バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

57

 他の奴らの経験、か。
 給仕と共有している記憶は、合流《《後》》の記憶——

 ——俺だけが経験した事は何だ?
 開拓村で何をした、アルデールの街で何をした、ニブルデンバの街で何を。
 
 足りない魔力を補うために、月の光を浴びた。
 足りない魔力を補うために、鉱石を分解した。
 足りない魔力を補うために、敵から《《奪った》》。

 敵を探す時、|矢印に頼りきりの《あたりまえのように》俺の傍には……《《必ず》》給仕がいた。何かが引っかかる。

「黒球、高濃度の魔力を探せ。」

 黄色の矢印が周囲にいくつか表示され、そのうち2つが移動していた。1つはタニアだろうか。街を駆けずり回ったのだろう、矢印の大きさから結構な魔力の集まりが感じられた。
 もう一つは商人だろうか。あの2つが集まれば十分な足しになるだろう。

 だが、足りない。

 手元の鉱石は分解し終えたが、黒球の要求量には足りないようだ。燃費の悪い相棒だよ、まったく。今度は俺の魔力を吸収し始めた。月が出てくるまで持てば良いが。
 良い方法をひねり出せない俺に、給仕の声が《《二重》》に聞こえてくる。

『諦めましょう、この少女は死なねばならないのですよ? 誰も、あなたを責めたりしません。』

 諦めてしまおうか、という気持ちが湧いてくる。倦怠《けんたい》感が増すにつれ、給仕の言葉が大きくなっていく。
 立っていられない程に怠《だる》くなってしまった。給仕に任せて眠ってしまおうか。


 給仕は、俺の事を《《考えてくれている》》。そんな事、あり得ないと分かっているのに。


 目から溢《あふ》れた涙は、黒球に分解され、吸収されていった。

――――――――――
※ タニア視点 ※

「はぁ、はぁ!」

 ゲシトクシリの街中で採掘した鉱石を求めて、何件もの商店を渡り歩く。
 採取した鉱石は、そのままでは魔力を徐々に漏洩してしまう。鉱山から運ばれた鉱石に加工して初めて《《家庭用》》として売り出され、商店に並ぶ。
 服飾店の店主として定期的に購入している商品も、魔力の総量としては少ない方だと思う。いくつか購入することができた。それでも服飾店《うち》にある魔石の2倍程度。
 きっとキツネさんの必要としている鉱石は、いつもの商店では買えない代物……。
 「買い込む」とは、どの程度の量なのかしら。買えるだけ買っておいた方が良い気がするけれど。

「だとしたら、商業ギルドかしら?」

 と、時折考えながら6件目の装身具《アクセサリー》店『豚にバール』に到着した。うん、何度見てもネーミングセンスを疑う。口には出さない。言ったら《《おまけ》》してくれないから。
 服飾店の倍以上の敷地に、きっと在庫があるはず……在《あ》って欲しい。運動不足で足が痛いから。

「ちょっと頼みたい事が……あ、お客さん。」

 息を整え、店に入る。
 いつもは閑古鳥が鳴く店内に、お客さんがいた。どれくらい待つ事になるかしら。
 こんな変な店に来る偏屈だもの、さぞ面倒な商談に——あ、終わったみたい。

 私を咎《とが》めるような視線を向けてくる店主を営業スマイルで躱《かわ》し、鉱石の交渉に入った。

 こちらの所持品から察したのか、待たされること数分で一抱《ひとかか》えもある鉱石を運んできた。魔力の溜まった鉱石は数あれど、大きさで重さが変わらない加工もされていて良かった。未加工の鉱石は、とても持てない。

「す、すごい……。」

 娘の容態を互いの知人から聞いたらしく、持ち込んだ銀貨袋で売ってくれた。タピタの治療の役に立つわよね。便宜《べんぎ》を図《はか》ってくれた事には感謝しておかないと。

 急ぎ装身具点を出た時には、西日が赤らみ始めていた。
 キツネさんは「日没まで」と言っていた。帰りがけに商業ギルドに使いを送り、買い付けと速達をしてもらおう。ツケは店を担保にすれば、2か月くらいなら待ってくれるはず。

 と、算段をつけ、必要な指示や依頼を《《飛ばす》》。
 商業ギルドの建物が遠巻きに見える通りで、
 「あとは帰るだけ、待っててタピタ。」と家路を急ぐ。裏道を真っすぐ走れば!

