第78話 久しぶりの母との会話
「あのー本気ですか?アメリアさん……あのー」
アメリアに近づこうとする誠をサラとパーラが笑いながら遮った。呼び出しの後、アメリアの端末に誠の母、神前薫の顔が映った。
『もしもし……ってクラウゼさんじゃないの!いつも誠がお世話になっちゃって』
「いいんですよ、お母様。それと私はアメリアと呼んでいただいて結構ですから」
微笑むアメリアをカウラは敵意を込めてにらみつけた。烏賊ゲソをかじりながらやけになったように下を見ているかなめに誠は焦りを感じた。
『でも……あれ、そこはなじみの焼鳥屋さんじゃないですか。また誠が迷惑かけてなければいいんですけど』
母は誠の酒癖を知っているだけに何か口を滑らすのではないかと誠は気が気では無かった。
「今日は今のところ大丈夫」
サラ大きく頷きながらつぶやいた。誠はただその有様を笑ってみていることしかできなかった。
「大丈夫ですよお母様。しっかり私が見ていますから」
アメリアは自信たっぷりに薫にそう言い切った。
「なに言ってるんだよ。誠の次につぶれた回数が多いのはてめえじゃねえか。一番頼りにならねえのはテメエだろうが」
ぼそりとつぶやいたかなめをアメリアがにらみつけた。
「なんだよ!嘘じゃねえだろ!アタシは事実を述べたまでだ!嘘はついてねえ!」
かなめが怒鳴った。だがさすがに誠の母に知られたくない情報だけに全員がかなめをにらみつけた。かなめはいじけて下を向く。
『あら、西園寺のお嬢さんもいらっしゃるのかしら』
薫の言葉にアメリアは画面に向き直る。
「ええ、あのじゃじゃ馬姫はすっかりお酒でご機嫌になって……」
「酒で機嫌がいいのは貴様じゃないのか?アタシはこんくらいの酒なんざどうと言うことはねえよ」
今度はカウラが突っ込みを入れた。再びアメリアがそれをにらみつけた。
『あら、今度はベルガー大尉じゃないですか!皆さんでよくしていただいて本当に……』
そういうと薫は少し目じりをぬぐった。さすがにこれほどまで堂々と母親を晒された誠は複雑な表情でアメリアを見つめた。
『本当にいつもありがとうございます』
「まあまあ、お母様。そんなに涙を流されなくても……ちゃんと私がお世話をしますから」
そう言ってなだめに入るアメリアをランはただ呆れ返ったように見つめていた。その視線が誠に向いたとき、ただ頭を掻いて困ったようなふうを装う以外のことはできなかった。
「それじゃあ誠さんを出しますね」
「え?」
そういうとアメリアは有無を言わさず端末のカメラを誠に向けた。ビールのジョッキを持ったまま誠はただ凍りついた。
「ああ母さん……」
『飲みすぎちゃだめよ。本当にあなたはお父さんと似て弱いんだから』
薫はそう言ってため息をついた。
「やっぱり親父も脱ぐのか?すぐ脱ぐのか?」
ニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくるかなめを誠は押しやった。カウラもかなめを抱えて何とか進行を食い止めた。
『お酒は飲んでも飲まれるな、よ。わかる?』
「はあ」
母の勢いにいつものように誠は生返事をした。
「おい、クリスマスの話がメインじゃなかったのか?」
思い出したようなランの言葉にアメリアは我に返った。誠達に腕の端末の開いた画像を見せていた彼女はそのまま自分のところに腕を引いた。
『クリスマス?』
薫は不思議そうに首をひねる。
「いえ、カウラちゃんの誕生日が12月25日なんですよ」
アメリアはごまかすように口元を引きつらせながらそう言った。その言葉に誠の母の表情が一気に晴れ上がった。
『まあ、それはおめでたい日にお生まれになったのね!』
「ちなみに八歳です」
「余計なことは言うな」
かなめの茶々をカウラはにらみつけて黙らせた。それを聞いて苦笑いを浮かべながらかなめはグラスを干した。
『じゃあ、お祝いしなくっちゃ!でも何をすればいいのか……私もクリスマスに疎い遼州人ですもの』
そう言うとしばらく薫は考えているような表情を浮かべた。
「そうですね。だからみんなで一緒にやろうと思うんですよ」
アメリアの言葉にしばらく呆然としていた薫だが、すぐに手を打って満面の笑みを浮かべた。
『そうね、一緒にお祝いするといいんじゃないかしら?楽しそうで素敵よね』
何も知らない薫は満面の笑みを浮かべてそう言った。
「そうですよね!そこでそちらの道場に行ってお祝いをしたいと思うんですが。そちらの道場は尋ねてくる武闘家を客人として迎えるお部屋が沢山有るじゃないですか。私達もお邪魔したいなーと思いまして」
