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下編「演奏、おわります」(4)

 お決まりのコースで「JUJU」へ行きます。店前で4人を下ろすと、タエコ兄はパーキングへバンを回します。
 今日はみんな、バーガーセット。
 マイがフィッシュバーガー。
 ヨッシーとミカがベジタブルバーガー。
 タエコは、ボリューム満点のクラシックバーガー。
 そして、少し遅れてやってきたタエコ兄は、クラシックバーガーセットに、単品のフィッシュバーガー追加。

 みんなの注文の品が揃ったところで、マイが「ごあいさつ」。
「え~、一応リーダーってことなんで、ひとこと言います。みなさん、お疲れさまでした」
「おつかれさまでした」...
「今日でもって、『ミクッツ』は活動を終了しました。2年とちょっと、ミカとはちょうど1年、ほんとうにありがとう。MCでも言ったけど、『一からバンドを作る』って考えでやってきて、最高の仲間と、音楽的にもそこそこの水準の演奏ができるようになりました」
 みんな、うなずきます。
「これからみんな、それぞれの夢や目標に向かって進むわけだけれど、仲間として末永くつきあっていきたいと思います。これからも、どうぞよろしく!」
「じゃ、食べよっか」とヨッシー。
「ごめんごめん。長かった」とマイ。

 話題は、ミクッツの思い出話になります。
 ミカが加入する前の話を、ミカは特に身を乗り出して聞きました。
 ヨッシーがまだ「指1本」状態で臨んだ、最初の校内ライブのダメダメだった演奏。
 しばらくライブの機会がなくって、ひたすら3曲の練習に取り組んでいた時期のこと。
 ミクが電車の中にベースを忘れて、あわててT駅に取りに行ったこと。
 2年の文化祭の直後から「1/2」に取り組んで、猛練習して2か月後の校内ライブに間に合わせたこと。

「そしてミカが加入した」とマイ。
「オーディションは、すっごい緊張してたよね」
「だって、いきなり2週間後なんですもの」とミカ。

 そしてなんといっても「ストーカー騒ぎ」。
「天高男子の件は、ミカほんと焦ったよね」とヨッシー。
「いよいよ来たかって思ったし」とミカ。
「駅前からタクシー乗ってまいたのも、ミカらしい周到さだね」とマイ。
「けっきょくノエルの後輩だってわかって」
「なんとかいろいろおさまったみたいだしね」

 店に入って1時間くらいしたころ、お決まりの店長からの「ご褒美」。
「おつかれ。最後に最高の演奏聞かせてもらった」と言いながら、半澤さんがミニチョコレートサンデーをみんなの前に置きます。
「『JUJU』はこれからも続くんで、ご贔屓にしてくださいね」
「半澤さん、本当にありがとうございます」とマイ。
「お世話になりました」とミカ。
「『ミクッツ』の歴史は『JUJU』無しには語れない」とタエコが珍しく長文のコメント。
「引き続き従業員として、お願いしま~す。店長」とヨッシー。

 さらに1時間ほど過ごしました。時刻は7時近くになっていました。
「名残はつきないけれど、今日はこれくらいにしておこうか」とマイ。
「またいつでも会えるしね」とヨッシー。
「とこしえの友情」とタエコ。
 タエコ兄が車を回しに、一足先に出て行きました。

「ノエルくんにもよろしくね」とマイがミカに言います。
「うん...」と言うミカの顔が少し曇りました。
「どうしたの、悪いこと言っちゃった?」とマイがミカをのぞき込みます。
「いや...今日、彼の顔を見て思ったの。わたしは彼のためになにができるんだろうって」
「...」
「いままでは、バンドの活動を見せて、彼の気持ちを和ませることができたと思う。でもバンドも終わっちゃった」
「ミカが存在して、彼のそばにいてあげるってことが重要だし、それで十分なんじゃないかな」とヨッシー。
「そうなんだけれど...なにかまだ、できることはないかと」
 マイが言葉を口にしかけたとき、タエコ兄が入ってきました。
「...あまり思いつめないで。またいろいろと話しして」とマイが言いました。

 8月15日火曜日。つけっ放しにしていたテレビのお昼のニュースを横目で見ながら、ミカはお盆明けからの予備校の講習に申し込むべく、書類を読んでいました。セミの声が締め切った室内にまで聞こえてきます。外は今日も暑そうです。

 スマホの着信音が鳴りました。ノエルです。

「入院した」

 ノエルのメールを見て、「愛の才能」の歌詞の一節がミカの頭に浮かびました。

 学校の夏期講習の後半と夜の予備校の講習は、ともに8月18日の金曜日から始まりました。マイとタエコも予備校に同じタイミングで通い始めることになります。
 予備校は駅前にある、大手予備校のサテライト校。本部から配信される画像で授業を受けます。
 マイは、文系の最難関校クラス。タエコは理系の最難関校クラス。ミカは理系の難関校グラスです。