 服飾店まであと少し、という所で爆発音が轟《とどろ》く。
 緑色の光が服飾店《いえ》の屋根を貫き、茜色の空高く伸びていった。立ち止まってしまった私は、緑光が消えるまで動けなかった。

 吹き飛んだ屋根の一部が、足元に落ちた音で我に返る。今はタピタしか服飾店内にいない。背筋が凍る。鉱石を抱える手に力を込め、走った。

「タピタ!」

 店舗部分は棚から物が落ちる程度の被害で済んだみたい。
 店舗からタピタの部屋を見ると、タピタの部屋を爆心地として放射状に吹き飛んでいた。

「何、あれ……。」

 ベッドに横たわるタピタは、血だまりの上に浮いていた。緑色の膜のようなものに覆われ、腹部は大きく抉られ臓器が露出していた。
 タピタは、無事なの? い、生きている、わよね? まさか……。

 フラフラと浮いているタピタに近づいた時、ベッド横で地面に伏せているキツネさんを見つけた。一体、何があったの?

「キツネさん? 気を失っているだけ?」

 私は獣医じゃないから、キツネさんの容体が分からない。こんな時は、どうしたら……とオロオロしていると、抱えていた鉱石が淡く点滅し、脈打ち始めた。

「ひぃっ!」

 思わず鉱石を放り出してしまい、キツネさんにぶつかるか、と思われた。
 しかし、鉱石はキツネさんに当たる直前で空中に静止し、鉱石から漏れ出た小さな光が少しずつキツネさんに流れ込んでいった。 

―――――――――――

 気づいた時、真っ暗な空間に佇《たたず》んでいた。周囲には様々な映像《きおく》が再生されている。それぞれの映像には、|色違いのキツネ《おれたち》が映し出されていた。

 2番目の最後は、良く分からない。ある地点からの記憶《えいぞう》が全て真っ暗なのだ。俺たちの中で最も苦痛を味わった、と思われる。音と恨み言のみの映像は見るに堪えない。白いキツネ。
 胸のあたりが苦しい感じ。

 3番目の記憶は、戦いばかりだ。恐らく初期から攻撃的だったと思われる。小動物から始まり、見つけた全ての動物を狩るだけの記憶。
 最後は周囲を取り込み続け、東の大陸を死の大地へと変えた。「満たされた」らしい。俺には良く分からない。赤褐色のキツネ。
 しかし、黒球に「《《好きにしろ》》。」と、言ってはいけない事を学んだ。

 4番目の記憶は、俺と似ている。色々な土地に行き、出会いの後、給仕に真実を明かされ海底に身を置くことになる。3番目が変えてしまった環境や気象の尻ぬぐいをした、とも言う。壊れない限り、海底で搾取され続けるようだ。
 ……俺には、できない。頭だけの青いキツネ。下|顎《あご》を切り取られている。幸せそうに見えた。

「本当に、狂ってやがる。ここは、どこだ?」
『しばらくお待ちください。』

 給仕は答える気がないらしい。魔力を急激に消費していたが、今は倦怠感も無く体を動かせる。この《《白い》》体は懐かしいな。

 この小さな体で、アルデールの街を歩いた。頻《しき》りに振り返り、《《誰か》》を見ていた気がする。
 アルデールの外壁の近くで魔力の鍛錬を行った。自然体で立つのは誰だったか。
 攻撃魔法が使えると思ってカミラさんに聞いたっけ。「黒球に集まっている」と言われたが気にしなかった。当たり前の事だ、という認識を植え付けられていたか。
 今ならば、《《魔力循環》》も出来るだろう。

 目を閉じ、今まで黒球に吸引されていた魔力の流れを意識する。3番目の戦いの記憶が、こんな形で役に立つとはな……。心臓付近から左前足に伸びる管はタピタの治療に必要だ。右前足へ伸びる管を生成し、魔力を通していく。
 そして前足の先から小さな火を生み出した。
 少しいじるとバーナーのような青い炎も出せる。記憶の通りだ。

 魔法が使える。いや、《《使えたんだ》》。その事実だけで十分だ。気づけば、知識も経験もあるからな。
 この空間でならば……《《全力で》》攻撃できる。
  
「っと、その前に……黒球、いるか?」

 目の前に小さな炎が灯る。見えないが、相棒は《《居る》》。給仕め、隠蔽したな。
 2番目に絶望を植え付け、3番目を戦闘に駆り立て、4番目を傀儡《くぐつ》にした空間。|5番目《おれ》からは守りたい者を奪う気か。

「黒球、すまないが……溜めてきた魔力を使わせてくれ。あの娘《こ》のために。」
『何をなさるつもりで?』

 黒球は鳴らない。だが、右前足の感覚が無くなった。要求は右のみ、か。
 小さな炎から目をそらさずに言う。給仕が気づく前に終わらせたい。

「くれてやる。お前の魔力を使わせてくれ。」
『3番目の御方を……追うのですか?』

 黒球の高音が何度となく鳴り響く。目の前の小さな炎は、高音が鳴る度に大きく、そして青い炎へと変貌《へんぼう》していった。給仕は勘違いしているようなので無視する。
 高さ2メートルにも達した青い炎に、熱さは感じないが……両前足に《《じくじく》》とした痛みを感じる。痛みを感じる分だけ、魔力が注ぎ込まれるようだ。

