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第53話 数寄者と呼ばれる男の乗る機体

 かつて法術師を創造した異世界文明が法術師の為の戦機として開発したシュツルム・パンツァーを模したオリジナル・シュツルム・パンツァー、『武悪』を積んだ輸送船が新港に入港しようとしていた。

「『武悪』ねえ……狂言の面の名前を呼称にするとはさすがに甲武人の貴族なんだな、嵯峨惟基と言うおっさんは。僕のオリジナルか……会ってみたい気もするな。でも今はあのおっさんはただの死なないだけの役立たず。その点僕はあのおっさんが持つべきだった力のすべてを持っている。抜け殻のおっさんに会ってみても仕方が無いか」 

 クリタはニヤニヤと笑いながら港の光に目を向けていた。

「でも嵯峨惟基は能力を失ってから『武悪』を使用して実績を積んでいる。抜け殻などと馬鹿にしているとあなたが逆に倒されるかもしれないわよ。それにあなたも同じ遺伝子で作られているのよ、何か感じないの?一体、何が嵯峨惟基から抜け落ちたのか。そしてその抜け落ちた力を何で補っているのか」 

 少女の言葉にクリタは一度顔を少女に向けるが、変わることの無い少女の表情に飽きて再び港に目を向けた。

「話は変わるけど、司法執行機関の法術使用の限定措置に関する法律。まあ試案が出来るのもそう遠くないだろうからね。その前に制限に引っかかる可能性のあるシュツルム・パンツァーを配備する。嵯峨と言う人は面白い人だね。嵯峨と言う人が抜け落ちた力を補っているのは所詮人間の知恵と経験と言うこと位なんじゃないかな?僕も経験を積めばすぐに嵯峨と言う人に追いつける。スタート地点が違うんだ。勝負にならないよ」 

 このとき初めて少女は笑みのようなものを浮かべて港を見つめていた。

 急に少女はドアを開いて車に戻った。少年がその様子にあっけに取られていると急に強い光が彼を包み込んだ。

「君達!そこで何をしている!」 

 東和警察の機動隊隊員と思われる二人の警官が車に近づいてくるのが見えた。それを面倒くさそうに見つめたクリタ少年は静かにファスナーを下ろすと小便を始めた。

「オジサン達!ごめんね。おしっこが……」 

 近づいてきた警官のうち、頬に傷のある巡査長の顔に笑みが浮かんだ。

「坊ちゃん、そんなところでしちゃ駄目だよ。近くに公衆トイレがあるはずだから……」 

 そこまで言ったところで太り気味の方が相棒のわき腹を突いた。彼の視線が車のナンバープレートに移るとその表情に驚きが走った。

「外ナンバー?地球の連絡事務所の専用車両ですか」 

 二人の表情が厳しいものに変わった。肩から提げていたカービン銃に手をかける二人。それを見て運転席の男は車から降りた。

「すみませんね。カクタとか言う町の交流イベントの帰りでしてね」 

 男の言葉を口をあけて聞いていた警官も相手が大使館の関係者と聞いて、ヘッドギアに付けられた通信機で本部に連絡を送った。

「本当に申し訳ないね。おう、ジョージ。済んだか?さっさと帰らないとお父さんが心配するよ」 

 クリタ少年は警官達が神妙な顔で本部との交信を続けているのを見て舌を出しておどけてみせた。そんな彼を軽蔑のまなざしで少女が見上げる。一瞬止んでいた北風が再び彼らの間を吹きぬけていくのを感じていた。

「そうですか。本部から後で連絡事務所に確認が行くと思いますので」 

 太った警官の言葉に男は愛想笑いを浮かべた。

「本当にお手間を取らせましたね。それにしてもずいぶん派手に照明を使っての搬入作業ですねえ……何を運んできたんですか?」 

 そんなジョージの何気ない言葉に警官達はピクリと反応した。それを見て車に乗り込もうとしていたジョージはドアに手をかけたままじっとしていた。その瞳は興味深げに警官達の反応を観察することに決めたように車の屋根をぎょろぎょろと見回した。

「残念ながらお答えできかねます。特に地球の方には関係のない話ですので」 

 警官の表情が凍りついた。男はさらに質問をしようと思うが、上司からの指示『目立つことはするな』と言う一言を思い出した。

「じゃあ、お仕事がんばってくださいね」 

 そう言って男は運転席に身体を沈めた。それを見てクリタ少年は素早く車に乗り込んだ。

「お答えできませんだって!馬鹿じゃないの?あの中身が化け物みたいに強いって言われているシュツルム・パンツァーだってちょっと調べれば僕だってわかるよ」 

 クリタ少年はいかにも楽しそうにそう言って少女に笑いかけた。

「仕方ないですわ。それがあの方達のお仕事ですもの。それにあなたの見ているネットはアメリカ軍の軍事機密も見ることが出来るネットですもの。誰だってあのネットを経由すれば調べられることですわ」 

 後部座席に座る二人のとりとめのない話題に苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ見物はこれくらいにしようか」

 男はそう言うとそのまま車をバックさせた。

「運転は慎重にしてよ。ここで事故ってさっきの警察官に救援を呼ばれたら面倒なことになるからね」

「言われなくても……」

 クリタ少年の言葉に苦笑いを浮かべながら男は車を国道に続く側道に向けた。

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