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新メンバー加入の巻

事務所に着くと、マリエさんがメンバー全員をハイタッチで迎えてくれた。
「やったじゃない。話題先行だけど、滑り出しは順調よ。この勢いを売り上げに変えていかなきゃね」
 そう言うとテレビを指差した。ワイドショーでは早速、メキシコ帰りの逆輸入バンドとか、伝説の歌姫を目覚めさせた謎の覆面ミュージシャンなんて面白おかしく取り上げられていた。
「いやー、まじで良かったっすよ。でも、めっちゃ長旅で疲れたっす」
 楽器を地面に置き、覆面を脱ごうとした時、マリエさんが叫んだ。
「何してんのよ、あんたら。マスク取っちゃだめよ」
 口元まで脱ぎかけていたロメロが急いで戻す。
「これからは人前では絶対に覆面姿なんだから。ていうか、あんたらの素顔がそれなのよ」
「どういうことっすか?」
 マリエさんは嬉しそうに口を開いた。
「プロレスラーだって、そうじゃない。絶対に正体はバラさないでしょ? だからマスク・ド・ファイヴは生まれた時から、その姿ってことなの。昨日さ酔った時に思いついたのよ」
 事務所の机の上にはテキーラの空き瓶が5本あった。
「お風呂の時は外して、ええんでしょうか」、アステカが尋ねると、「そうね、インタビューとかではマスクのまま入ってるって答えといて。ちゃんりんしゃん!してますって」
「なんすか、それ?」
「ちゃんと、リンスとシャンプーしてますって意味よ。だけどマスク被ってから、アステカ君さ、広島弁きつくなってない?」
 マリエさんの言葉に全員が頷いた。
 僕もそうだけど、たしかにマスクを被ってから、全員の方言がよく出るようになっていた。ロメロの茨城訛り、そして帰国子女のウルティモは、たまに英語で独り言をつぶやいている。地方から出てきて東京暮らしも十数年、僕らは標準語という言葉のマスクを被っていたのかも知れなかった。
「内面が出て来てるってことだから、それも特徴あっていいけどね。だけど、さっき言った通り正体バレだけは絶対に厳禁だから、それだけは本当に守ってね。人気出てきたら、正体探しだって始まるだろうし」
 そう言うと、マリエさんは何か思いついたのか携帯で誰かと連絡を取りはじめた。ブラインドを背に腕を組んで、楽しそうに話すその姿。白いシャツに、洗いざらしのジーンズ。飛行機の中で、みんなで話したけどマリエさんは、やっぱり元モデルだけあって決まってる。
 そういや、ロメロはあのキュッと上がったヒップを見て、あの社長に着いて行こうって決めたって言ってたっけ。でもこんな綺麗な人が、あのゴリラみたいなおっさんと結婚したんだろう。事務所の隅に目をやると、若松さんが大きな体を丸めて一生懸命何かをパソコンに打ち込んでいる。着ているTシャツの背中には『NICE』の文字。たぶん、本人は偽物を買わされたことにも気付いてないはずだ。マリエさんと若松さん、離婚したとは言え、まさに美女と野獣という言葉が似合っている。

「おしっ完成!やっぱ気合いだな、気合い。やれば出来るもんだな、完璧に近いぞ。おい、みんなこっち来い」
 呼ばれていくと、パソコンの画面を指差した。赤いマスクの画像が点滅している。
「これを押すと、コンテンツってやつが見れる」
 マウスを動かすと『マスク・ド・ファイヴの部屋』ってホームページが現れた。黒の背景、左側には略歴、プロフィールなどが並んでいる。右下には『信頼と実績のヤエガシ興行』という文字も。その出来栄えに、僕らは息を飲んだ。
 ダサい…ダサすぎる…
 ホームページビルダーで作ったのかテキストのみで、中学生のブログレベルの仕上がりだった。センスが無いというよりも、センスという言葉をこの人は知らないのかも知れなかった。若松さんが考えたのか、メキシコの孤児院で育ち、音楽の虎の穴で3歳から修行したとか適当なプロフィールが掲載されている。しかも、このご時勢にBBSまで設置されている。
「どうだ、俺もあれから頑張ってたんだ。しかも、掲示板だけは昨日アップしてんだが反響が凄いんだぞ」
 自慢げに画面を指差す。
『ユキエ さびしい人妻です。遊び相手探してます。興味のある人は、下のサイトをクリックしてね』
『ノリコ 一緒に楽しい時間を過ごしませんか? モデルやってる女子大生です。このアドレスにメール送ってね』
 怪しい広告がたくさん書き込まれている。しかもご丁寧に、その一つ一つに
『ユキエさん、早速訪問ありがとう。さびしい時は、マスク・ド・ファイヴ聞いてください。もうすぐCDデビューしますので』など返事してる。
「このノリコさんって子にメールしたんすか」
 ウルティモの問いかけに若松さんは困った顔をした。
「それがな、やりとりしていると、なんか途中からメールするにはポイントがいるとか言うんだ。だから結構、金かかるんだ。まぁ、これもプロモーション活動の一環だから、後でマリエに言って、経費で落としてもらう」
 若松さんが真剣に満足そうな顔をしているので、僕らは何も言えないまま、笑いをこらえていた。
「もう少し手直しは必要だが、こんな感じでフォロー体制も出来上がってきたぞ。あぁそうだ。一番大事なことを伝えるの忘れていた。もう少しで来るとは思うんだけどな」
 そう言って、部屋から出て行った。