 予備校の教室の前で、ミカはばったりと再会しました。
 タイシくんです。
「こちらに通ってられたんですね」
「ええ。4月から通ってます」
「クラスは?」
「医学部クラスです」
 授業が始まるので、終わったらまた話すことにしました。

 マイとタエコに「先に帰って」と言っておいて、ミカはタイシくんと予備校の1階のロビーで話しました。
「ノエルがまた、入院したんですね」とタイシくん。
「ええ、聞きました」とミカ。
「入退院を繰り返しているので、気になります。入院のたびに、期間が長くなるようで」
「そうですね」
「病気のことで、詳しく聞いてられませんか?」
「いえ...『血液の病気で闘病中』ってことしか」
「うち、父親が開業医なんです」
「そうですか」
「なので、医学書とかちょっと読んでみたんです」
「はい」
「ノエルの病気は、相当悪いんじゃないかと」
「...」
「まあ、当人に聞いても、ああいう性格ですから、なかなか本当のことは言ってくれないでしょうけど」
「そう...」
「あなたは、彼とは長い知り合いだということでしたね」
「はい」
「なにか彼から聞いたら、教えていただけませんか」
「わかりました」
 二人はメアドを交換しました。

 ミカは夜、ミクッツのLINEにメッセージを入れました。
「今日、予備校で話をしていたのは、ノエルのお友達。ノエルといっしょに、ライブに来てくれた人。ノエルの入院について話していました」
「わかりました」とマイ
「了解」とヨッシー。
 タエコは「承知」のスタンプ。

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 23日にノエルから「明日から面会解禁」とメールがありました。
 翌日、8月24日の木曜日、学校の講習のあと付属病院にお見舞いに行きました。
 残暑はなかなか天歌市を開放してくれません。学校から病院までの10分くらいで、夏服のミカは相当汗をかきました。

 ノエルは個室でひとりでいました。
 ダークグリーンのTシャツに、下はチャコールグレーのジャージを着ています。

「今日は母親も用事があって、ずっとひとりだ」
「ひとり」という言葉が、ずしんと響いた気がしました。
「具合はどう?」
「こういう状況下では、ちょっとマシってところかな」
 ノエルの口調はさらにゆっくりとしたものになっています。体も一段とスリムになりました。

「あ、そうそう、タイシくんに会ったんだよ」
「どこで?」
「駅前の予備校。わたしもさすがに通い始めたんだ」
「そっか」
「タイシくん、心配してたよ。重い病状なんじゃないかって」
「そうか。悪いことしてるな」
「わたしに言ったの。なにかノエルから聞いたら教えてくれって」
「彼に話すのは...もう少し先にしたい」

 話しているうちに、夏服にうっすらと滲んだミカの汗も引いてきました。
 しばらくよもやま話。ノエルの笑い声からも、あの豪快さが抜けたように思えます。

「なあ」とノエル。
「うん」とミカ。
「さすがに今度は、年貢の納めどきかなって気がしてきた」
「...そんなこと言わないで」
「そろそろ宣告された期間が過ぎる」
「...」
「ひとりでいると、ずっと頭の中をそのことがよぎる」
「...」
「いままではいろいろと気を紛らわしてきたけれど」
「ノエル?」
「うん」
「なにか、わたしにできることはある?」
「...」
「こうしていっしょにいてあげること以外に」

 ノエルは黙っています。
 たまらなくなったミカは、スマホを取り出してイヤフォンをつなぐと、片方をノエルに渡します。

「この曲。マイの弾き語りの音源なんだけど、聞いてくれる?」
「どうして?」
「聞いて」
「わかった」

 二人神妙な面持ちで聞いていました。

 聞き終わると、ミカが言います。

「ねえ、わたしたち、抱きしめられるかな?」
「...」

「わたしたち、キスできるかな?」
「...」

「キス...したい?」
「...うん」

 ベッドの上に上半身を起こしたノエルに、ミカは椅子から立ち上がって顔を近づけます。
 あと10センチくらいになったところで、しばらく見つめ合います。
 どちらからともなく顔を近づけて、瞳を閉じました。

 唇を重ねます。

 そのまましばらくじっとしていました。

 どちらからともなく顔を離して、瞳を開きます。
 ノエルの頬に、涙が一筋流れました。

「おれ、死にたくない...」

 ミカが腕をノエルの顔に回して、制服の右肩のところで抱きしめます。
 長い時間そうしていたような気がします。

「でも...おれ、いま、最高に幸せだ」

 ノエルがそう言った次の瞬間、ミカの周囲が薄桃色のもやに包まれました。
 いつの間にか、ミカは城址図書館らしきところにいました。
 もやの中から、今度は二人の天使が現れました。

