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第162話 死神ちゃんと覗き魔③

 死神ちゃんが〈|担当のパーティー《ターゲット》〉目指してぷよぷよと漂っていると、それと思しき冒険者の方から走り寄ってきた。彼は一瞬足を止めると、先ほどよりも速い速度で再び走りだした。そして浮遊している死神ちゃんの腰を両手でガッシリと掴むと、絶望の滲んだ声で叫んだ。


「何で短パンなの!? 何でスカートを穿いてないのよ! これじゃあ桃源郷が拝めないじゃないでしょうが!」

「うるせえよ! 誰も、お前を喜ばせたくてワンピース着てるんじゃあないんだよ!」


 死神ちゃんは怒り声をひっくり返すと、いまだ腰を掴んで離さないドワーフ――スカートの中を覗き見るのが趣味という覗き魔の顔をゲシゲシと蹴った。彼は無様な呻き声とともに「やめて!」と繰り返しながらも、死神ちゃんがズボンを穿いていたことへの憤りを主張するかのように、掴んだ腰を必死に離さずにいた。
 しばらくして、覗き魔はようやく死神ちゃんを開放した。物悲しそうにしょんぼりとする彼を睨みつけると、死神ちゃんは一転して意地悪な笑みを浮かべた。


「お前、また一人なのか。とうとうパーティーに見捨てられたか」

「残念。今回も一人でアイテム掘りに来たんですー」


 除き魔は両手でバツを作って口を尖らせた。死神ちゃんはイラッと来るのを抑えながら「何を掘りに来たんだ」と尋ねた。すると彼は爽やかな笑みを浮かべて「夏、ですね」と言った。死神ちゃんが顔をしかめると、彼は尊いものを愛でるかのような語り口で話しだした。


「想像してください……。今日は一時限目が体育の日なんです」

「なんだ、もしかして、また女子校生か」

「そうです。では、想像してください……。この日の体育は水泳なんです。同じ女子とはいえ、友だちの前で着替えるのが面倒くさいA子ちゃんは家で水着を着てきました。――もちろん、スク水ですよ? スク水! A子ちゃんはね、去年よりもちょっとお育ち遊ばしたんです。だからですね、こう、ちょっと、スク水が体に対してほんのちょっぴり小さくなっていてムチムチなんですよ! 分かりますか!? ムチムチなんです! でも、買い換えるほど小さくなったわけではないから、そのまま着ているんですよ! ――そうしますとね、おしりのお肉辺りがちょっと食い込み気味になったり、はみ出たりするわけです。動くたびに、それが気になるわけです! 気になって気になって、もぞもぞしちゃうわけです! ……そんな桃源郷を、ワタシは見たい!!」


 力強く拳を握ると、覗き魔はクワッと目を見開いた。汚らしいものでも見るような目つきで彼をつかの間見つめると、死神ちゃんは抑揚のない低い声で小さく「ホント、変態だな」と早口で吐き捨てた。彼は動じることなく、喜々として続けた。


「スカートの下に顔を突っ込んで拝んだ時の見え方ももちろん重要だけれどもね、こう、引きで見た時の下半身全体カットも重要だと思うのよね!? 風でスカートの裾がふわっとたなびいて、スカートの下の楽園が見えしとき! スク水から伸びる麗しの太もものその下は、膝上ハイソ――いわゆるニーソってやつがいい! でも、くるぶし丈も捨てがたい! ――さあ、死神ちゃんはどっち? どっちの靴下で水着を着たい!?」

「着ねえよ! ふざけるな!!」


 覗き魔は、再び血眼で死神ちゃんの腰にしがみついてきた。死神ちゃんは鬼の形相で、彼の顔面に鋭いチョップを入れ続けた。
 彼は気を取り直すと、いそいそと五階の水辺区域へと降りていった。そして彼は水着をドロップしそうな|半魚人《マーマン》などと丁寧に戦った。しかし、それらしいものを入手することは出来なかった。


「本当に水着なんてドロップするのかよ。ていうか、俺、もう飽きたよ。そろそろ帰りたいし、とっとと死んでくれないかな?」

「ドロップ情報は確かなものだし、おいらだって必死なのよ!? それを〈飽きた〉の一言で片付けるのは、どうかと思うんだよね!?」


 呆れ果ててため息をつく死神ちゃんに、覗き魔が不服げに地団駄を踏んだ。死神ちゃんは退屈げに欠伸をすると、傍らにいたセイレーンの羽毛に顔を埋めた。覗き魔は苦い顔を浮かべると「()()、絶対に起こさないでね」と注文をつけた。
 しばらくして、覗き魔はそれらしいものを拾ったようで、それを手にいそいそと死神ちゃんへと近づいてきた。ほくほく顔で衣類の入った包みを開けた彼が固まったのを見て、死神ちゃんは不思議そうに首を傾げた。


「何だよ、ようやくゲットしたんじゃなかったのか」

「いや、うん、そうなんだけれどもね。これはちょっと違うかな」


 言いながら彼が掲げたそれは、亀の甲羅に紐のついたようなものだった。


「えっ、それだけ?」

「うん、これだけ」

「どうみても女性用ではないよな」

「うん、違うと思うね」

「男性用としても、アレだな。まるで原住民族が身につけてるような、ペニ……」

「それ以上言わないで! 心が! 心が痛くなるから!」


 覗き魔は滝のように涙を溢れさせながら、死神ちゃんの言葉を遮って悲痛な叫びを上げた。そのせいでせっかく寝ていた()を起こしてしまい、彼はそのままデスメタルの旋律に乗って死の世界へと旅立っていった。



   **********



 待機室に戻ってくると、ピエロがいつになく真剣な眼差しでモニターを眺めていた。彼女は死神ちゃんが帰ってきたことに気がつくと、死神ちゃんのほうを向いて口を開いた。


「アレさ、今グレゴっちに聞いたんだけど、女性用もあるんだってさ。いちおっぱいにつきひとつの甲羅でブラ状になってるそうだけどさ、ちょ~っとばかしデザインが美しくないよねえ」


 死神ちゃんは適当に相槌を打った。すると、クリスがニコニコと笑いながらピエロに向かって言った。


「そう言えばさ、夏休みに社員旅行で海水浴に行くらしいじゃん? あんた、もう水着は用意した?」


 ピエロは得意気に胸を張ると、まだ購入はしていないが候補は決めてあると言ってデザインの説明を詳細にし始めた。そのひとつが、去年死神ちゃんがアリサとケイティーに着せられたものと同じだった。

「あの亀ビキニ着ればいいじゃん。美しい人は何を着ても美しい、でしょう?」

「そうだけど! でも、美学に反するものはいやなんだってば!」

 ニヤニヤと笑うクリスに、ピエロがプリプリと頬を膨らませた。そんな二人のやり取りを聞き流しながら、死神ちゃんは「今年は自分で適当な水着を用意しよう」と決めたのだった。




 ――――なお、男の子用のハーフパンツのような水着に上はTシャツという出で立ちをチョイスしたら、ケイティーが泣き崩れて思わずギョッとしたのDEATH。

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