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58 SS タピタ

 ぽかぽか陽気に寝ているような感覚。あったかいなぁ。ちょっとお腹が痛くて蹲《うずくま》っている。雑草をむしったりして痛みが治まるのを待つ。
 最近、数時間毎に具合が悪くなる。お母さんの手伝いも出来ない日が増えちゃった。調子の良い日は外に出て仕事しないと。

「薬草ない……。あ、これは染料になるから回収。」

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※ 主人公と出会う前日

 採取の仕事さえ、お母さんは反対する。外で倒れたら大変だから。
 「心配しすぎ。」と言うと、悲しそうな顔をしちゃうから言わなくなった。
 折衷案《せっちゅうあん》で、同じ採取依頼を受ける人と行動する事になった。しかも午前中だけ。「少しでも痛くなったら帰ってくるのよ?」と言われるけれど、ちゃんと成果をあげないとね!

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※ 当日
 
 急いで用意を整え——着替え中にちょっとお腹が痛くなった——門の近くに行く。私はギルドに登録していないので、外に出る人を捕まえて交渉する。ギルドの前で募集した時に、怖い顏の職員さんに追い払われちゃった。

「今日は、調子が良いから。」

 そう自分に言い聞かせ、声をかけていく。
 門番の人たちもお母さんに聞いたのか、私に気を遣《つか》ってくれる。
 心苦しい。
 お母さんの手前、私を一人で外に出したくないらしい。告げ口するから、
 何度か一緒に採取に行ったバ……《《優しい》》人たちが、一緒に行ってくれるみたい。感謝は、してるよ? 言ったことないけど。
 そこら中に生えている薬草を採取する簡単な《《お仕事》》を始める。

 黒いキツネさんを見つけたのは、優しい3人組の年長さんだった。ちなみに18歳。年少さんと兄妹で、私の事を《《手間のかからない妹》》と思っているらしい。
 残りの優しい人も18歳だそうで。どうでも良いアプローチが、ちょっぴりウザイ。
 実は、お母さんからの依頼で「私と行動を共にし、報告している事」を知っている。だから迷惑をかけないようにしてる。外出できなくなったら嫌だし。

 いつもは見守っている風なのに、その日は後ろから腕を掴まれた。
 顔を上げると、年少ちゃんも懸命に目を凝らしていて。
 「横顔は兄妹だなぁ、多分妹ちゃんは見えていないだろなぁ。」と思いつつ二人の視線の先に目を向けた。

 森の切れ間の向こう——魔獣の住む森の奥——倒木の陰から上に飛び乗った黒い生物。鞭のように《《しなる》》腕の生えた黒い球形の生物は、木々の根を物ともせず真っすぐに進んでくる。何あれ、魔獣? 大人を呼んでこなきゃ……。

 年長さんの服を引っ張ると、真剣な顏で私と年少ちゃんに下がるよう指示された。素直に従おう。
 年少ちゃんと少し離れた木に向かって歩き出した時、年長さん2人の弓を放つ音が聞こえた。心配そうな顔の年少ちゃんを撫で、落ち着かせる。

 そんな私たちの元に、《《私にしか見えない》》触手《ウネウネ》が飛来することになる。泣くわ騒ぐわ大変だった。私も泣いちゃったけど。

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※ ゲシトクシリ

 触り心地の良いキツネさんを撫で、見張りのおじさんに言う。いつもどこから見てるんだろ。
 キツネさんが優しい3人の事を聞いてきたから教えてあげると、黙っちゃった。
 この通路、綺麗だから見惚れてるのかな?

 通路を抜け、手元が見えるようになった。キツネさんが静かなのは気を失ったからみたい。慌てて服飾店に戻ってお母さんに相談したけれど、安静にして経過観察と言われてしまった。お医者様は、お金持ちの相手をしているらしい。明日の朝、診せに行く約束をした。

 私のベッドで寝かせていたけれど、起きる気配がない。せっかくお話できたのに……。
 夕食を食べずに看病を続けようとした私に、お母さんが「看ててあげるから、お風呂入っちゃいなさい……臭うから。」と言われ、服を嗅いでみた。ごめんなさい、入ってきます。キツネさんも臭いと思ったかな……ちゃんと洗おう。

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※ 風呂にて

「キツネさんは、どこから来て、どんな物が好きで、どんな事を知ってるのかな。」

 浴槽の縁《へり》に両腕を、腕の上に頭を載せ、一日を振り返る。
 私の肌は小麦色。褐色の多いドワーフの中で異質な色。お母さんが色白だから、嫌と言うのは憚《はばか》られる。
 肌の色で触るのを嫌がる皆と違い、私から触れても嫌な顏をしなかった……と思う。毛並みの綺麗なキツネさんは、森で暮らしていたのかな。

「もっと、お話したいなぁ。」

 酸っぱい実を食べたことが無いようだった。ゲシトクシリの近辺では、ありふれた果実なのに。私の行ったことのない場所の話も聞けるかな。
 キツネさんは年長さんくらいの《《お兄ちゃん》》な感じがする。私に兄はいないけれど。私が泣いた時の慌て様を見て、怖い魔獣ではないのかな、と思えたし。

「うっ、痛い……。」

 脇腹から腰骨辺りに疼痛《とうつう》が——圧迫されているような重い痛み——出始めた。
 ここ数日、痛みの頻度も種類も増したように思う。それにお腹周りの色も。

「《《治また》》。《《だいじょぶ》》、痛くない。」

 痛くて泣くのは卒業したもん。
 黒変した腹部を撫でながら、自分に言い聞かせ、浴槽からあがる。
 お母さんの用意してくれた寝間着に着替えながら考えてしまう。

 きっと、助からない病気なんだと思う。お母さんも話したがらないし。明日くらいに服飾の仕上げして、その後にお医者さんの所へ行こう。お薬は苦いけれど……《《もう》》無くなっちゃったし。

 少し口の中が、ぬめってした。

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※ タピタの部屋

 自室の扉を静かに開けると、椅子に座ったお母さんが船を漕いでいた。明かりを点けずに寝ちゃったみたい。私の薬代捻出のために、休み無しで働いているもんね。

 お母さん、本当にありがとう。

 お母さんに抱き着いたら起こしちゃった。お母さんに、ぎゅってされるの大好き……死にたくない。死にたくないよぉ。

 キツネさんを撫でながらベッドに入る。
 起きたら一杯お話しようね? あ、夜だから駄目なのかな。でも、お母さんは寝てるし良いよね。何から話そうかな……。

 そんな事を考えていると、キツネさんは、くしゃみをした。私の顔に向かって。
 ……汚い、お風呂入ったのに。

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 次の日、寝ぼけたまま台所へ行くと「お母さんに顔を洗ってきなさい。」と言われてしまった。もう、寝癖を引っ張らないで!
 水瓶《みずがめ》から一掬《ひとすく》いの水をもらい、顔を洗う。

 お母さんが私の部屋に入ったのを確認して、服で顔を拭いたのに……バレた。
 むむ。












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 あとがき

 タピタという少女の雰囲気が伝われば、と思います。
 本編にて「治療」をされますが、少し趣が異なるようで。

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