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第4話 裏切りよりも速く

第1章 死に戻り地獄の序章

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 目を開けた瞬間、タタルは自分の呼吸が浅くなっているのに気づいた。

「……また、ここか」

 夜の路地裏。石畳の隙間から、小さな虫が這い出ている。
 傍らには、三つ編みの少女――リン。

 彼女はいつものように小さな焚き火をいじりながら、軽い口調で言った。

「ねぇ、お兄さん、あんたも連れてこられたの?」

 まったく同じセリフ。
 声色も、間の取り方も。

 ……だが、タタルはもう笑わなかった。

 先の世界線で、リンに背中を刺された“あの痛み”が、背骨に焼き付いている。

(信じるな。殺されるぞ。先にやれ。先に、殺せ)

 心の中で、何度も繰り返した。

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 翌日、盗賊団の野営地。
 リンは今日も普通に振る舞っていた。タタルに笑いかけ、冗談を飛ばす。

「お兄さん、今夜逃げるの、どう? 昨日の話、まだ……」

「いいぜ」

 タタルは笑った。嘘の笑顔。
 未来が確定しているからこそ作れる、“殺しのための演技”。

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 その夜。
 林の中、二人きり。
 道の先には、森を抜ける小さな切り通し。

「じゃあ、あとはこの先を抜けるだけ――」

 リンが振り返る。
 その瞬間。

スッ……ッ!!

 何も言わずに、タタルは剣を抜き、リンの首を斬った。

 一歩も、踏み込んでいない。
 だが、リンの視界に入る前に、斜め上から真横に
――"予備動作ゼロ"の斬撃だった。

 リンの瞳が驚愕で見開かれる。

「……え?」

 声も漏らさず、彼女は崩れ落ちた。

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 夜の森に、静寂が戻る。

 タタルは剣をゆっくりと鞘に戻しながら、無言で血を拭った。

(心が痛まない……わけがない)

 だが、それでも「死ぬよりはマシ」だった。

 信じて刺されて死ぬより、信じずに殺す方が、まだましだった。

 その時、ふと背後に気配を感じる。

 ――カサッ。

「誰だ」

 タタルが振り返ると、そこには盗賊団の偵察役の少年がいた。
 彼は恐怖に顔を引きつらせていた。

「お……お前……リンを……!?」

 タタルは考えた。
 殺すか? このまま、死人を増やすか?

 だが――

「……見逃してやる。誰にも言うな。じゃなきゃ、お前の未来で、俺がまた殺す」

 少年は真っ青な顔で頷いた。

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 その夜。タタルは誰とも会話せず、焚き火の煙の向こうを見つめていた。

 リンの死体は森に埋めた。
 石一つ置かなかった。墓標すら不要だった。
 だって、彼女は次の世界線でまた笑うのだから。

 それでも、タタルの心にぽっかりと穴が空いた。

(これが……人を信じることの、結末か)

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 翌日、盗賊団は村を襲った。
 だがリンがいないことで、連絡係が乱れ、作戦は崩壊。
 タタルはあえて少し遅れて参戦し、内部から作戦を潰した。

 焼け落ちる村の中、タタルは誰も救わなかった。

 あえて、何もせず見ていた。
 救っても、殺されるのなら――もう、感情を削るしかない。

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