「天使番号MKLB412965号、大天使様のお出ましだ」と、1年前に「指導天使」と名乗った天使が言いました。

「天使番号MKLB412965号」と大天使様。
「はっ」とミカの中の天使。
「審判の日がやってきた」と大天使様。

「猶予期間後にそなたが天使として戻るための条件は2つあった」と大天使様。
「はっ」
「1つは、森宮美香を通じて、7人の人間を幸福にすること。もう一つは森宮美香を基準として恋愛をしないこと。相違ないな?」
「相違ありません」
「では、1つめの条件。まず、森宮美香のバンドの仲間は、彼女のおかげでバンド活動を続けることができた。これは基準を満たす幸福であると認定する。異議はないな?」
「ございません」
「次に、森宮美香の父親。長らく交流を断っていた実の娘と、会い、話をする関係性ができた。これも基準を満たす幸福であると認定する。よいな?」
「はっ」
「それから、森宮美香の祖父母。孫娘との生活に幸福感は感じておったが、孫娘が高校生らしい生活を送り、その晴れ舞台も見ることができ、以前よりはるかに幸福になった。これも基準を満たす幸福と認定してもよいものと考える」
「はっ」
「ここまでで何人だ?」と大天使様は指導天使様に尋ねます。
「3人、1人、2人と6人であるかと存じます」と指導天使様。

「あとひとり、中上乃恵留という者がおるな」
「はっ、おります」
「この者がつい先ほど、幸福であると述べた。不治の病のところ、献身的に尽くしてくれる森宮美香の行い、それがこの言葉を発せさせる要因であったことは認められる。しかしながら...」
「...」
「この者が幸福である旨述べたときの状況が、2つめの条件、恋愛をしないこと、に抵触するのではないかと疑われる。その点を問いただしたい」
「たしかに外見的には恋愛に該当するかもしれませぬが、中上乃恵留のおかれた特殊な状況下で、本気で恋愛関係になることを考えての行いではない、ということも言えますまいか」と指導天使様。
「天使番号MKLB412965号、そなたはどのように考える」
「はっ。森宮美香本人の意思に従うべきかと考えます」

 そのとき、ミカのハミングが聞こえてきました。
「ンーンンンンンンンンンーンンーンンーンン」

 一息おいてさらに続けます。
「ンーンンンンンンンンーンンーンンンンン」

「愛してる」(強く)

「愛してる!」(さらに強く)

「愛してる!!」(いっそう強く)

「...森宮美香が言うところの『愛してる』の『愛』は、どのような意味合いか?」と大天使様。
「状況を鑑みまするに、慈愛と解するのが妥当かと。死を運命づけられた者に対する慈しみということでは」と指導天使様。
「であるならば、中上乃恵留の幸福を認定し、1つめの条件が満たされ、さらに2つめの条件には抵触しない、ということで、天使番号MKLB412965号は、天使の地位に戻されるという審判結果となる」と大天使様。

「発言をお許しください」とミカの中の天使。
「申せ」と大天使様。
「森宮美香から私が脱して、天使に戻されました場合、森宮美香はどのようになるのでしょうか」
「現時点での森宮美香は、そなたの宿る先として歴史を改変した結果、存在するもの。従ってそなたが宿ることがなくなった場合、森宮美香は6年前の事故の時点に遡って、命を落とすことになる」と大天使様。
「それでは、17才の森宮美香がこの1年間で与えた幸福は、すべて失われるということですか。それは矛盾します」
「言葉を慎め」と指導天使様。
「7人を幸福にするという条件が満たされた結果、私が天使に戻ることで、3人のバンドメンバーはバンド活動を続けられなくなり、父親は娘を失い、祖父母は孫娘を失います。中上乃恵留も孤独の中で死に直面することになる。すべての幸福が失われるのであれば、これは論理矛盾というものではありますまいか?」
「そなたの申すのも一理あるが...」と大天使様。
「私が天使に戻りながら、17才の森宮美香がそのまま命を保ち続けることはできないのですか」
「無理を申すでない」と指導天使様。
「森宮美香が命を保ち続ける唯一の方法は、そなたが天使の地位を失い、彼女のなかに吸収されるということだ」と大天使様。

「それでは、すぐ近くで森宮美香を見守った者として申し上げます。彼女の先ほど申した『愛』は、恋愛の『愛』ということで相違ありません」
「そう認めるということが、どのような意味を持つかは、わかってのことだな」と大天使様。
「はっ。わきまえております」
「そうか...そうであるか」と大天使様。
「本当にそれでよいのだな」と指導天使様。
「はっ」
「誠に残念だ」と指導天使様。
「では審判の結果を申し渡す」と大天使様は厳かに告げられました。
「天使番号MKLB412965号は天使の地位をはく奪されることが確定し、人間森宮美香の中に吸収されることとする」
「かしこまりました」とミカの中の天使。
「以上で審判を終了する」と大天使様が言うと、大天使様と指導天使様は、ミカの周囲の薄桃色のもやの中に消えました。
 次第にもやが薄くなるにしたがって、ミカの中の天使の意識も消えていきます、

 ミカはノエルの病室で、ノエルの頭を抱きしめていました。
 一瞬薄れた意識の中で、ミカは歌を歌っていたような気がしました。

しおり