9話 二度目の決闘
三日後。
休日に決闘が行われることになった。
訓練場のリングでフリスと対峙するのだけど……
「フリス君、がんばってー! アカデミー最強の実力を見せて!」
「相手はインチキ野郎なんですよね? そんなヤツ、ぶっとばしてください!」
「いけ、フリス! 格の違いってものを見せつけてやれ!」
観客席は大量の生徒で埋まっていた。
声援を浴びて、フリスが満足そうな笑みを浮かべている。
どうやら彼が呼んだらしい。
インチキができないよう、言い逃れができないよう……というところか?
「あいつ、この前、ドグと決闘をしたヤツだよな……? あの時、とんでもない魔法を使っていたけど……」
「フリス先輩やドグ君はインチキだ、って言っているぜ?」
「まあ……そうだよな。普通に考えて、あんな魔法を使えるわけがないし……」
「お前、どっちに賭ける? 俺はフリス先輩だけど」
「それ一択だろ。賭けになるのか、これ?」
「大穴狙いもいるんじゃないか」
俺の勝利を予想している人は誰もいない。
「スノーフィールド君、がんばってください!」
訂正。
一人、いた。
ネコネだけは、実直に俺のことを信じてくれている。
誰も彼も俺の負けを予想する中、俺の勝ちは絶対と言ってくれている。
「……悪くないな」
俺は、俺のことしか考えてこなかった。
他人と接することはなかった。
ただ、今、こうして信頼を向けられている。
それは、決して悪いことではなくて、どこか心地いいと感じることができた。
「さて……戦う前に、改めてルールなどを確認しておきましょうか」
フリスが観客全体に聞こえるような大きな声で言う。
「まずは決闘のルールですが、これは単純です。魔法で戦い、相手を戦闘不能。あるいは戦意喪失をさせたところで終わり。その他、特に制限はないですが、もちろん他者の力を借りるなどの違反は認められませんよ?」
「わかっている」
「本当にわかっているのならいいのですが……まあ、いいでしょう。このように、ルールはアカデミーが提供しているものに遵守しています。なにか質問は?」
「ない」
「では、次に勝者の権利ですが……私が勝った場合は、君はアカデミーを去ってもらう。君が勝った場合は、君とネコネ王女の関係に口を出すことはしない。それでいいですか?」
「それも問題ない」
「結構です。では……」
フリスが横に視線をやる。
すると、ドグがリングに上がってきた。
「審判はドグ君に務めてもらいましょう」
「なっ……どういうことですか!? 私は、そのようなことは聞いていません!」
話を聞いていたネコネがくいかかる。
不正が行われるのではないか、と懸念しているのだろう。
「大丈夫だ、レガリアさん」
「スノーフィールド君……?」
「どんな条件だろうが、俺が勝つ」
「……はい!」
これは、ある意味で宣戦布告だ。
お前達を叩き潰すぞ、という挑発でもある。
「……ドグ君、開始の合図を頼めるかな?」
「……ええ、もちろん」
二人の雰囲気が険悪なものに変わる。
俺に対して、ハッキリとした強い敵意を持った様子だ。
「両者、準備は?」
ドグの問いかけに、俺とフリスは無言で頷いた。
「では……始め!」
「ファイアランス!」
開始の合図と同時に、フリスは魔法を放つ。
それを見たネコネが驚きの表情に。
「なっ……!? 試合開始直後に魔法を唱えるなんて、そのようなことは不可能に……もしかして、遅延魔法!?」
遅延魔法というのは、あらかじめ魔法を構築して、しかし発動せずにストックしておくことだ。
ストックしておくことで、任意のタイミングで、詠唱を必要とせず瞬間的に発動することができる。
それなりの技術と知識が必要で、誰にでも使えるものではない。
「プロテクトウォール」
このような展開はあると考えていたため、冷静に魔法を唱えて防いだ。
「決闘の前に遅延魔法を使うなんて……」
「遅延魔法? 言いがかりはよしてください。これは、私の実力ですよ」
「そのような速度で魔法を詠唱することは不可能です……!」
「レガリアさん、大丈夫だ」
「スノーフィールド君?」
フリスをかばうような発言をしたことで、ネコネは困惑顔に。
「遅延魔法を使ったかどうか、実証することはかなり難しい。今、なにを言っても無駄だ」
「それは……ですが……」
「それに、本当に使っていない可能性もある」
「しかし、瞬間的に魔法を使うなんてこと、どうやっても不可能で……」
「いや、可能だ」
「え?」
実践することにした。
「ファイアランス」
「「「なっ!?」」」
それは、誰の驚きの声だっただろう?
秒未満で魔法を発動させたことで、フリスやネコネやドグ、その他の生徒達がありえないというような顔になる。
フリスは動揺した様子を見せつつも、跳躍することで炎の槍を避けた。
元々、瞬間的に魔法を使えるという実践をしただけで、狙いは適当だ。
避けられて当たり前と言える。
「貴様……! 遅延魔法を使うとは卑怯な!!!」
フリスが烈火のごとく怒り出した。
「遅延魔法は使っていない」
「バカを言うな! 今の詠唱速度、遅延魔法以外には不可能ですよ。審判、彼は不正をしている……そうですね?」
「いや、しかし……」
「どうしたのですか? 彼は遅延魔法を使った。そうでしょう?」
「ですが、その……ヤツはさきほど、プロテクトウォールを使いました。そうなると、遅延魔法を使うことは……」
「……あ……」
遅延魔法の弱点は、魔法をストックした状態で新しい詠唱ができない、という点だ。
ストックした魔法を放つか、あるいは破棄しなければ新しい魔法を唱えることはできない。
俺はプロテクトウォールを使っていたため、遅延魔法を使っていた、という疑念は回避できる。
「バカな……では、今のは……?」
「単なる詠唱だ」
より詳細に言うと、高速詠唱という技術だ。
詠唱なしで即座に発動することができる。
以前、戦った盗賊が使っていたな。
消費魔力が倍増するとか回数に限りがあるとか、そういう欠点はない。
強いて挙げるのなら、初級魔法しか使えないところが欠点だろうか?
それも、いずれ改良するつもりだが。
わりと簡単な技術だと思っていたのだけど……
どうも、その認識は間違っていたらしい。
あの盗賊が言っていたように、そうそう簡単に使うことはできないようだ。
「ふざけるな! そのような幼稚な言い訳が通じると思っているのですか!?」
「なら、最初に別の魔法を使ったことは?」
「ぐっ……そ、それは……」
「それでも納得できないのなら、俺を失格にするか? 自分には理解できないことをしてはいけない……と」
わかりやすい挑発だな、と自分で言っておいて少し呆れてしまう。
ただ、フリスのような輩は城内にたくさんいた。
だから……
「いいでしょう……君のくだらない策を正面から受け止めて、それでいて突破してみせましょう。そうすることで、己がいかに弱く愚かな存在か自覚させてあげますよ」
挑発に乗ってくれたようでなにより。
さて。
ここからが本番だ。