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第161話 死神ちゃんとたかし

 死神ちゃんは二階に降り立つと、地図を確認して首を傾げた。〈|担当のパーティー《ターゲット》〉の位置に変化が全く無かったからだ。根菜の巣などの〈特に冒険者が時間を忘れて留まりそうな場所〉やモンスターの出現が少ない〈まあまあ安全な場所〉というわけでもないのにだ。
 とりあえず、死神ちゃんは地図通りの場所に向かってみることにした。すると、そこには一人の冒険者が倒れていて、死神ちゃんの現場到着と同時にとり憑き不能状態となった。――つまり、死んだのだ。

 死神ちゃんは霊界に降り立った冒険者の姿を見た。すると、彼は同階層にある祝福の像へと向かっているようで、死神ちゃんは先回りすることにした。
 像の近くまでやって来ると、ちょうどターゲットが生き返る瞬間を目の当たりにした。思わず、死神ちゃんは驚きの表情で叫んだ。


「たかし!? お前、たかしじゃあないか!」

「えっ、君、誰だい? 僕、|小人族《コビート》の知り合いなんていないはずだけど……。どこかで出会ったこと、あったかなあ?」


 言いながら、彼はポーチから飴玉を取り出すと、笑顔で死神ちゃんに差し出した。それは以前、彼の祖母からもらったものと同じ飴玉だった。
 飴玉を受け取りながらたどたどしく礼を述べると、死神ちゃんはたかしを見上げて尋ねた。


「お前、たかしで合ってるんだよな? ばあちゃんに楽させてやりたくて、冒険者になったっていう」

「うん、そうだよ。……えっ、何? 僕、もしかして知らないうちに有名人にでもなってるの!?」


 彼は、照れくさそうに頭を掻いた。
 たかしは、小さな村で祖母と二人暮らしをしていたそうだ。両親は出稼ぎのために他国へと渡っているそうで、時折送られてくる仕送りで慎ましやかな生活を送っていたという。その仕送りだけでも生活を送れなくはないのだが、両親に代わってここまで育ててくれた祖母にもっと楽をしてもらいたいとたかしは思ったのだとか。
 しかし、村での仕事では稼げる額などたかが知れており、どこかで徒弟にしてもらったとしても、仕送りできるようになるまでにかなりの時間を要する。学歴をつけていいところに就職というのも考えたのだが、進学が望めるほどの学もない。なにせ、単純な計算にりんごを用いらねば計算出来ないどころか、計算の途中でイライラしてきてりんごを握りつぶし、次は貴様の番だと家庭教師を脅してしまうほどなのだ。匙を投げた――恐れをなしたとも言う――家庭教師から「いっそのこと、その怪力を活かして冒険者にでもなればいい」とアドバイスされ、たかしは冒険者になったそうだ。

 死神ちゃんはその話を聞きながら、たかしの祖母に会ったことを話そうとした。何故なら、祖母は便りを寄越さない孫を心配して、ダンジョン内を|彷徨《さまよ》っているのだ。彼が便りさえきちんと出せば、ダンジョンを徘徊するお年寄りを一人減らすことが出来るのだ。そうすれば、たかし的にも安心だろうし、ダンジョン側もダンジョン攻略に手が届きそうな強者が一人減ってくれてありがたいことこの上ない。
 よし、話そう。――そう思って死神ちゃんが口を開きかけた矢先に、たかしはモンスターと遭遇した。そして思わず、死神ちゃんは叫んだ。


「たかし、お前、弱すぎるよ!」


 目の前では、コボルト一匹に瀕死まで追い込まれたたかしがぷるぷると震えていた。命からがら逃げおおせたたかしは、何とか回復の泉までやってくると崩れ落ちるように泉の中に顔を突っ込んだ。
 そのまま彼が微動だにしなくなるのを、死神ちゃんは呆然と見つめていた。一応生きていて水を飲めているようで、たかしは癒やしの光に包まれながら清々しい笑顔で起き上がった。


「ふう、危なかったー」

「いやいやいや、危なかったって! あのくらいのモンスター、空き時間のちょっと暇つぶし程度に冒険しに来る主婦の方々ですら易々と倒してるぞ? お前、りんごを握りつぶせるほどの怪力自慢なんだろう? それで何で瀕死になってるんだよ!」