「これが、2番目と3番目の記憶にある痛みか。」
『……なぜ、痛みを乗り越えられ、る?』

 前足の表面を覆う青い炎は、しばらく消えない。そして徐々に黒ずんでいき、最後には動けなくなる。3番目が東の大陸で、死ぬことも出来ずに存在している理由でもある。給仕には分からないだろう。俺たちの苦痛に耐え続けた記憶の蓄積を。
 燃える前足を鼻先に近づけても、焼ける臭いがしなかった。両前足を振ると鞭のようにしなり、火の粉が舞う。ただ手を振るように、準備を進めていく。

「楽しいなぁ。」
『……。』

 2番目がされたように、目を潰し。

 3番目がされたように、自我を奪い。

 4番目がされたように、バラバラに。



 そして……必ず、封印してやる。




 「よし、あとは《《待つ》》だけだ。」と体の調子を確かめ終えた時、頭上から、くぐもった悲鳴が聞こえた。この声は、タニアか? 恐らく鉱石を買ってきたのだろう、頭上から魔力が降り注ぎ満たされていく。

『おかしい……調整しま——』
「奪え。」

 出口からの脱出と給仕の封印を同時に済ませるタイミングは、給仕が黒球に触れる《《今》》しかない。この空間に存在する的は、お前だけだ。
 まずは両腕。

『ぐっ、いつの間に! 給仕を破壊した所で、複製され——』
「させると思うか? 真由美。」

 そして両足。
 味わえ。俺が、お前を《《人間らしく》》作り変えたんだからな!
 次は両目。

『あ”あ”ぁー! こ、これは痛覚!? なぜ……まさか。』
「なぁ? 楽しいだろ?」


 気づいたか。 遅 か っ た な ぁ。

 

——――――――――

 給仕の呪縛から解き放たれ目を開けると、辺りは夕陽に照らされ、廃墟と化していた。余波で吹き飛ばしてしまったか……。タピタの治療は、中途で止まっている。黒球により出血を抑えているようだ。
 小さく「あ……。」と声が聞こえたので振り向くと、尻もちをついたタニアが俺を見て驚いている。そんなに変わっていないと思うが。黒いキツネの前足が燃えている《《だけ》》だ。

「タニア、助かったぞ。少し壊しちまった。」
「え? あ、キツネさん。手? 燃えてる……。」
「あぁ、前足《これ》な。熱くないから触っても燃えないぞ。ほれ。」
「あぅ、あ……つくない?」

 近づいて頬をグリグリしてやると、理解したのか黒い炎を掴もうとするも、空を切るようだ。好きなだけ触らせてやりたいが、タピタを放置するわけにはいかない。ちょっと離れて、いてくれ、な。

「そうよ、キツネさん。タピタが大変なの!」
「あぁ。」

 思い出したんだな、とは口に出さない。尻尾で後ろに押しやる。
 タピタ、ごめんな。待たせておいて何だが——

「相棒、タピタの治療を続けてくれ。」

 両前足が揺らぐ。タピタを包む緑色の膜から地面に向け、緑色の足《ね》が伸びていく。
 足が地面に達したところで、一息つく。

「タニア、タピタとしばらく会えなくなるが……良いな?」
「え? タピタは、助かるのよね?」

 ――黒球は傷を回復するのではなく、自然治癒するまで臓器や皮膚組織の代わりをするだけなんだ。時間をかければ完治するだろう。

 完治する時、俺はここにいないがな。

 《《無表情》》のタニアに現状の説明をする。体中を蝕《むしば》む《《病気》》は完治する事。定期的に水やりの代わりに魔鉱石の粉末を撒く事。
 そして、俺を忘れる事。

 タニアの意識を奪い、離れた所に寝かせる。顔にかかった髪を退け、おでこに肉球を当てる。タピタによろしく。
 服飾店の敷地の外ではガヤガヤと騒ぐ声が聞こえてくる。野次馬が、ここに入ってくる前に終わらせよう。

「黒球……地中に足《ね》を伸ばせ。」
『いけません! ここで根を張っては、戻れなくなります!』

 殊勝な心がけだが、お前の甘言《かんげん》につられてばかりだと思うなよ。
 俺の逡巡《しゅんじゅん》に、両前足が震える。

「構わない、治せ!」
『――――っ!』

 指示した直後、俺は……《《色》》を失った。

しおり