第109話 ささやかな前祝
「じゃあ僕はビールでも飲もうかな……母さん、誠。先にやっているからな」
誠一はそう言うとかなめが持ってきたビールの栓を抜いてグラスに注いだ。ご飯を盛り終わったカウラもその隣の席に座った。
「誠。もういいわよ、あなたも食べなさい」
薫が海老に衣を着け終わるとそう言ったので誠はテーブルに移った。すでにカウラとアメリアはアナゴに取り付いていた。誠もビールを明けてグラスに注いだ。
「うまいなこれ」
かなめはそう言いながらサツマイモのてんぷらをおかずにご飯を食べた。
「イモ類にご飯を一緒に食べる。炭水化物の取りすぎだな」
そう言いながらカウラがじっくりと楽しむようにアナゴのてんぷらを口にしていた。
「海老も揚がったわよ」
薫はそれぞれのお皿にこんがりと色づいた海老を並べていった。それを見ながら誠は油の処理をするために立ち上がった。
「本当においしいわね。やっぱりしいたけもほしかったかも」
早速、揚がったばかりのかき揚げを食べながらアメリアはそう言った。
「ごめんなさいね。ちょっと買い忘れちゃって」
火を止めて油を固める薬を混ぜている誠の後ろで和やかな食事の光景が続いていた。
「でもおいしいですよ、このかき揚げ」
カウラの満足そうな顔を食卓の椅子に戻って誠は眺めていた。
「ビールもたまにはいいもんだな。こういう時はウィスキーの水割りとかを飲みたくなるもんだが、たまには良いもんだ」
かなめはそう言うと自分の手前の最後の海老に手を伸ばした。
「ちょっとかなめちゃん……ピッチ早すぎ」
かなめはビールをまるで水でも飲むように喉に流し込んでいた。
「テメエが遅いんだ。それにアタシにとっちゃビールなんて水みたいなもんだ。いくらでも飲める」
アメリアに口を出されて気分が悪いというようにかなめは自分の最後の海老を口の中に放りこんだ。
「……確かに早すぎるな」
「ビール追加します?」
「アタシが取りますからですよ、気にしないで」
薫の一言を断った後に立ち上がってかなめは廊下に向かった。
「自分でやるんだな、いいことだ。自分のことぐらい自分でしてくれないと困るんだ」
カウラの皮肉に振り返りにんまりとかなめは笑った。
「本当においしいわね。アナゴがふかふかで……」
満足そうにアメリアは茶碗を置いた。戻ってきたかなめが茶をすすっていた。
「でもよく食べたな」
誠並みに五本もえびを食べたカウラをかなめが冷やかすような視線で眺めていた。そう言われてもわざわざニヤニヤ笑って喧嘩を買う準備中のかなめを無視してカウラは湯飲みに手を伸ばした。
「そう言えば父さんは今日はうちの泊まって……明日は合宿場に戻るの?」
「そうなんだ。皆さんと年末を過ごしたいのは山々なんだが、これも仕事でね。毎年の事さ」
そんな誠の言葉に誠一はそう答えた。かなめもカウラもアメリアも誠一に目をやった。親子といえばなんとなく目も鼻も眉も口も似ているようにも見える。だがそれらの配置が微妙に違う。それに気づけば誠のどちらかといえば臆病な性格が見て取れる。そして誠一はまるで正反対の強気な性格なのだろうと予想がついた。