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第2話  新しい人生

「あなた、フォルトが目を覚ましたわ」
「おっ! ホントだ! おはよう、フォルト!」
「もう。そんな大声で呼んだらフォルトがびっくりするわよ」
「おっと、いけねぇいけねぇ。ついいつもの癖で」

 目を覚ますと、目の前に美人と強面の男がいた。二人とも、横になっている俺を上からのぞき込む形になっている。女性の方はウェーブのかかった金髪に茶色の瞳。男の方はがっしりとした体型でスキンヘッド。だけど、奥さんと思われる女性にはニコニコと優しげな笑顔で話している。

 ――て、誰だ、この人たち!?

「あー! うー!」

 ちょっ!?
 なんでうまく話せないんだ!?
 もはや滑舌が悪いってレベルじゃねぇぞ!?

 動揺する俺だが、「滑舌」という単語を口にした時、頭の中がスパークするような感覚になって、ここに至るまでの経緯を思い出した。

 ――神様の手によって俺はこの世界に転生したんだ。

 転生……つまり生まれ変わった俺の新しい両親……それが、今目の前にいる二人の男女ってことか。そして、この世界での俺の名前はフォルトか。覚えておかないと。

 不思議だ。
 生前の俺にも両親はいた。けど、今は目の前にいる二人も両親だと思える。変な話だけど、この女性から生まれてきたっていう実感があった。

「ごめんなさいね、フォルト。びっくりしちゃったわよね」

 優しく抱き上げられ、背中をポンポンとこれまた優しく叩かれる。そしてスリスリと頬ずりタイム。赤ん坊である俺の肌がもちもちなのはわかるけど、美人さん――いや、母さんの肌もかなりのもち肌だ。外見から察するに、まだ二十代前半っぽいもんな。……ていうか、顔近過ぎっすよ、お母さま。

「おまえと一緒に森へ木を切りに行くのが楽しみだ。大きくなれよ」

 そう言ったのは怖い顔のわりに優しい口調の父さん。その言葉から、恐らく職業は木こりなのだろう。この家も木造だし。ログハウスってヤツかね。

 それからしばらく、家族三人で楽しいひと時を過ごした。赤ん坊だから滑舌を気にしなくていいし、心の底から大きな声を出せる。

「ばぶー♪」
「今日のフォルトはやけに元気だな」
「きっとあなたと遊べて嬉しいのよ」

 童心に帰るっていうのもなんか変だけど、こうして家族で遊べる時間っていうのはいいものだな――と、はしゃいでいたら、

 ぐぎゅるるぅ……

「あうぅ……」

 腹が減った。
 そういえばかなりの時間何も食べていないな。食べ盛りの成長期である高校生が、長時間何も食べないというのは死活問題で――て、今の俺は赤ちゃんだった。
 
「あら? フォルト、どうしたの?」

 露骨に元気がなくなった俺を心配する母さん。

「腹が減ったんじゃないか? ずっと遊びっぱなしだったからな」

 察しがよくて助かるよ、父さん。
 
「そうね。じゃあ――」

 母さんは俺を抱きかかえて椅子に座ると、上着を脱ぎ始めた。

「ばばぶぅ!?(急に何を!?)」

あ、ひょっとして……赤ちゃんの食事ってことは、

「はい、どうぞ」
「!?」
 
 服から解き放たれた母さんの綺麗な形をした胸――やっぱ授乳か。

「? 変ねぇ。いつもはすぐ飲み始めるのに」
「腹が減っているんじゃねぇのか?」

 いや、めちゃくちゃ腹ペコですよ。
 とはいえ……抵抗がある。心は16歳のままなんだから。

「でも、あのぐずり方はお腹が減った時によくするものよ」

 そういって、母さんはずいっと胸を俺に寄せる。
 ……母さんは着やせするタイプなのか……服の上から見ていた時はそれほど感じなかったけど、これほどの迫力。しかもめちゃくちゃ美人だし――て、いかんいかん! 何を考えてんだ俺は! この人は俺の母さんだぞ!

「あっ! あうっ! ああっ!」

 そんな葛藤が無意識のうちに声となって外へ出ていた。
 すると、

《スキル【交渉術】のレベルが1上がりました》
《スキル【言語調整】のレベルが1上がりました》
《スキル【対話能力】のレベルが1上がりました》

 脳内で流れる謎のインフォメーション。
 
 言語調整と対話能力――これって、神様が俺にくれたスキルか。交渉術への適性もあるみたいだけど、これは神様がくれたものじゃないよな。きっと、最初から俺についていたオリジナルのスキルか前者のスキル取得時にくっついてくる副産物ってとこか。

 しかし、言語系スキルはいまひとつ用途がわからん。
 今の俺は赤ん坊だから「あー」とか「だー」とか「ばぶー」みたいな言葉でしか話せないから滑舌がどうなっているのかはサッパリだし。

 そもそもどうしてこのタイミングでレベルが上がったんだ?

 レベルを上げるには経験値が必要なはず。通常、経験値っていうのはモンスターを倒すとかの特定条件を満たすことで得られる。でも、今の俺は何もしていない。ただ「あっ」とか「あうっ!」とか喋ったくらいで――

「あうあっ!(まさか!)」

 そうか――喋りだ!

