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第107話 初めての夕べに

「どうも!いらっしゃい」 

 風呂から上がったかなめが突然背中から声をかけられて驚いた。テレビを見ていたカウラがそれを見て笑っていた。闖入者は誠の父、本来は今日は顧問をしている高校の剣道部の合宿の為にいないはずの神前(しんぜん)誠一(せいいち)だった。父の突然の帰宅に誠は驚いてテレビから目を離してそのいかつい姿を見上げた。

「いやあ、驚かせてすまなかった。実は今日は東都で高校剣道教育会の会議があったんだ。言わなくってすまなかった。連絡を入れようとしたんだが、決まったのが急だったのと電車のダイヤがタイトでね。でも、それにしてもなんだかこうして家にこんなに女の子がいると……華やかだな。誠、うれしいだろ」 

 誠より若干小柄でがっしりとした体形を揺らしてコートを脱ぎながら誠一はそう言った。

「いつも父さんは突然なんだから。それにそう言うのは本人達を目の前にして言わないほうがいいよ。特にこの人達には。うちは司法局や東都警察では『特殊な部隊』で通ってるんだから。その原因を作ってるのがこの人達。下手に褒めるとつけあがるよ」 

 誠の言葉よりも早くアメリアが反応していた。そのまま何事も無いようにかなめのところまで行くといつものかなめの黒いシャツの前の部分を引っ張って中をのぞきこんだ。

「はい、見ての通りノーブラ」 

 そう言った所でかなめの平手がアメリアに飛んだ。アメリアはまったく反省する様子も無く、驚いた表情を浮かべている誠一を面白そうな眼で眺めていた。

「貴様等、人の家に上がり込んでいると言う自覚は無いのか?ここは部隊の寮じゃないんだ。少しは遠慮くらいしろ」 

 またテレビから目を離してカウラはそう言って呆れたような表情を浮かべた。

 突然の出来事。誠には慣れていることだがさすがに父の誠一には一連のやり取りが理解できないらしかった。そのまま首をひねり黙って階段を上っていった。

「貴様等なじみすぎだぞ。ここは寮じゃ無いんだと何度言わせれば気が済むんだ。貴様等には人様の家にお邪魔していると言う遠慮と言うものは無いのか?」

 そう言いつつカウラが座っている席が実は誠一の帰宅時の定位置であることを誠は指摘する勇気が無かった。 

「カウラちゃんがよそよそしいのよ。ねえ、かなめちゃん!」 

 アメリアは完全になじみ切った様子でお気に入りのアニメキャラの描かれた半纏(はんてん)を着込んでそのままこたつにもぐりこんだ。

「うるせえ!アタシから見てもオメエはなじみ過ぎだ!もっと遠慮くらいしろ!」 

 かなめはそう言うと三人が泊まる予定の客間に向かう廊下を歩いていった。

「無愛想ね。そんなだから血圧高いって言われるのよ」 

「それ以前の問題だ。それにサイボーグに高血圧があるなんて言う話は聞いたことが無いぞ」 

 一言そう言ってカウラはテレビのニュース番組を眺めていた。自分にかまってくれないのが不服なのか、アメリアはしばらく誠を見て手を打った。そしてじりじりと間合いをつめてくるアメリアに誠は嫌な予感しかしなかった。

「じゃあ誠ちゃん、一緒にお風呂に入らない?背中流してあげるわよ」 

 ここでまたアメリアが誠にとんでもない提案をしてきた。昼間のかえでの異常性向を聞いてからと言うもの、アメリアの調子がどこかおかしいと思っていた誠だが、そう言う展開を見せるとは思わなかった。

「え?そんなの無理に決まってるじゃないですか!お断りします!」 

 誠はしばらくアメリアの糸目がさらに細くなっていくのを眺めていた。そしてじりじり近づいてくるアメリアだが、すぐにその後頭部にスリッパが投げつけられた。

「くだらねえ事はやめろ!オメエもかえでみたいな露出狂になってお巡りさんのお世話になりてえのか?アタシ等警察だろ?少しは自覚を持て」 

 スリッパを投げたのはかなめだった。アメリアは振り向きながら表情を満面の笑みに変えた。そのいかにもうれしそうな顔にかなめは驚いたように一歩下がった。

「へえ……そう言っておいて実はかなめちゃんが一緒に入ろうとか?二度風呂?のぼせるわよ」 

「そんなこと無い!馬鹿も休み休み言え!」 

 そうしてかなめはアメリアに背を向けて客間に向かった。そこに台所にいた薫が顔を出した。

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