ようやくアメリアは神妙な顔になった。その言葉の意味がつかめないというように薫は真顔でアメリアを見つめた。
『うれしいんですけど……うちはただ客間が多いだけの普通の家よ。特にクリスマスとかしないし……それに夏にだっていらっしゃったじゃないの』
薫は戸惑ったようにそう言ってアメリアに遠慮する。
「でも剣道場とかあるじゃないですか。それに東和でも伝統ある『神前一刀流』の奥義を見ようと何人も武闘家が尋ねてきて、小さい頃は一緒に遊んでもらったって誠ちゃんも言ってましたよ」
食い下がるアメリアだが薫は冷めた視線でアメリアを見つめていた。
『道場はその日は休みだし、たしかうちの人も合宿の予定が入っていたような……』
そこで少し考え込むような演技をした後、アメリアは一気にまくし立てた。
「そんな日だからですよ。みんなでカウラの誕生日を祝っておめでたくすごそうというわけなんです」
アメリアを見ながらカウラは烏龍茶を飲み干した。
「完全に私の誕生日ということはついでなんだな。私が社会になじむと言うのもただの口実と言う訳だ」
乗っているアメリアを見つめながらカウラがぼそりとつぶやいた。
『そういうこと。じゃあ協力するわね。誠もそれでいいわよね!』
笑顔を取り戻した母に誠は苦笑いを浮かべた。
「まあいいです」
誠はそう答えることしかできなかった。その光景を眺めていたエルマが不思議な表情で誠に迫ってきたのに驚いたように誠はそのまま引き下がった。
「今の女性が君の母親か?随分と若いな……不死人か?」
エルマの言葉にかなめが頷いていた。ランは渋い顔をして誠を見つめているが、それはいつものことなので誠も気にすることもなかった。
「アタシもそう思ったんだよ。まるで姉貴でも通用するだろ?なにか?法術適正とかは……」
「母からは聞いていませんよ。そんなこと。それにそういう言葉はもう数万回聴きました。それにそんな数不死人が居たら東和は人であふれかえっちゃうじゃないですか。うちの部隊だって隊長とクバルカ中佐と島田先輩の三人も居るんですよ。この割合で東和中の人間が不死人ならそれこそ大問題です」
夏のコミケでいやになるほどかなめに話題にされた話を思い出してそう言って誠はビールをあおった。空になったジョッキ。ランの方を見れば彼女も飲み終えたジョッキを手に誠をにらみつけていた。
「じゃあ、ちょっと頼んできますね。クバルカ中佐は中生で、西園寺さんは良いとして」
「引っかかる言い方だな」
かなめはそう言いながらジンのボトルに手を伸ばした。
「じゃあ、誠ちゃん私も生中!サラとパーラの分も」
「私はサワーが良いな。できればレモンで」
エルマの言葉を聴いて誠は立ち上がった。そのまま階段を降りかけて少し躊躇する。
「まあ、神前君。注文?」
時間を察したのか春子が上がってこようとしていた。そして階下には皿を洗う音だけが響いていた。
「神前君、クバルカ中佐、サラちゃんと、それにクラウゼ少佐が生中。それにベルガー大尉とパーラさんが烏龍茶……でいいかしら?」
いつものことながら春子は注文を当ててみせる。
「それとお客さんがサワーが良いって言う話しなんですが……」
誠の言葉に春子は晴れやかな表情を浮かべた。
「それならカボスのサワーが入ったのよ。嵯峨さんがどうしてもって置いていくから司法局の局員さんだけが相手の特別メニューよ」
いつものように春子は嵯峨の話をする時は晴れやかな表情になる。それを見ながら誠は笑顔を向けた。
「じゃあ、お願いしますね」
そういうと誠は二階への階段を駆け上がった。そこには沈痛な表情のカウラがいた。
「エルマさんも来たいんだってよ。カウラちゃんの誕生日会」
アメリアの言葉にかなめは大きく頷いた。だが、明らかにカウラの表情は硬かった。普段なら呆れるところだがそういう感じではなくどう振舞えば良いのか戸惑っていた。そういう風に誠には見えた。
「駄目なのか?カウラ」
心配そうな表情でライトブルーの髪を掻き揚げるエルマの肩にカウラはそっと手を乗せた。
「そんなことがあるわけないだろ。私達は姉妹なんだ」
「じゃあ、お姉さん命令。二人とも特例のない限り参加すること。以上!」
アメリアは得意げに命令する。確かにカウラもエルマもアメリアから見れば妹といえると思って誠は納得した。
「おい、特例って……」
「馬鹿ねえ、かなめちゃんは。急な出動は私達の仕事にはつきものでしょ?」
そうアメリアに指摘されてかなめはふてくされる。だが、正論なので黙ってグラスのジンを舐める以外のことはできなかった。