 俺が何か言葉をすることで経験値を得られる仕組みになっているんじゃないか?
 確証はない。ただ、これまでの行動を振り返ると、それしか考えられなかった。とりあえず試して――

「ほれ、いつもみたく元気に飲んでみろ」

 父さんが俺の顔を母さんの胸に押し込んでうずめる。

「うむむぅ! むうぅ! む? むぅ……(柔らかい! いい匂い! あれ? おいしい……)」
「見ろ! 飲み始めたぞ! やっぱり腹が減ってたんだな!」
「まったく……強引なんだから」

母さんは呆れて苦笑い。父さんは豪快に大笑い。俺は――ただ無心で母乳を飲む。ひたすら飲み続けて、数十分後、

「あうぅ……(すごかった……)」

 ベビーベッドで大の字になっている俺は天井を眺めながら呟く。あんな経験をこれから毎日しなくちゃならんのか……下心より羞恥心が先行するよ。慣れるしかないんだろうけど。

 ただ、これだけの代償を払った価値は十分にあった。なぜなら、


《スキル【言語調整】のレベルが1上がりました》
《スキル【対話能力】のレベルが1上がりました》


 スキルレベルが上がっている。
 ただ、交渉術のレベルは上がっていないので、あれだけ経験値の上限数値が異なっているようだ。
 ――今回はそれだけじゃない。


《スキル【言語調整】のレベル解放が実施されました。【スライム族】との会話が可能となりました》
《スキル【対話能力】のレベル解放が実施されました。【同年齢同性会話補正C】を取得しました》


 それぞれのスキルに付属する追加能力も得られた。

 まず、【言語調整】ではスライム族との会話が可能になったとアナウンスされた。
これってつまり、モンスターとの会話も可能になるってことだよな。これは何気に便利なスキルなんじゃないか? モンスターの心情を聞き取れたり、場合によっては戦闘せず、話し合いでの解決もできるかもしれない。さらにレベルを上げていけば、会話できる種族はどんどん増えていくっぽいし。

 もう一つは【同年齢同性会話補正C】。
 これについてはちょっとよくわからないので、神様から教えてもらったあの方法で詳細を確認しよう。

「あーあ(ステータス)」

 赤ちゃんの言葉でも、ちゃんとステータスは見られるようでひと安心。さてさて、それによると、

 
【フォルト・ガードナー】  種族・人間  レベル3

 
 レベル3? 
 ……そっか、レベル1からスタートして最初の1回と授乳後の2回で合わせて3ということか。しかし、これもし俺の「言葉=経験値」って説が正しかったら、ただ喋っているだけでもりもりレベルが上がるのか。レベリングイージー過ぎ。
あと、俺、本名フォルト・ガードナーっていうんだな。――て、それは後回し。肝心のステータスとスキル情報は……これか。
 

 HP 11
 MP 8

 攻撃   6
 防御   5
 敏捷   5
 運    7


 うーん。
 この世界の赤ん坊の平均数値を知らないから高いのか低いのかよくわからんな。まあ、この辺はおいおいわかってくるだろう。
 次はスキル詳細だ。

 
 スキルスロット〈4〉

 スキル①【交渉術レベル2】

 スキル②【言語調整レベル3】
      レベル解放 ……【スライム族◎】

 スキル③【対話能力レベル3】
      レベル解放 ……【同年齢同性会話補正C】
 
 スキル④【言霊吸収レベル1】


 ん?
 この【言霊吸収】ってどんなスキルだ?
 レベルもないし、ちょっと特殊なタイプなのだろうか。
 詳細をチェックすると、


【言霊吸収】……言葉に宿る力を吸収し、経験値に変換できる。


 なるほど。
 この4番目のスキルが、俺の経験値上昇の答えだった。概ね、想像通りってわけか。それにしても、また随分と便利なスキルをくれたもんだな、神様よ。
 では、【対話能力】の中にある【同年齢同性会話補正】についての詳細は、


【同年齢同性会話補正】……同年代の男性との会話における失言発生率の低下及び好感度上昇ワードの選択率アップ。


 失言率低下と好感度アップがメインってことか。
 俺の場合、滑舌が悪かったのもそうだけど、下手なことを言って相手の神経を逆撫でするのが怖くてあまり話せなかったっていう面もあるから、オートでそれを防いでくれるっていうのはありがたい。同性ということは異性――つまり女性との会話力もアップするってことか。こりゃ便利だ。

 しかもレベリングはただ「言葉を口にする」だけでいいと来ている。
 ならば早速やってみよう。

「あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ! あ!」
 
 俺はレベルアップのため、必死に声を出しまくっていた。夢中になっている俺は気がつかなかったけど、赤ちゃんがベッドで独り言を連発している光景ってちょっと不気味だよな。案の定、

「な、なあ、フォルトのヤツどうしたんだ?」
「どこか悪いのかしら……ちょっと診療所に連れていってみるわ」

 両親に物凄く心配されてしまったのだ。

 ごめんなさい。
 猛省しています。

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