第5話 英雄の死、村の生
第1章 死に戻り地獄の序章
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焚き火の中で、リンの顔が揺れている。
もちろん幻想だ。彼女は前の世界線で死んだ。
俺が殺した。信じる前に。
「信じるな。信じるな……」
呟きながら、タタルは剣を研いでいた。
この夜、村は襲撃される。盗賊団《黒骸の鎌》が数十人で襲い、村を焼く。
過去の世界線では、タタルはその中で死んだ。
子どもを庇い、喉を裂かれ、血を噴きながら火に焼かれて――
結果、村は全滅した。
自分の死も、無駄だった。
だから今回は、違う。
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「これでいい……火薬量は十分だ」
村の井戸の下、タタルは爆薬の設置を完了していた。
あの爆薬狂が持っていた火薬を、先に盗んで利用する。
火薬の成分、設置場所、発火条件――全部“何度も死んで知った”。
彼は自分の死をトリガーにして、村の構造を崩す計画を立てていた。
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夜。盗賊団の襲撃が始まった。
焚き火が上がる。金属のぶつかり合う音、悲鳴、怒号――
タタルはその中心に立った。
「タタル! お前、裏切ったなぁああああッ!!」
ザラドの怒号が飛ぶ。
彼は全身を血に染めて、戦斧を振るう。
「裏切りじゃない。ただ、選んだだけだ。」
タタルは笑っていた。
目の下には濃い隈。腕には包帯。
だがその目だけが、異様なほど冷静だった。
「今夜、俺は“死ぬ”。そしてその死が、お前らを殺す」
「わけがわからねぇよ!」
「俺の能力は、理解されなくて当然だ。だからこそ――使える」
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斧が振り下ろされる。
タタルは避けなかった。
代わりに、自分の腹部へと短剣を突き立てた。
「!?」
次の瞬間、仕込んでおいた導火線が点火される。
──タタルの死を引き金に、村の井戸が爆発した。
ドンッ!!!
激しい轟音と共に、井戸を中心に地盤が崩れる。
周囲の建物も倒壊し、盗賊団の進行ルートが遮断される。
戦線は崩壊。村の住民たちはその隙に脱出。
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タタルの意識は、落ちていく。
(よし……逃げられる。今回は……意味のある、死だ……)
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カチ。
ロード音。視界が反転。
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次に目を開けたとき、タタルは村の脱出直後の世界線にいた。
すでに村は瓦礫に覆われ、炎の煙が空を覆っていた。
「……あれが……俺の死が、やったことか」
彼は立ち上がり、焼けた村の跡を見下ろす。
背後には、避難した住民たちの声がある。
「誰かが、仕掛けてくれたんだ」
「誰だろう……あの火薬、盗賊たちが使う前に使ったってことか?」
誰も知らない。
その“誰か”が、死ぬことで村を救った男だとは。
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タタルはその場を離れた。
名を告げず、声もかけず、ただ一人で歩いた。
(いいんだ。どうせまた、すぐ死ぬ)
だがその時、彼の中に奇妙な静けさがあった。
これは、自己犠牲ではない。英雄の行動でもない。
ただの“戦術”――戦場における最善手。
その割り切りこそが、タタルの新たな武器だった。
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