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第163話 死神ちゃんと町内会長②

 前方を歩いている〈|担当のパーティー《ターゲット》〉と思しき冒険者たちを見つめながら、死神ちゃんは悪い顔でニヤリと笑った。そして、死神ちゃんは天井スレスレを静かに移動すると、街の自治会が運営する自警団というような雰囲気を醸す彼らの中の、一番偉そうなおっさんのハゲ頭をぺちりと叩いた。仲間にからかわれたとでも思ったのか、おっさんは顔を真っ赤にさせると後ろを歩く二人のほうを振り向いて睨みつけた。


「違いますって! 会長、うしろうしろ!」


 若い二人はおっさんの後ろで変顔をキめる死神ちゃんを必死に指差した。顔をしかめたおっさんは、二人に促されるまま前に向き直った。しかし、そこにはすでに誰もおらず、おっさんはさらに激高して勢い良く二人を振り返った。
 死神ちゃんはおっさんが二人を怒鳴る前にもう一度ハゲ頭をひと叩きした。怒り顔のまま、おっさんは死神ちゃんのほうを振り向いた。死神ちゃんはおっさんの眼前にふよふよと浮いたまま、にこやかな笑みを浮かべた。


「どうも、お久しぶりです。死神です」


 若い二人は互いを抱きしめあうと、ギャアと情けない声で叫んだ。おっさんは怒り顔を真っ赤にすると、死神ちゃんに掴みかかった。


「去年の年末は、貴様のせいで大変な目に遭ったのだぞ! 分かっておるのか!」

「いや、別にアレは俺のせいじゃあないだろうが。お前らの探していたモンスターがグロ系だったっていうだけで……」


 おっさん――ここから結構離れたところにある町の町内会長は死神ちゃんの両肩をがっしりと掴むと、言葉にもならないような文句を垂れ流しながらしきりに死神ちゃんを揺さぶった。気持ちの悪くなった死神ちゃんがへろへろと地面に着地すると、町内会長は肩を弾ませて荒い息をつきながら乱暴に手を差し出してきた。


「町内会費、払ってくれるというのならば許してやろう」

「払わないから! そもそも、このダンジョンはお前らの町内にあるわけではないだろうが!」


 死神ちゃんに鋭く睨みつけられた町内会長は、悔しげに舌打ちをひとつした。気を取り直して、死神ちゃんは彼らに「何をしに来たのか」と尋ねた。すると町内会長は偉そうにふんぞり返って咳払いをひとつした。


「貴様は知るまい。ここより遠い東の国に〈盆踊り〉という夏のイベントが有るということを」

「いや、知ってますけど」

「何だと!? 死神風情が、偉そうな!」


 町内会長は指を指し、歯を剥いて地団駄を踏んだ。死神ちゃんは面倒くさそうにそれをあしらいながら〈続きを早く話せ〉というジェスチャーをとった。すると、町内会長は再び咳払いをして、偉そうに話し始めた。
 何でも、彼の町では夏場にイベントというのは特に行ってはいないのだそうだ。しかし、「是非とも夏場にも観光客にお越し頂きたい。お越し頂いて、ジャブジャブと金を落としていって頂きたい」と思い、新たに催しを企画することにしたのだとか。


「東の遠い国にまで行かずとも手軽に参加できるとあっては、確実に観光客も増えるというものだろう。どうだね、目の付けどころが良いとは思わんかね?」

「でも、だからって、何でそれでダンジョンなんかにやってくるんだよ」


 死神ちゃんが訝しげに眉根を寄せると、町内会長はニヤリと笑ってもったいぶるかのように言った。


「ここには、冒険者の間で〈死霊の盆踊り〉と呼ばれる場所があるそうじゃあないか」


 思わず、死神ちゃんは眉間のしわを一層深めて押し黙った。確かに、このダンジョン内には冒険者達から〈死霊の盆踊り〉と呼ばれている場所がある。三階にあるゾンビ部屋が、まさにそれだ。しかしながら、特にゾンビが盆踊りしているというわけでもなく、ただひたすらに呻き声を上げながら広い部屋の中を徘徊しているだけなのだ。


