第108話 誠の実家の日常
「誠!ちょっと揚げ物やるから手伝ってよ。皆さんはいいですよ、なんと言っても大事なお客さんですから」
顔を出した薫は暇そうにしている息子の誠に声をかけた。
「あ、薫さん、そんなこと言わないで下さいよ!私何か手伝いますよ!」
誠を制するように言ったアメリアだが、薫は優しく首を横に振った。
「駄目ですよ。やっぱりお客さんですもの……ねえ?誠、あなたが手伝いなさい。いつも手伝ってくれてるじゃないの」
息子の誠に笑いかける薫の表情にはアメリアがたぶん役に立たないだろうと悟ったようなところがあった。アメリアはしょんぼりとそのままこたつのカウラの隣に戻っていった。
「今日はてんぷらですから。うちのてんぷらはおいしいんですよ!ちょっと一工夫するだけで見違えるようにおいしくなって、まるでお店で食べてるような気分になれますよ」
そう二人に言うと誠は張り切って台所へと向かった。
「今日はアナゴと海老とかき揚げ。それにお芋があるわね……衣をつけるから揚げてね」
母の言葉を聞きながら誠は衣にまぶされた芋を暖められた油に投じた。
揚げ物をする音を聞くとアメリアとかなめは珍しそうに台所までやってきて、作業をする誠の様子の観察を始めた。
「揚げものって良いわよねなんだか。うちの寮は揚げ物禁止令が出てるから。なんでも島田君が揚げ物をしている時に席を外して火事になりかけた事が有ったとか無かったとか。それ以来寮則に揚げ物禁止って出てるのよ。まったく寮長自身が火事を起こしかけておいて規則を変えるだなんて間違ってるわよ」
いつの間にか背中に引っ付いていたアメリアに驚いて振り向いた弾みに油の入った鍋をのぞきに来たかなめに油が飛んだ。
「痛え!アメリア!テメエは邪魔だ!引っ込んでろ!」
すぐかなめがアメリアをにらみつけた。二人がにらみ合うのを薫は笑顔で眺めていた。
「まあ、二人とも。お客さんだから静かにしてね。暴れると本当に火事になっちゃうから」
さすがに余裕の笑みでごぼうとにんじんの入ったボールをかき混ぜている薫にそう言われると仕方なく二人はカウラがじっとテレビを見ている居間に向かった。
「あの手つきと様子。二人とも料理はできないんでしょ?」
アメリア達に聞こえないように芋を揚げている誠に向けて薫がささやきかけた。
「はあ……そうだね。確かに寮の食事当番は三人とも外されてるし」
小声で聞いてきた母に誠は苦笑いでそう言った。
「母さん、新聞は?」
降りてきた誠一が叫んだ。すぐに居間のカウラが立ち上がり誠一に新聞を手渡そうとした。
「いや、読んでいるならいいですよ。終わったら教えてください」
いつもの父とは違う照れたような調子を聞きながら誠はこんがりと揚がった芋を油から上げていった。
「お父さん、大根をおろすのお願いできない?」
無口に終始するカウラの相手が務まらないような夫を見かねて薫が誠一にそう頼んだ。
「ああ、任せておけ!丁度、そんな声がかかるんじゃないかと待っていたところなんだ」
着流し姿の誠一はそのままテーブルに置かれた大根の切れ端をおろし始めた。
「私も……」
誠一が立ち上がるのを見ると、カウラも新聞を置いて一緒に誠達を手伝おうと立ち上がった。
「クラウゼさんいいですよ。お客さんなんですから。誠!揚がったのはあるだろ?先に食べてもらっていたらどうだ?」
そう誠一に言われてすぐに立ち上がったのはかなめだった。無言で食卓に置かれた椅子を手に取るとすとんと座ってしまった。
「まったくかなめちゃんには自発的に手伝うとかそういう発想は無いの?ああ、私は汁作りますよ」
アメリアはそう言うとなぜか手馴れた調子で冷蔵庫を開いて麺汁とミネラルウォーターを取り出した。
「なんでそんなにあっさり見つけるんだ?」
食卓に座ったままかなめは冷蔵庫を漁るアメリアに向けて不審そうな顔を向けた。
「かなめちゃんと違って色々見ているわけ。だてにこの中で一番階級が高いわけじゃ無いの。さっき水を飲みに来た時見たんだから」
そう言うとアメリアはガラスの容器に麺汁とミネラルウォーターを注いだ。
「ごめんなさいね。誠!次はこれをお願い」
薫はそう言うと粘り気のある衣にまみれたごぼうとにんじんのかき揚げを手渡した。
「じゃあレンジしますね」
アメリアは大根をすっている誠一に一声かけると汁を温め始めた。
「なんだか……これが家族なのか?」
うれしいようなどこか入っていけないような複雑な表情のカウラが居間から台所を覗き込んでいた。かなめはもうテーブルに置かれていた芋を手に取るとそのまま塩をかけて食べ始めていた。
「かなめちゃん。ビールを取ってくるとかすることあるんじゃないの?まったくお姫様は下々のやってくれることに依存してばかり。役に立たないわね」
アメリアは厭味ったらしくかなめに皮肉を言った。
「分かったよ。取ってくりゃ良いんだろ?廊下に有ったケースの中ので良いんだな?こんだけ冷えるんだ。冷蔵庫なんて必要ねえだろ」
渋々かなめが立ち上がった。それを見てカウラも戸棚に向かって行って皿やグラスをテーブルに並べ始めた。
「ごめんなさいベルガーさん。ご飯が炊けたと思うから盛ってくれない?」
薫の言葉にカウラは珍しく仕事を頼まれたと目を輝かせた。そのまま茶碗を手に取るとすぐに炊飯器に向かっていった。
「どう?」
かき揚げが揚がったのを皿においていく息子に薫が声をかけた。
「これで終わり。次はアナゴですね」
「汁は温まりました!お父様、大根はいかがでしょうか?」
アメリアは色気のある声で戸惑う誠一に語り掛けた。
「え?……もうすぐだけど」
突然アメリアにお父様と呼ばれて困惑しながら誠一はすり終えた大根をアメリアに渡した。
「汁の濃さは自分で調節してね」
そう言うとアメリアはテーブルに汁を置いた。かなめはすぐに飛びついてそれを自分の皿に注いだ。そこにビールを持って戻って来たかなめは大瓶三本をテーブルに置くと、また座って芋のてんぷらを食べ始めた。
「食べるだけなのね、かなめちゃんは」
「余計なお世話だ。てんぷらは揚げたてを食うから旨いんだ。オメエも食え。さっきから見てるとオメエは邪魔ばかりしてる」
そう言いながらかなめはアメリアをにらみ続けた。誠は目の前のアナゴの色がついてくるのを見ながらそれを皿に盛り始めた。
「薫さん。ご飯……普通でいいですか?」
「ええ、皆さん結構食べるみたいですから」
不器用にご飯を茶碗に盛るカウラを見ながら薫はにこやかにそう答えた。
「アナゴできましたよ」
皿に盛ったアナゴを見るとすでに食べる体勢に入ったアメリアが満面の笑みで迎え入れる。まるで彼女達も家族になったような感じ、誠はそう思いながら部屋を見回していた。