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ゲイルの風太観察記

電話のベルが鳴る。
日本に来ていたESP研究所所長のゲイルは眉を上げた。この研究所はあまり有名ではない。特に日本のESP研究所支部は。
電話を取ると、相手の名に驚く。杉崎隼人博士。現代のマッドサイエンティストと言われる相手だったのだから。何かときな臭い匂いのする人物である。
それが、自分の子供を調べたいので資料請求をしたいという。
隼人博士に子供がいるなど聞いた事が無い。結婚したという噂もない。
ならば隠し子か、とも思うが、隼人博士は冷徹な性格でとても妻子を持つほど人間に興味を持つような人ではないという。
違う国、違う分野の人間であるゲイルにもこれほどの噂が届くほどの人物なのだ、隼人は。
黒い噂の一端として、こんなものがある。日本では異例の事に、武器の製作会社とそれが立つ小さな島も持っているという。しかし積極的に武器を売るわけではなく、それどころか同じ日本の武器製作会社にデータを渡すこともあり、まさしく自分が公然と武器を手にする為に作ったのではないかと囁かれている。
そんな隼人博士が資料請求をしてくるのだ。しかも内容が大雑把に指定されている。
……機密情報の、サイコキシネスの情報が欲しいと。
今度は、人体実験でもしたのだろうか。
ゲイルは恐れながらも興味を持ち、隼人の研究所へ向かった。



「ゲイル博士。照合しました。どうぞこちらへ」

 隼人博士の研究所に行くと、ロボットが出迎える。
 さすがマッドサイエンティストの家だと、ゲイルは感心した。玄関を通り過ぎ、廊下を進み、セキュリティドアをいくつか通り過ぎると、そこにコーヒーを飲んでいた隼人博士がいた。隼人博士の机の前には、金髪碧眼の可愛らしい少年がブロック遊びをしていた。

「まさか、本部の研究所所長が来るとはな、ゲイル」
「知っていてくださったなんて光栄です、隼人博士」
「隼人でいい。わしもゲイル博士などと呼ぶつもりは無い。丁度研究が行き詰ってな。頼んだ資料は持ってきてくれたか」

 隼人は、そっけなく言った。ここで素直に渡して引き下がっては、ESP研究所所長の名がすたる。

「この子ですね、見て欲しいという子は。検診をさせてくだ……」

子供に手を伸ばすと、子供が泣いた。子供の周囲に風が吹き荒れ、ゲイルの服が、肌がわずかに切り裂かれた。

「見たかね。サイコキノのゲイル。これは風太という。本来ならば人の手は借りんのだが、ESPの暴走を抑える装置を作りたくてな。研究に差支えがある」

 ゲイルは風太を見て思った。彼こそ僕の仲間だ。

「このようなタイプは初めて見るね。でも、僕の仲間だ。そして君の子供であるはずは無い」

 僕は幼い風太を浮かせ上げ、抱き上げた。隼人はそれに、驚きもしない。

「この子を、預からせて欲しい。ESP研究所で」

 風太は言われて、目をきょとんとさせた。

「それはわしのモルモットだ。何があろうと渡さんよ」

 それが、忘れられない出会いだった。
 それから、ゲイルは何度も隼人の所に通った。
 そのうち、奇妙な事に気付いた。外に出る様子が無いのに、留守の日があまりにも多い。大体、隼人博士は風太を何処から手に入れた?
 ゲイルは猛然と調査を始めた。
 隼人が人身売買に関わったと言う噂はない。特殊な能力を持つ子供が養子に出されたという話も、特殊な能力を持つ子供がいるとの話も聞かない。そんな話があったとしたら、真っ先にESP研究所が調べに行く。
 風太のESPも、全くの未知のものだった。ESPの検査に引っかからないのだ。ゲイルは、疑問を募らせて言った。それがある意味氷解したのは、風太の七五三の日だった。



「どうしたんだい風太くん!その翼、本物?本物なのか!?」

 翼に尻尾。風太は、人間じゃなかったのだ。ある意味人間じゃなさそうな隼人博士とあいまって、それは納得させる答えだった。恐ろしさに震えながらも、その翼に触れると、温かい脈を感じた。

「衣装に決まっているだろう」

 隼人はゲイルの手を掴んで風太の翼から外しながらいう。以前ならばなかった行動だ。ごまかす行為も、保護しようとする行為も。

「でも暖かいよ?脈も感じるよ!?風太くん、まるでデビルのようじゃないか」

 デビルのようでなく、そのものだ。風太自身は優しい子で、今も人懐こく笑っているのに。ゲイルは信じられない思いだった。このマッドサイエンティストは悪魔を拾ったのだ!

