第15話 英雄ではない、生還者
第1章 死に戻り地獄の序章
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静かな地下通路。
湿った岩壁に沿って、タタルは歩いていた。
背中に剣、右腕は包帯で巻かれ、左目は未だ焦点が合わない。
魔物を倒した直後、避難した村の一団と共に、
タタルは人類側の地下拠点《アリオ・ベイル》へ招かれた。
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そこはかつての王都の地下に築かれた防衛都市だった。
天井に光導石が並び、人工の太陽が疑似昼夜をつくり、
小規模ながら市場、訓練場、司政所、教会
――あらゆる“最後の人間らしさ”が残されていた。
「魔物を5体、1人で討伐……だと?」
警備隊長が目を細める。
「信じられん。お前は一体、何者なんだ?」
「ただの、生き残りです」
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功績により、タタルは特例で《市民仮登録》を受けた。
防衛区画には自由に出入りできるようになった。
だが――
目立ちすぎた。
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「なぁ、あの男さ……何度も死にかけたって話、本当か?」
「てか、生きてるのが“奇跡”すぎない?」
「魔物に腹裂かれて助かるとか、普通ないだろ。あいつ、ほんとに人間か?」
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誰も口には出さないが、空気は明確だった。
「あいつは異常だ」
「死なない」「おかしい」「狂ってる」
"死に戻っている"ことなど誰も知らない。
けれど、誰もが“タタルだけは何かが違う”と、本能で察していた。
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それでも、誰よりも死に、誰よりも生き残ってきた。
その代償が、これだ。
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「英雄、ですね。あなたは」
そう声をかけてきたのは、一人の神官だった。
青年。名はレイヴァン。
敬意を持っていた。だが、その言葉にタタルは即座に答える。
「違う。俺は英雄じゃない。死んで、生き残ってるだけの失敗者だ。」
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レイヴァンは目を伏せる。
「それでも……あなたに救われた人がいる。
村の子たちが、あなたを“光”と言った」
タタルは笑った。
皮肉でも、自嘲でもなく。
「光か。じゃあ、あいつらは知らないな。俺が何度、真っ暗な場所で死んできたか」
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タタルの心は、確実に変化していた。
以前なら、誰かと繋がることに希望を抱いていた。
けれど今は、"死ねばリセットされる"という事実が、
全ての絆を無意味にしていた。
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その夜、タタルは焚き火の前で1人、剣を研いでいた。
誰も近づかない。
いや、近づけない。
彼が何者か。何を経験してきたのか。
それを誰も知らず、知ろうとしない。
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(信じられる人間はいない。信じる必要もない)
だが同時に。
(……俺は、いったい、何のためにここにいる?)
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剣を握り、タタルは立ち上がった。
“死なずに生き残った”者ではない。
“死んででも、生き続ける”者。
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その存在は、もはや人の枠を踏み越え始めていた。
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