第16話 人の皮をかぶる魔物
第1章 死に戻り地獄の序章
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拠点《アリオ・ベイル》。
地下に築かれた最後の防衛都市は、いま、静かに崩壊の種を抱え込んでいた。
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「“神官失踪”……?」
タタルは眉をひそめた。
前夜まで話していた神官レイヴァンが、突然、消えたのだという。
「祭壇の灯が消えててな。遺体も痕跡もない。
まるで最初から存在してなかったみたいでさ……気持ち悪ぃよな」
警備兵の声。
だがタタルは、それがデジャヴであることに気づいていた。
(あった。この流れ、どこかのルートで……)
そして思い出す。
“人間に化けた魔物”に殺された世界線。
あのときも、最初の兆候は「突然の失踪」だった。
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夜。
タタルは人気のない司祭塔の上階へ足を踏み入れた。
石の床。無人の廊下。古びた燭台に残る黒い煤。
そして――
「……会いたかったよ、タタル」
振り返ったその先に、レイヴァンがいた。
顔も服装も、前と同じ。
だが――目だけが、“人間ではなかった”。
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「お前……いつから“それ”だった?」
「最初からだよ」
「じゃあ、あの言葉も、全部……?」
「全部“本当”だったさ。お前が死んで生き返ることも、
地獄を歩いてきたことも。……だからこそ、今、お前を喰らいたいんだ」
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変異が始まった。
皮膚が裂ける。
内側から黒い骨が突き出す。
レイヴァンの顔が“仮面”のように剥がれ、中から異形の顔が現れる。
歯が、縦に三列。
眼球が左右に並び、瞳孔が“逆に開いて”いる。
「人間の言葉を使う魔物か……!」
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タタルは剣を構えた。
敵は“人のフリをする”。
だが今は、すでにその皮を脱ぎ捨てている。
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戦闘開始。
タタルの一撃が、魔物の側頭部をかすめる。
刃が肉に刺さる――だが、切断ではなく、吸収された。
「……斬撃、効かねぇのかよッ!」
魔物の体表は粘液質で、切り口が即座に再生していく。
まるで刃を“咀嚼”しているかのような再生速度。
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そのとき、魔物の口が開いた。
「お前の“死に戻り”、うらやましいなァ。何度でも味わえる」
――次の瞬間、腕が伸びた。
関節が逆方向に曲がり、タタルの左脚に絡みつく。
「ぐッ……!」
引き倒される。
転倒した瞬間、顔に“何か”が這い寄る。
――眼球だった。
敵の眼球の一つが、自立して動いている。
それが、タタルの口元へと滑り込んで――
グボッ!!
「がッ……が、あ……!!」
喉の奥に入り込む。
眼球が食道を通って、内側から神経に干渉する。
全身が痙攣し、剣が落ちる。
タタルの意識が、黒く沈む。
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カチ。
ロード音。
視界が反転する。
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次に目を開けたとき、タタルは、拠点に来る一日前の野営地にいた。
「……また、過去か」
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手の平に残る、奇妙な粘液の感触だけが、
“あの敵”が現実だったことを証明していた。
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タタルは剣を握り直す。
(今度こそ、あの目が動く前に、殺す)
“人の顔をした魔物”――
それはこの世界において、もっとも厄介な敵だった。
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