「気のせいだ。仮に本当だとしたら、ゲイルの所に風太をやる理由がなくなったな。そちらじゃ風太は迫害の対象になるか悪魔崇拝の輩に目をつけられるかだからな」

 隼人博士は付け加える。なんでもない隼人博士の様子に、いや、むしろ風太を見るでれでれとした顔に、ゲイルは我に返った。

「それが目的で移植したんじゃないだろうね?」
「どうかな?」

 軽口を叩くと、軽口で帰ってくる。隼人博士は本当に変わってしまった。

「君は本当に情報をくれないね!僕からは情報をたくさん引き出すくせに。移植というのは冗談だよ。君がかわいい風太くんにそんな事をするはずがないからね」

 鎌をかけて言うと、ゲイルは恐ろしさを吹き飛ばすように風太の頭を乱暴に撫でた。風太がゲイルに手を伸ばすと、意を決してにっこり笑って抱き上げる。
隼人が悔しそうな顔をするから、ゲイルはますます軽口を叩いた。

「かるいなぁ、風太くん。どうせ隼人はろくな料理をしてくれないだろう、僕の研究所においでよ。助手のセシリアの料理はとっても美味しいんだ。一日だけでも健康診断に来てくれないかい?」

 いつもの誘いをすると、風太はにっこりと笑う。

「ゲイルさん、僕、新しいESPが出来るようになったんだよ!居合い切りっていうんだ」

 これで、ようやくゲイルは落ち着く事が出来た。それと同時に、研究者としての興味がわきあがる。ゲイルは半ば本気の軽口を叩きながら、風太の髪の毛を隠し持った。

「サムライの技かい?それはぜひ見たいね!ああ、君が協力してくれたらどんなに研究費が増えるか!」
「今隠し持った風太の髪の毛を出せ、DNA調査はさせん。へんな結果がでたら離してくれなくなるだろう」

 隼人とゲイルがもみ合っていると、手水舎で手を洗っていたタケルが二人の頭をはたいた。

「子供を抱っこしたまま争わないで下さい。それにお祓いが先でしょう」

 隼人博士の甥のタケルもまた、風太を普通の子供といった。
お払いが終わり、風太が子供らしく駄々をこねる。

『はやく帰ろう?』
『ワシはこれから用事がある。タケルとゲイルとお家で待っていなさい。好きなものを一つだけ買ってあげるから』
『おや、僕も行って良いのかい?』
『血液検査の結果はやらんが、実験データは見ていくといい。風太のESPはどうにも見ないタイプでな。意見を聞きたい』
『よし!隼人の家に急ぐぞ、ほら、風太くん!』

 ゲイルが風太を抱き上げると肩車をして駆け出す。風太はゲイルの頭にしっかり抱きついて笑った。
もはやゲイルの心に、風太への恐れは無かった。
その日の午後。ゲイルにサムライだニンジャだと褒めちぎり、3回ほど居合い切りの計測させてもらう。やはり未知のものだ。力を使いすぎて力尽きたようで、風太はゲイルの膝で昼寝をしていた。力に限りがある事に安心する。
風太は、魘されていた様に見えた。
 そこへ、隼人がやってくる。

「風太、寝ているのか」
「隼人。僕、大人になりたい……」

 いきなり風太は起き出して、隼人の所へ、一歩、二歩と近づく。隼人の裾を掴んだ。

「隼人を食べたい……」

 風太は、途端に素早く隼人の体をよじ登った。隼人が倒れる。
ゲイルは、隼人が銃を取り出そうとするのに気付く。
風太は隼人に馬乗りになり、隼人の耳元に囁いた。

「隼人と、一つになりたい……」

悲しげな顔をした風太の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。テレパシスでないゲイルの耳に、「厭だ、隼人を殺したくない」と言葉にならない想いが届く。一種異様な雰囲気に、ゲイルは慌てて風太を止める。そんな事ではないと知っていながら、何か言わなくてはならないと、勘違いした振りをした。

「おい!それは早いぞ少年!!いやそれ以前に男同士だから!隼人!お前の教育はどうなって!」

風太はすっと顔をあげる。口を開けると、みるみる牙が長くなる。
風太は牙を振り下ろした。その牙が首筋に刺さる直前、ゲイルは目を閉じた。
銃が撃たれるのが先か。牙が穿たれるのが先か。
 その時、隼人の軽口に見せかけた真剣な声が聞こえ、ゲイルは絶望した。

「風太に食べられるなら…』
「天誅ーーーーーーーーーーーーーー!!』

 タケルの元気のいい声が聞こえる。
何かが転がる音。激しく床が打ちのめされる音。
ゲイルが目を開けると、起き上がった隼人を、竹刀を捨てたタケルが思い切り殴った所だった。