「てか、なんだよ俺のプロフィール。好きな野球チームが智弁和歌山高校になっとる。同じCマークの帽子だけどわしはカープファンじゃ」
ホームページを見ながらアステカが大声を上げた。
「いや、こっちの方がやべーよ」
 ロメロの差した先には
『ドラッグして下さい』の文字があった。
「たぶん、若松さんさクリックと間違ってんだよ。ドラッグお願いしますって箇所も幾つかある。メキシコ帰りのバンドのサイトでドラッグして下さいはヤバイだろ」
「しかもさ、公式ホームページなのに、若松さんの部屋ってのが大きく乗ってるぞ」
 震える手でクリックするとサイトが開いた。
 そこには『マネージャー若松のソバ打ち道場』とあった。しかもバンドのものよりも凝った作りだった。プロフィールの欄に目を移す。
 『十八歳で下山哲司に弟子入りし、二十歳で巨匠・宮原ショーゴの門を叩き、二十一歳で池田吉宗の門下生になる。さらに二十二歳で代田克己の元で腕を磨き、二五歳でサリー坪石に師事する』
 ウルティモが声を荒げた。
「てか、この人どんだけ弟子入りしてんだよ。それに、ほとんど1年くらいで逃げてんじゃん」
「まじだ、三十代に入るまでにずっと弟子生活じゃん」
 そしてサイトには包丁や木の棒を持った。若松さんの写真が何枚も載せられている。スキンヘッドにサングラス、怪しさ満点だ。しかもソバ粉への熱い想いについて語った後に、『粉から厳選する本格派です! こだわりの粉を使っています。オーダーもお受けしておりますので、ご注文の方はドラッグして下さい!』とういう完全にアウトな部分もあった。そして白い粉まみれで笑顔を浮かべる若松さんの写真をクリックすると、注文フォームが浮かび上がった。
『グラム売りからオーダー受け付けています』
 僕は急いでホームページを閉じた。

 その時だった。事務所のドアをノックする音響いた。
 「失礼します」
 振り返ると、若松さんの横に金色のマスクを被った小柄な男が姿を現した。青いマントまで身に着けている。「誰じゃ、こいつ」アステカが呟く。若松さんは咳払いすると、その男の背中を押した。
「紹介する、DJのチャボだ。こいつも入れてマスク・ド・ファイヴの完成だ。みんな仲良くしてやれよ」
 唖然とする僕らを無視するように言葉を続ける。
「五人目のメンバーだけどな、デビューまでに時間がないからこっちで勝手に探しといた」
 おどおどとした男は、うつむきながら口を開いた。
「チャボって言います。頑張りますんで宜しくお願いします」
 ウルティモが声を上げる。
「ちょっと待ってくださいよ。メンバーそんなに勝手に決めないで下さい。オーディションとかしましょうよ」
「そうっすよ、わしらの意見もあるっすよ」
「てか、誰っすかそいつ」
 仲間意識の強いロメロは、臨戦態勢に入っている。だけど僕はその声と立ち姿に覚えがあった。そして右手に入った星マークのタトゥーにも。 「もしかしてユートじゃね? 羽鳥の弟の」
 チャボと呼ばれた男も驚いて声を上げた。
「その声は守川さんっすか? そうっす、俺ユートっす。マスク・ド・ファイヴってリョータさんのバンドやったんすか」
 覆面を互いに少しだけめくり、顔を見せあった。
「なんだ、お前ら知り合いだったのか。だったら話は早いよな。一緒に力を合わせて頑張ってくれよ。俺もマネージャーとして支えるから」
 若松さんは嬉しそうに肩を叩いた。僕の知り合いと知って、ロメロも睨みつけるのを辞めた。熱しやすく冷めやすい、それがコイツのいい所だ。
「えっと、ユートじゃなくて、DJチャボ君は、あたしが前から目につけてたの。曲のアレンジにセンスがあるのよ。それに、トランペットも出来るからバンドの飛び道具として使えるわね」
 マリエさんの言葉に、チャボは恥ずかしそうに頭をかいた。

 高校時代、羽鳥も言ってたけど、ユートの音楽センスはズバ抜けたものがあった。ピアノを習わせると、すぐに上達するし耳コピでギターも勝手に弾きこなしていた。だけど極度に上がり症なところがあって人前に立つと手が震え、その能力を発揮できていなかった。あと女性経験はないくせにセックスについて語るので『童貞番長』と裏では呼ばれていた。
「よろしくっす」
「あぁお願いな」
 チャボは他のメンバーと挨拶しながら、次第に打ち解けていっている。
「それじゃ、昼からだけど、マスク・ド・ファイヴの結成を祝して一杯やりますか」
若松さんが机の引き出しからテキーラの瓶を取り出した。7つのショットグラスに並々と酒が注がれる。
「あと、1ヵ月後にはデビューシングル出すから、お前ら気合い入れていけよ」
 大声でテンションを上げる。そしてマリエさんを中心に円陣を組んだ。
 「絶対に売れるわよ。行くぜ、マスク・ドーーー」という掛け声に僕らは「ファーーイヴ」って答えながらテキーラを一気に飲み干した。こんな体育大会みたいなノリだって、マスクを被ると恥ずかしくないのが不思議だった。

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