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第7話 勝者と敗者

 体が何か温かい光に包まれている。イザベルはゆっくりと目を開けた。

 自分はどうしたのだろう、と考え、デイビッドをかばって毒針に刺された事を思い出す。

 でもここは冥界には見えない。それどころか見覚えのある場所だ。だが、不思議だ。この部屋には寝台などなかったはずだ。なのに、今、イザベルは寝台に寝かされている。

「やっと起きたのか。かなり長い間気絶してたな」

 呆れたような声と足音が近づいて来る。デイヴィスの声だ。慌てて起き上がろうとしたら、強い力で押し戻された。

「休んでろ。まだ痺れ薬の効力が残ってるかもしれない」
「痺れ薬?」

 どういう事だろう。あの針に塗ってあったのは毒ではなかったのだろうか。

 優しく頬を撫でられる。それは馬鹿にするものではなく、悪意もなく、温かい手だった。

「話、聞けそうか?」

 素直にうなずく。

 デイヴィスはベッドの側の椅子に座った。そうして小瓶から何かの丸薬を取り出し、口に放り込む。

「それ、何?」
「魔力回復薬。お前も飲むか? 魔力暴走したみたいだし、かなり減ってるだろ」

 魔力が暴走した覚えはない。そう言うと、デイヴィスは呆れたような顔をする。

「俺の最後の攻撃受けた時に体の中から何かが弾ける感じがしなかったか?」
「した」
「それだよ」

 何でもないように言っているが、とんでもない事だ。イザベルは呆然とする。デイヴィスはくくっと笑うと、その茶色い薬をイザベルの口に放り込んだ。反射的に噛み砕く。すぐにとんでもない苦みとえぐみが襲って来た。つい顔をしかめる。デイヴィスはまた楽しそうに笑う。

「ま、この俺様に喧嘩を売った愚かな自分を怨むんだな」

 さらりと敗北を促して来る。その余裕さに腹が立つ。

「そ、それより、あれは痺れ薬だったの?」

 話をそらすとまた笑われる。

「そうだよ。ただの痺れ薬。五時間くらい体が動かなくなるけど、後は何の問題もないやつ」
「よく知ってるわね」
「言っただろ、家に来た時に使う武器含めて作戦をいろいろ聞き出したって。それ対策の薬も全身に塗ってたし、なんも問題はなかったんだよ」

 つまり勝手に彼をかばったイザベルだけが馬鹿を見たらしい。そっと視線をそらす。

「でも一応、礼は言っとくよ。ありがとな」
「デイヴィス、怒っていたんじゃないの?」

 また口から余計な事が出て来た。デイヴィスが真顔になる。

「これの事か?」

 右手の甲をもう片方の手でとんとんと叩く。右手の甲に何かあると言うのだろうか。首をかしげていると、デイヴィスはため息をつく。

「何だ。本当に覚えてないのかよ」
 そう言われてもイザベルは何の事かさっぱりわからない。ぽかんとしていると、またため息をつかれる。

「マジで覚えてないんだな。勝手にキレてた俺が馬鹿みてぇじゃん」

 そっぽを向く。そういう行動をとっているとデイヴィスが少しだけ幼く見える。
 思わず小さく笑ってしまった。デイヴィスは機嫌を害したらしく、イザベルを睨む。

「何だ?」
「あ、えっと……」

 いつもより子供っぽく見えたなんて言えないのでもにょもにょと誤摩化す。

 デイヴィスはしばらくイザベルを睨んでいたが、やがて、ふん、と鼻を鳴らしておしまいにする。

 そしてイザベルの元にかがみ込み、彼女に触れようとする。イザベルは反射的に身を縮める。どこかで魔力が動く感覚がする。それを察したのか、デイヴィスは眉をひそめた。

「まったく、面倒だな」

 デイヴィスが呪文を唱えた。途端にイザベルの首に何かが巻き付き、魔力の動きがそこで止められる感覚がする。魔力封じだ。イザベルは結構魔力量があるので、普通の魔力封じは効かないはずだ。つまりこれは相当強力な術なのだろう。それに常日頃、『簡単な術を詠唱でしか出来ないなんて』とイザベルを馬鹿にしているデイヴィスが詠唱をしたのだ。それほどの術だという事だ。

