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第6話 死の記憶、殺意の軌道

第1章 死に戻り地獄の序章

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 タタルは三度目の死から目を覚ました。

「……また、ここか」

 夜の沼地。空は曇天。月の光も差さない。
 タタルは視界に映る「木の枝」だけで、ロードされた位置を正確に判断した。

 この位置。この枝ぶり。この湿度。

「第三ループ目、夜の沼。……次に来るのは、“あいつ”だな」

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 男の名はギルマス・ホロス。
 盗賊団《黒骸の鎌》の拷問係。

 前の世界線で、タタルはこの沼地でホロスに捕まり、
 膝の皿を砕かれ、舌を切られて、喉元から“虫”を入れられて死んだ。

 「生きたまま、体内で何かが蠢く」あの死だけは、どうしても忘れられない。

(だが、同じ敵なら、動きも癖も、俺の中に記録されている)

 ホロスは斧使いだが、その構えには明確な予備動作がある。
 彼は攻撃の前、必ず左の足を“半歩引く”。

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 草の擦れる音がした。

 ――来た。

「へぇ、また逃げもせず突っ立ってるとは……。お前、そういう趣味か?」

 ホロスは姿を現す。泥の中を歩く姿はまるで獣のよう。

 だが、タタルはすでに“戦術”を練っていた。

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(初回の死――斧を正面から受けて、肩を砕かれ死亡)
(次の死――逃げるふりをして、背中から斬られる)

 なら、今回は――“その両方の選択肢を踏ませる”。

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 タタルはあえて、ギルマスの目の前で斜め後ろへと一歩引いた。
 相手から見れば「逃げるように見える」動きだ。

「逃げ足の準備か? バカが」

 ギルマスが笑い、突っ込んでくる。予想通り、左足が“半歩引かれた”。

「そこだ!!」

 タタルは沼の泥を踏み込んで跳躍。
 ホロスの懐に潜り込み、逆手に持った短剣で膝裏の腱を切る。

「が、あっッ!?」

 声を上げたホロスの斧が横に振るわれるが、タタルは下に潜るように回避。

 そのまま、首元へ剣を振り上げ――

ズシャッ!!

 喉が裂け、血が夜空へ吹き出す。

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 タタルはホロスの倒れる音を背に、剣を拭った。

 静寂の中、泥に染まった足元だけが現実感を持っていた。

(死の記憶は、“攻略メモ”だ)

 自分の“死”は無駄ではない。
 何度も殺された敵は、何度も“同じ動き”をする。
 それを覚えていれば、次に活かせる。

「これが……“勝つための死”か」

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 だが、同時に思う。
 “死んで覚える”ことが当たり前になったら、どこまで死ねる?

 あと何回? 10回? 100回?
 それとも、死んだ数だけ“戦闘力”が上がるなら、千回でも?

 この思考自体が、タタルの人間性を少しずつ削っていることに、
 彼はまだ気づかない。

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 その夜、彼は初めて「殺すために死を利用した」
という満足感を覚えながら、泥の中で静かに目を閉じた。

(次の敵は、斧より速い奴だな……剣士か、それとも――)

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