10話 ただのファイアだ
「いきますよっ、ストームバイド!」
フリスは意気込みつつ、風系の中級魔法を放つ。
威力、速度、なかなかのものだ。
学年主席が尊敬する先輩というだけのことはある。
「プロテクトウォール」
高速詠唱で魔法を起動。
フリスの魔法を防いだ。
「くっ、またインチキを……!」
「これをインチキというのなら、種を見破ってほしいな。見破れないのなら、ただの負け犬の遠吠えだ」
「貴様っ、この私を愚弄するか!!!」
わかりやすく激高してくれた。
戦いにおいて、もっとも大事なのは冷静になることだ。
頭に血が上っていたらまともな分析ができず、自然と不利な状況に追い込まれてしまう。
フリスはそのことを理解していないらしく、闇雲に魔法を連打する。
「グランドダッシャー!」
「アイシクルフラグメント!」
「プラズマストライク!」
土属性、水属性、雷属性。
それぞれの中級魔法を連続で叩き込んできた。
「プロテクトウォール」
次々と魔法が押し寄せてくるが、それらは全て防御魔法で防いだ。
各種属性の中級魔法を使うなんて、なかなか器用なヤツではあるが……
肝心の魔力が足りていない。
その威力は一般の範囲内から抜き出ることはなくて、簡単に防ぐことができる。
「バカな!? この私の魔法が平民ごときに……」
フリスは必殺の一撃のつもりだったらしく、防がれたことに驚きを覚えているようだ。
「審判!」
「あっ……は、はい!」
フリスが声をかけると、ドグは慌てて頷いて……
ニヤリと笑い、その嫌な笑みをこちらに向ける。
「ジーク・スノーフィルード。君は、神聖な決闘のルールを犯したな?」
「なんのことだ?」
「君のような卑しい平民が、フリス先輩の攻撃を防ぐことはできない。そのようなことは不可能だ。ならば、インチキをしたと考えるのが妥当だ」
「暴論です!」
ネコネが異議を唱えるものの、ドグは聞こえないフリをして話を続ける。
「決闘の継続は認めるが、ペナルティは受けてもらう。今後、君は初級魔法以外を使ってはいけない」
「……防御魔法もか?」
「そうだ。これに反した場合、即座に失格とする」
フリスとドグは、とても楽しそうな顔をした。
これが連中の切り札なのだろう。
「そんな……あまりにも横暴です! そのようなこと、絶対に認められません!!!」
ネコネは声を強くして、フリスとドグこそが不正を働いていると訴えた。
そんな彼女の様子に、観戦する生徒達にも戸惑いが広がる。
「無茶苦茶なことをしているけど……でも、インチキなのか、あれ?」
「普通に魔法を使っているようにしか見えないけど……最初の決闘の話、もしかして本当のことじゃあ?」
「さすがに、やりすぎよ……これ、どうなっちゃうの?」
動揺が広がるものの、
「ふん……従えないというのなら、決闘はここまでです。私の勝ちですね」
フリスは、そんなものはどうでもいいと、結果のみを追い求めていた。
「さあ、どうしますか?」
「わかった、受け入れよう」
「スノーフィールド君!?」
「大丈夫だ、レガリアさん」
ネコネの方を見て、小さく笑う。
「俺が勝つ」
「……はいっ!」
とことん俺を信じる。
そんな気持ちになってくれたみたいで、ネコネは強く頷いた。
「その余裕、気に入らないですね……すぐに恐怖と絶望でいっぱいにしてあげましょう! フレアデトネーション! グランドダッシャー!」
「「「多重詠唱!?」」」
フリスが二つの魔法を同時に使い、観客達がざわついた。
多重詠唱。
名前の通り、異なる魔法を同時に使う技術だ。
習得難易度は高く、城に務める魔法使いでも限られた者しか使うことができない。
なるほど。
これがフリスの本当の切り札か。
「はははっ、どうですか!? 同時に二つの魔法を受けることは不可能! ましてや、君は今、初級魔法しか使うことができない。防ぐことも逃げることも無理! 無理無理無理! さあ、倒れなさい!!!」
「ディスペル」
二つの魔法を消した。
「………………は?」
フリスが呆然とした。
その様子はドグとそっくりで、さすが先輩後輩と妙な感心をしてしまう。
「貴様……今、なにをしたのですか?」
