣=阿頼耶識装置は故障し、AIシンギュラリティは不完全なシロモノとなった。
 しかしAIスミスは不能になっても、茸から製造されたスミスはこの城の中に生き残っている。
「そうはさせん! 私は人類を超えたのだー!」
 どかどかやってくる百人のスミスに、チャペルはたちまち埋め尽くされた。像がぼやけたゴールド・スミスは弱体化したが、まだ茸人のリーゼント・スミスは健在だったようだ。
「あーっ、ルール違反だ。ダンスに負けたら潔く引き下がるって行ったくせに」
 ウーが文句をつけた。
「ルール? ルールとは上位の存在が下位に対して敷くものだ。私はシンギュラリティで人類を超えたのだ。だから、人類などという下等動物と対等ではないのだよ……」
 まだ言うか。
「人類を越えた? 残念だけどさぁスミス、天使は人類のカテゴリーに入っていないのよね。天使のダンスもね。ようやく見せられる、天使の本物のダンスを!」
「さっきのは何だ? 冗談か?」
 スミスの苛立ちに、時夫も激しく同意。
「ハーモニー・ハート・シャイニング!!」

 胸から出す愛のパワー。
 ビカビカ!!
 通称うさぎビーム。
 うさぎビーム 君のこころが
 うさぎビーム 紡ぎ出すビィーム!!

 覚醒した石川ウーは、兎ビームだけでどんどんスミスたちを蹴散らしていった。通称うさぎビームは、これまでで最強のパワーを発揮した。愛の戦士ウーは、今や最強の科術師だ。へなちょこだが天使で、一人セーラームーンとして、最大の力を持っていた。
「ヌウ……ウワァァー……! や、やめろー」
 それだけではない。マズルが猛スピードで八極拳でスミスたちをバッタバッタと倒していく。高速のマズルの打撃と床を踏みしめる音が、バチバチとチャペル内に響いた。二人のデュアル攻撃で、スミスは何も出来ないまま、数を減らしていった。
「うさぎ波動ビーム砲!」
「グワー!」
 スミスが続々と焼け死んでいった。
「何それ……卑怯じゃん」
 マズルとの愛のパワーでうさぎビームの力は増した。本来、うさぎビームは無敵なのだ。
「ゆ、床に墨だけが残った。……スミスだけに」
「座布団十枚」
 チャペルのお掃除ロボットが出てきて吸い取っていく。茸で形作られたスミスは全滅したらしい。ホログラムのARのゴールド・スミスだけが残されたが、ほとんど何の力も残されていない存在といってよく、ロダンの考える人みたいなポーズを取って、身動き一つしなかった。
「おやおや、かわいチョー」
 ウーは小悪魔のような笑顔でクスッと笑った。
「我々はこれからアップデート前の、恋文町の正常化のための浄化の準備に入る。フライハイト!」
 綺羅宮軍団ことムニエルたちは飛び立ち、恋文町内に散らばっていった。
「クソッ、シンギュラリティAIなんて、ぜんぜん使えないじゃない!」
 女王は仰々しいだけのスミスの像を睨みつけ、ただただ右手に持った茸を握り締めていた。

しおり