 それにしても魔力を封じてどうするつもりなのだろう。びくびくしていると一瞬だけデイヴィスの魔力に包まれる。

 デイヴィスはそれを見て満足そうにうなずいた。

「何をしたの?」
「ん? 薬の効果が完全に切れてるか調べただけだよ」

 さらりと言われた。どうやら攻撃する気はないらしい。イザベルはほっとする。デイヴィスはそれを見て魔力封じを解いてくれた。

「それにしても派手にやったよな。地下室が半壊してたぞ」
「え? 自動修復かけてたのよね?」
「だから俺を誰だと思ってんだ? 修復される前の状態くらい分かる」

 あっさり言われ、口をつぐむ。さすがは次期王宮魔術師長最有力候補だ。

「大体あれはデイヴィスが私を殺そうとしたからで……」
「お前が俺の攻撃に耐えきればあの術は発動しなかったけど? 悔やむなら自分の実力不足を悔やめば?」

 これまたあっさりと返される。

「ばんばん攻撃しておいて何を言っているのよ!」
「あれくらいならレベル三の結界で防げる。それくらい軽い攻撃魔術しか使ってない」

 そう言ってから意地悪な目を向ける。

「なるほど。それすら発動出来ないのか。予想以上に最悪な状況だな。あの結界ならもう学園で習っているはずだろうが」
「どうせ落ちこぼれですよ」
「だから俺が指導してやるって言ってんじゃねえか。何度も言わせんじゃねえよ」

 どうしてそこまで指導にこだわるんだろう。そう尋ねるとデイヴィスはため息をついた。

 どうやらデイヴィスは数ヶ月前にイザベルを指導してやってくれと初等部の教師に頼まれていたらしい。デイヴィスはもう承諾していて、あとはイザベルの返事待ちという状況だったらしい。

 そんな話は初耳だったイザベルは目をぱちくりさせる。

「それ、いつ頃?」
「リガードネックレスの前日」
「え!?」

 驚いてつい声をあげてしまった。

「よく受ける気になったよね?」
「むしろあれがあったからお前の盗みが成功したんだよ」
「え……?」

 思いがけない事を言われ、イザベルはぽかんとデイヴィスを見上げる。デイヴィスは小さく、でもイザベルを馬鹿にしているような笑いを漏らす。

「真実を教えてやるよ、ディアブリーノ」

 何故か喉がからからと乾いて来る。それだけ今のデイヴィスには威圧感があった。

「リガードネックレスの盗みが成功したのは、俺が指の力を緩めたから。『サンセット』の時は、俺がわざと足に引っかかってやった。今回はただお前の運が良かっただけだ」

 意味が分かるか? と静かに問われる。

 もちろん分かる。つまりイザベルが本当の意味で勝ったのは一度目の時と、盗品を持ち主に返した時だけという事だけだと言っているのだろう。

 それでもイザベルはデイヴィスが口を滑らした事に気づいていた。多分彼が言わなければ全く気づかなかった事を。

「私、今回勝ったの?」
「そりゃあ『このアジトに用意してある罠をくぐり抜けて俺の前に現れる事が出来たらお前の勝ち』って言ったんだから……あ……」

 そこでデイヴィスも自分の失言に気づいたらしい。盛大に舌打ちをされる。

「勝ったのね!」
「そういうとこだけ聞き取ってんじゃねえよ」

 ため息をつき、ブレスレットを渡してくれる。イザベルは喜んでそれを受け取った。運が良かったからだと言われてもやっぱり勝つのは嬉しいものだ。

「まあ、お前はよく頑張ったよ」

 不意にそう言って頭をなでられる。温かい手だ。

 この手にほっとしている自分がいる。それが不思議だった。今日、イザベルを傷つけたのもこの手なのにどうして安心出来るのだろう。

 そうやって頭をなでられていると自然と涙が出て来る。

「しょうがない小娘だな。よしよし」

 そう言って抱きしめてくれる。

「うんうん。お前はよく頑張ったよ。俺が認めてやる」

 分かっているのだ。彼のその手でイザベルがいまだにころころと転がされている事を。これからもこうやって転がされる事も。

 それでも嫌な気分にはならない。不思議だったが、そういうものだろうと素直に受け入れてしまう自分がいる。

 だが、イザベルは知らなかった。イザベルを抱きしめながらデイヴィスがうっすらと冷酷な笑みを浮かべた事を。そしてデイヴィスが彼女をどこに転がそうとしているのかを。

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