「魔法を消しただけだ」
「ば、バカな……そのようなことはありえない。ありえませんよ……!?」
「そこの後輩から聞いていなかったのか?」
「聞いていましたが、だからといって信じられるわけがないでしょう!? そのような超高等技術、平民風情に使えるはずが……!!!」
フリスは大混乱だ。
事前に情報を手に入れておきながら、それを有用に活かすことができないとは……さすがに呆れてしまう。
「お、おい、待て!」
ドグが声を荒げた。
「貴様は、初級魔法以外使ってはいけないと言っただろう!?」
「ディスペルはどのランクにも分類されていない。故に、初級として扱うことも……」
「ダメだダメだ! きちんと分類されている初級魔法以外はダメだ!!!」
「……わかった」
やや横暴な話ではあるが、審判の言うことなので素直に従うことにした。
ただ……
「なあ……なんか、あれだよな」
「ああ。さすがに興ざめするっていうか……ここまでするか、普通?」
「かっこわる……」
最初は盛り上がっていた観客達も、フリスとドグがやりすぎつつあるため、冷めてきているみたいだ。
フリスはそんな観客達を睨み、次いでこちらを睨む。
「いいさ、すぐに思い知らせてあげましょう。本当に正しいのは誰か、ということを!」
フリスは魔法陣を構築した。
ドグのものよりも精密で、そして遥かに巨大だ。
それを見た観客達がざわついた。
「お、おい、なんだよあれ……!?」
「あんな巨大な魔法陣、見たことがない!」
「いったい、どれだけの威力が……この訓練場を吹き飛ばせるんじゃない!?」
「はははははっ! そう、これが私の力ですよ! これこそが高貴なる血が為せる技っ、さあ、裁きを受けるがいい! アストラルブラストぉオオオオオっっっ!!!!!」
ドグの時よりも遥かに巨大で強烈な光が生み出された。
いや、光という生易しい表現ではない。
破壊の嵐だ。
触れるものを全て粉砕して、それでもなお止まらないだろう。
そんな圧倒的な力に対して、俺は……
「……」
ぼそりと、とある魔法を唱えた。
小さな火が生まれた。
それはすぐに炎に成長して、さらに火炎となる。
そして獄炎になって……
ゴッ……ガァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!
「なぁ!!!?」
フリスが放つ光を飲み込み、相殺してみせた。
世界を染めるほどに膨れ上がっていた光は、もうない。
後に残るのは、魔力の余波でビリビリと震える大気だけだ。
「ば、バカな……私の魔法が破られた、だと……? しかも、今のは火属性上級魔法のインフェルノ……たかが平民が上級魔法を使うなんて、そんなバカな……」
「違う」
「な、なに……?」
「今のは、インフェルノじゃない……ただのファイアだ」
「なぁっ!!!?」
言い放つと、フリスが絶句した。
ややあって、ニヤリと笑う。
「は、ハッタリか……そうだ、ハッタリに決まっている。そのようなもので私の心を揺さぶり、勝利を得ようとするとは……これだから平民は、姑息でずる賢い」
「そして……」
フリスの言葉は無視して、俺は魔力を練る。
魔力収束。
構造式構築。
術式展開。
「これが、俺のインフェルのだ」
右手に生じた炎は一気に巨大化して、圧縮されて、さらに巨大化して……
そして、一本の巨大な炎の剣が作り上げられた。
巨人が持つような、巨大な炎の大剣。
刀身は赤く、紅く……
灼熱が迸り、炎があふれている。
改良に改良を重ねた結果、俺の火属性上級魔法は、まったく別のものになった。
そう。
名付けるのなら……
「これが俺のインフェルノ……レーヴァテインだ」
神剣の名を冠した魔法を放つ。
全てを断ち切り。
全てを灰燼に帰して。
無を作る。
「や、やめっ……!!!?」
「っと、まずい」
慌てて魔法を消した。
初級魔法以外、使ってはいけないのだった。
「攻撃はしていないから、まだセーフだな? よし。では続きを……」
「助けてくれぇっ!!!」
なぜかフリスが逃げ出した。
呆気に取られる俺。
同じく呆気に取られる観客達。
よくわからないけど、俺の勝利が確定したようだ。