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第52話 遠い星から来た小さな監視者

 冬の夜。冷たい山脈越えの乾いた北風が髪をなびかせた。小型の赤外線反応式暗視双眼鏡を手にした少年は小高い山の上からじっと東和でも屈指の軍港である新港に浮かぶ貨物船を眺めていた。

「ずいぶんとまあ慎重なことで。さすがに『あれ』を運ぶにはあのくらいの護衛をつけたくなるのもわかるな。『あれ』に僕が乗ったりしたら、あのマコト・シンゼンの『光の剣(つるぎ)』どころじゃない威力の物が出せそうだもの。しかし、『壊れた法術師』が乗るには不釣り合いだな。いっそのことこのまま僕達で奪ってしまって僕専用機にしてしまおうよ」 

 そう言って少年は隣の背の高い少女に双眼鏡を手渡した。

「あんなもの見る必要なんて無いわ。このまま『あれ』が何事も無く豊川市の菱川重工の中の司法局実働部隊に届くのを見守る。それが任務ですもの。それに『あれ』はあなたの物にはならない。あなたの物は現在南都で調整中。今は『あれ』が第三者の手に渡ることは合衆国としても許しておくわけにはいかない。それだけの話ですもの」 

 手渡された双眼鏡はアメリカ製の高級乗用車の運転手から顔を出している背広の男に渡された。

「寒くないのか?君達は。遼州人は寒さに強いのかね。地球人の僕にはこの寒さは耐えきれないよ。恋も寒さも知らない超能力者だらけの異星人なんて、遼州人は本当に理解不能だね」 

 男はうすいデニム地のジャケットを引っ掛けている少年を見上げた。少女も薄手のセーターを着込んだだけの格好で冷たい北風の中に立っていた。少年、ジョージ・クリタはうれしそうに男から再び双眼鏡を受け取って、煌々と夜間作業で貨物船から運び出されるコンテナを見つめていた。

 空中にいくつか点のようなものが見えた。それが東都警察の空中待機中のドローンであることはクリタ少年にはすぐに分かった。それだけ重要なものが輸送されている。その事実をそのドローンは物語っていた。

「厳重な警戒とはこういうことを言うんだろうね。実際、法術関係の捜査機関が先日の同盟厚生局の暴走で再編成を迫られている時期だ。その混乱期にこれだけの護衛を付けられるとは、宇宙でも一番の豊かさを誇る東和ならではと言うところかな。さすがだね」 

 クリタ少年は笑顔でドローンが行きかう様を見上げていた。

「感心しているばかりじゃいけませんよ。ドローンの監視の目は地上にも向いている。いくら一般人の見物客を偽装していると言っても我々に注意を向けない保証はない。気を付けなさい」 

 胸の辺りまでの身長しかないクリタ少年をたしなめるように少女はそう言った。男は正直、彼女の無表情が恐ろしかった。

 法術師の存在は、地球人がこの星の先住民族『リャオ』と出合って数年で植民を始めた地球各国の首脳には知らされていた。そしてそれは入植の中心的役割をになっていたアメリカ軍の研究対象となった。

 第二惑星で硫酸の空を無毒化すると言う無茶のあるテラフォーミング業務とコロニー建設の護衛を勤めていた甲武での旧日本出身の軍人による叛乱や、入植者と先住民の結束した地球からの独立運動により地球は遼州経営を諦めることになった。だがその後も地球の列強と遼州星系の国家は遼州からの出稼ぎの移民があらぬ差別を受けることを危惧して法術師の存在を隠していた。そして利害の一致した遼州諸国と連携して法術関係の技術の無期限凍結に関する条約を結ぶことになった。

 それから四百年。一人の冴えない青年、神前誠の示した法術の力が各国に法術師の存在を思い出させることになった。秘密裏の研究ばかりだった法術関連技術は白日の下に晒され、違法研究を行っていた研究者の断罪を叫ぶ声が日に日に増しているところだった。

「遼州に絡むと面倒なことが起きる。今回の赴任も失敗だった」

 男は二人の隙を突いてそんな本音を漏らしていた。

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