「えっ、世のご婦人ってそんなに強いの!?」


 たかしはギョッとして目を剥いた。死神ちゃんは、開いた口が塞がらなかった。そして、あのばあちゃんの孫だと頷けるほどの怪力を持っていながら、こうも戦いのセンスは似ないというのも残念な話だと死神ちゃんは思った。もしや、ばあちゃんは孫のこの壊滅的な戦闘センスの無さを知っていて、それで「もしかしたら、どこかで野垂れ死んでいるかも」と思い死体回収業を始めたのだろうか。むしろこれなら、たかしよりもばあちゃんが冒険をしたほうが、ひと財産築けるのではないだろうか。
 とにもかくにも、ばあちゃんのことを伝えようと死神ちゃんは思った。もうどうせなら、ばあちゃんにパーティーを組んでもらえとアドバイスしようとも思った。しかし、そう思って口を開いたのと同時に、たかしはまたモンスターと遭遇した。


「たかし!? ちゃんと敵の動きを見ろよ! お前、そんなんじゃあいつまでたってもばあちゃんを楽になんてさせてやれないよ!?」


 死神ちゃんは、回復の泉からザバリと顔を上げてすっきりした表情を浮かべるたかしに向かって声をひっくり返した。たかしは表情を暗くすると、肩を落としてポツリと言った。


「おかしいなあ。今まで貯めてた小遣いを全部はたいて、きちんとした装備を揃えたはずなのになあ」

「いやだから、装備の問題じゃないから!」

「おかげさまで、その日の宿代も稼げないから、住み込みアルバイトしながら冒険してるんだよ。もう少し、冒険だけで稼げるようになると良いんだけれど」

「だから、装備の問題じゃないから!」


 ぎゃんぎゃんと声を荒げながら地団駄を踏む死神ちゃんを、たかしは不思議そうに眺めた。
 早いところこいつにばあちゃんのことを伝えて、とっととダンジョンから出て行ってもらおうと死神ちゃんは思った。しかし、やはりそれを伝えようとするタイミングで、たかしは戦闘をしはじめてしまった。
 たかしはオークを相手に必死になって戦っていた。もちろん、一対一だ。彼はご自慢の怪力で、盾で受けたオークの攻撃を力任せに押し返していた。その様子を、死神ちゃんは手に汗握って見守っていた。今度こそ、たかしが瀕死になることなく敵を倒す瞬間に立ち会えるのではと期待した死神ちゃんだったが、それも虚しくたかしは膝をついた。


「そんな程度で死ぬなよ! 生きろよ、たかしいいいいいい!」


 サラサラと灰と化していくたかしに歯痒い思いを抱きながら、死神ちゃんは叫んだ。まさか、巷のご婦人でもかすり傷程度で終わるような攻撃で命を落とすとは。
 死神ちゃんは、結局ばあちゃんのことが伝えられずじまいになったことに気がついてハッとした。そして深いため息をつくと、すごすごと壁の中へと消えていったのだった。



   **********



 待機室に戻ってくると、クリスがモニターを見上げながら苦い顔をしていた。あれが例のばあちゃんの孫だというのを知り、何やら思うところがあるようだった。その横で、鉄砲玉が思案顔で首を傾げていた。どうしたのかと尋ねると、彼は死神ちゃんに向かって言った。


「りんごとたかしと言えばよ、算数の教科書の代名詞みたいなもんだろう? あれって、何でたかしなんだ? 一郎とか太郎とか、何でも良いだろうにさあ」


 日本人でありながら、諸事情により日本で生活したことがほとんどなかった死神ちゃんは鉄砲玉を〈何言ってるんだ、こいつ〉という目でじっとりと見た。死神ちゃんは、りんごとたかしを知らなかったのだ。周りのみんなもぽかんとした表情で鉄砲玉を見つめていて、彼は死神ちゃんをまるで裏切り者でも見るかのような目で睨みつけた。
 死神ちゃんはわけがわからないと言わんばかりに肩を竦めると、再びダンジョンへと出動していったのだった。




 ――――孫がばあちゃんを安心させてやれる日は、まだまだ遠そうなのDEATH。

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