「風太になんてことを風太になんてことを風太になんてことを』

 ぶんぶんと隼人の襟を掴んで揺さぶるタケルを、風太は必死で止めた。

「やめて!隼人が死んじゃう!!」
「離しなさい風太!」
「離さない!僕、隼人が死んだら嫌だもん!隼人が死んだら嫌だもん!隼人が…」

  泣きながら縋りついて来る風太を、タケルは風太を優しく抱き上げた。

「かわいそうに、こんなに泣いて」
「だって、タケル師匠が隼人を殺そうとするから…」
「風太は初めから泣いてたじゃないですか」

 風太は首をかしげた。

「え……?」
「私が竹刀を振り上げる前に、もう泣いてたじゃないですか」

 風太は自分の頬に手をやった。涙が後から後から流れ落ちてくる。

「僕、泣いてた…?どうしてだろう。どうしてだろう……」

 ゲイルは答えを知っていた。本能と理性の板ばさみ。

「僕、隼人が死んだら嫌だ…」

 風太が隼人に手を伸ばすと、タケルが風太を下ろした。風太は隼人の胸に顔をうずめ、しっかりとしがみついてすすり泣いた。

「難儀な子だな。結局風太の望みはなんなのだね」

 すっかり変わってしまった隼人が、呆れたような声で風太に言った。
別に風太が自分を食おうと思おうが生きて欲しいと思おうが全く気にしていない声だった。あの隼人博士が!!

「僕、隼人と一緒にいたい。大人になれなくていいから、隼人と一緒がいい」

 言って、眠りに付く風太。

「なあ、風太くんがあのまま首に噛み付いていたら、隼人は……」

 ゲイルは、眠る風太の唇をめくる。今は牙は小さくなっている。それでも、その牙の大きさと鋭さは人間にはありえなかった。

「風太は隼人に噛み付きませんでしたよ。私が止めなくとも」

 タケルは風太の頬を撫でた。残念ながら、ゲイルにはそう思えなかった。

「まあ、肉食なのは初めから知っていたしな。内臓の作りからして違うし」

 当然のように隼人は言う。その言葉に、ゲイルは一瞬自分の過去に思いを馳せる。
 隼人のような親を持てていたら、どんなに良かっただろう。ゲイルの両親は、ゲイルを国の研究機関に放り込んだ。それでも、ゲイルは幸せだ。研究機関はゲイルを調査するとともに、守ってくれたから。
 普通の学校になど、通えなかっただろう。

「隼人、本当に俺の研究所に預けてみる気は無いか?隼人一人には荷が重いと思うぞ。これでも俺は風太くん一人くらい守れるつもりだ。それに、この子は本当にデビルなのかもしれない。これ程攻撃性に優れたESPを、俺は見た事が無い。しっかりした機関の管理下におくべきだ」
「風太はワシのモルモットだ。こんな珍しい生物渡すわけなかろう」

 隼人の軽口に、ゲイルは察した。珍しいというのは嘘だ。

「それに今更どうこう言われんでも、わかっとるわ。風太をここまで育てたのは誰だとおもっとる」

 隼人が風太を撫でると、風太が寝返りを打ってその手を抱きかかえた。

「いやーしかし……ワシ本当にやばいかもしれん。風太がかわいくて」
「隼人…まさか本当にショタに転んだなんて言わないでしょうね…」

 タケルが竹刀を握る。ゲイルは、苦笑いした。

「隼人には勝てないな。君が困る姿を、一度でいいから見てみたいよ」
「いま現在困ってるではないか。風太のハニートラップとタケルの竹刀に挟まれて」

 風太がデビルの姿にならなければ、隼人はここまでメロメロにならなかったろう。ゲイルは推測する。長い付き合いだ、情が移ってはいたが隼人が風太をここまでは大事に思っていなかったのを知っている。…悪魔として花開いたから、好きになったのだ。
風太が突然変異など、ありえない。翼が生えて普通に扱うなど、ありえない。
隼人は他の風太のような種族を見た事があるのだ。

「ハハハ。おや、これはなんだい?」
「今日、風太の養子の手続きと遺言の手続きを終わらせてきた。その書類だ。風太が翼を引っ込められたら、学校に連れて行ってやるのもいいな」

 それでゲイルは確信した。やはり隼人は風太に翼が生えるのを待ってから息子と認めたのだ。隼人はエイリアンか何かと付き合いがあるのか、隼人自身がそうなのか……。
 風太の種族の住める所なら、人は住めるだろうか。
 アメリカ人のフロンティア精神が衰えることはない。

しおり