「いや、あれは参考になるようなもんでもないと思うがな……」

「何おう!? 噂では、ある特定の時間になるとゾンビが一心不乱に踊り出すのだそうだ」

「いやあ、そんなのは見たこともないなあ……。一心に()()しているとは思うが」


 死神ちゃんが首を捻ると、町内会長は文句でも言いたげに前かがみになって腕をバタバタとさせた。しかし、彼は気分でも切り替えたのか、すぐさま再びふんぞり返った。


「視察も出来て、ダンジョン産のアイテムを売り払って小銭稼ぎも出来て、一粒で二度美味しい! やはりダンジョンというものは素晴らしい!」

「視察するのは勝手だが、その前に俺を祓いに行ってくれよ」

「貴様を連れ歩くのは嫌だからそうしたいのは山々なのだが、もうそろそろ()()()()なのだ。今回も、とことん〈遠足〉に付き合ってもらおうじゃないか」


 そう言って高らかに笑う町内会長を尻目に、死神ちゃんは盛大にため息をついた。

 ゾンビ部屋にやってくると、彼らはいそいそと高台に登り膝を抱えて座った。そして彼らは、懐から取り出した懐中時計と眼下を蠢くゾンビ達とを交互に見つめながら、今か今かとその時を待った。


「そろそろ始まる頃だぞ……」


 両隣にいる若者へとちらちらと視線を送りながら、町内会長は囁くように言った。そして彼が再び眼下を見下ろすのと同時に、徘徊していたゾンビの動きがピタリと止まった。
 不規則に聞こえていたゾンビたちの小さな呻き声が、ゾンビが微動だにしなくなるのと同時にまるで合唱のように合わさってきた。微かに聞こえるその音楽に、死神ちゃんは思わず顔をしかめた。

 肩を僅かに揺らしてリズムを取っていたゾンビ達たちは、軽くステップを踏み始めた。そして首をカクンカクンと小気味良く傾けると、手を叩き、腰を振りながら激しいダンスを踊り始めた。
 左右に腕を振り振りしながら楽しげにリズムを刻み、前進するゾンビを眺めながら「難しいな、覚えられるかな」と町内会長が額に汗を掻いた。その後方で浮遊しながら下を見下ろしていた死神ちゃんは、呆然と目を見開きながら心の中で叫んだ。


(違う! これは明らかに盆踊りとは違う! これ、某伝説のミュージシャンの音楽用PVだろ!)


 いつの間にか、町内会長たちはゾンビ達の真似をして踊り始めていた。違う、こうじゃないと首を捻りながら一生懸命に身体を動かす彼らの前に着地すると、死神ちゃんは彼らが絶賛練習中のムーンウォークを披露してみせた。
 町内会長は悔しそうに顔を歪めると、死神ちゃんを見下ろして唸った。


「くっ……死神風情が、こしゃくな……」


 死神ちゃんは得意気にニヤリと笑うと、ゾンビ達が踊っているのと同じダンスを易々と踊り始めた。悔しそうに歯噛みしながらも、町内会長たちは必死になってダンスについていこうと頑張った。しかし――


「うわああああああ!?」


 町内会長たちは突如、ゾンビの濁流に呑まれた。普段は高台になど登っては来ないゾンビが、急に押し寄せてきたのだ。
 そのまま、彼らはホールへと引きずり降ろされた。ゾンビを掻き分けて、彼らは必死に逃げ惑った。何とか脱出できたかと安堵の色を見せたのもつかの間、彼らに大きな影が差した。彼らが下向かせていた視線をゆっくりと上に上げると、そこには巨大なゾンビがそびえ立っていて、今まさにバールのようなものを振り下ろそうとしているところだった。
 哀れな彼らの絶叫と灰化達成の知らせをバックミュージックに、死神ちゃんはリズムを刻みつつムーンウォークをしながら、壁の中へと姿を消したのだった。



   **********



 待機室に戻ってくると、クリスが心なしか不満気な顔を浮かべていた。どうしたのかと尋ねてみると、彼は口を尖らせた。


「夏祭りで思い出したんだけれどさ、先月、あったんでしょ? 〈|裏世界《こっち》〉でも。しかも、それに併せてお泊り会をしたんだって? ピエロがすっごい自慢してたんだよ。ずるいよ」

「そうは言っても、お前にとっての〈ある意味、異性〉ばかりの会だぞ? 一緒に風呂に入ったり、同じ部屋で寝るの、恥ずかしいだろう?」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、クリスはしかめっ面をほんのりと赤らめて「そうだけどさ」と呟いた。


「ていうか、それ言ったら、|薫《かおる》だってそうじゃん。薫は恥ずかしくないわけ?」


 じっとりと見つめてくるクリスから目を逸らすと、死神ちゃんは「そろそろ昼飯の時間だな」と朗らかに言った。何事もなかったかのようにスタスタと待機室をあとにする死神ちゃんの背中を、クリスはプリプリと怒りながら「私も一緒する!」と追いかけたのだった。




 ――――死神ちゃんのムーンウォーク撤収は他の冒険者に目撃されていたようで、〈楽しげに、滑るように後退しながら壁の中へと消えていく幼女〉の噂は六階の〈恐怖の浄瑠璃人形〉に次いで人気の〈この夏の、怖い話〉となったそうDEATH。

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