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 タニアの服飾店は再建に、《《二日》》を要した。

 いくらドワーフが鍛冶や木工に秀でていても、二日で家は建てることなど不可能だ。しかし、黒球は橋すら小一時間で架《か》けてしまう。家など物の数ではなかった。
 
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※ 1日目

 日が暮れた街の中で、ほんのりと光る新芽《タピタ》を見ながら、タニアは途方に暮れていた。半壊した服飾店の住居部分は、屋根が吹き飛んでいる。今日の月は三日月だ。
 野次馬の数人がタニアに声をかけるも、新芽の前で立ち尽くすタニアに無視され、すごすごと立ち去っていった。
 
 タニアは店舗部分で寝る気なのか、毛布の上で膝を抱え、顏を埋《うず》めた。娘が芽になった、という事実を受け入れるには……時間が必要だろう。新芽は月の光を浴びて、少しずつ大きくなっている。朝には若木になっているはずだ。

「タニア、今日は休め。」
「そうね……色々と起こりすぎて頭がついていかないわ。」

 タニアに毛布をかけてやり、足元に焚火《たきび》と焼《く》べる薪《まき》も用意した。散らばった廃材を静かに回収する。物音を立てる作業は明日、再建の資材調達とともに行えば良い。

 新芽から漏れ出る青白い燐光と火の粉が、星空に溶けていった。

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※ 1日目 夜

 夜盗は4人いた。タニアを起こさないよう、敷地内に入った2人を問答無用で頭部のみ、捥《も》ぎ取った。胴体は分解し、黒球に保管していく。

 バカ3人の1人がいたのは、残念だった。
 タピタの部屋の窓へ近づき、中を覗こうとした所で殺した。手に小さなナイフと数輪の花を持っていたので問題ないだろう。

 残った夜盗1匹については活かすことにした。
 矢印を表示させ、朝まで追跡する。いくつかの地点で数分留まった後、移動を繰り返す夜盗。留まった地点の数だけ《《標的》》が増えていった。

 ゆっくりと魔力を練り込んでいく。日の出前の空に、標的の数と同数の黒い炎が揺らめき、日の出を待ちわびた。

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※ 2日目

 東の空が明るくなっていく。頃合いだ。

 複数の標的の直上から、黒い炎は同時に降下していく。着弾による地面の揺れと爆音でタニアを起こしてしまったようだ。
 貯めていた物品を提供し、「木《タピタ》」の養分となる鉱石を買ってきてもらう。俺では色を判別できないから。街は《《活気に》》満ちた。すぐに購入できるだろう。

 服飾店に生える「木《タピタ》」を見上げる。高さは2メートルを超えたようだ。幹の中央が大きく膨らんでいる。朝日を浴びて、光合成を始めたか。俺にまで魔力が送られてくる。撫でるような温かさとともに。

「おはよう、タピタ。」

 地面から吸収した魔力が腹部の治療に使われ、葉で合成された栄養が枝先に集められている。10日ほどで光合成による自給自足ができそうだ。
 単一の食事が続くと、人は飽きてしまう。タピタは何日で飽きるだろうか。
 
 そんな事を考えながら、廃材を圧縮成形して屋根を作っていく。タニアが戻ってくる前に終わらせてしまおう。採光部は円形に開け、空が見えるように広く取ろう。

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※ 3日目

「いて。」

 早かった。タピタは、3日目にして飽いた。好《す》いたほど飽《あ》いた、にしては早すぎるだろう……。我慢しなさい。まったく、|1番目《おれ》は1週間も我慢したんだぞ?
 タピタは動こうとしない俺に、2階の天井に達した枝から《《葉を尖らせ》》落としてくる。だから痛いっての。

「キツネさん、タピタは何て?」
「ん? あぁ、味が同じだから飽きたって駄々《だだ》を捏《こ》ねてるだけだ。いて。」
「こら、タピタ。安静にしてなさい……で、良いのかしら?」

 あらら、いじけたのか枝が少し垂れてしまった。
 タニアは服飾店の空き時間に、木の近くで休憩する。会話はできないので、俺経由で感情を説明している。タピタの食事は、魔力を含んだ物であれば良い。
 記憶の中の俺は、手当たり次第に分解し《《味》》を求めた。まぁ、気持ち程度の差しかないが。地上の物質で魔力を含む物は少ない。魔獣の核は、黒球の好物だ。

 仕様がない。たまに、という条件で用意することにした。
 海底で回収した深海魚を分解し、木に注《そそ》いでやる。地上に無ければ海底で回収した物がある。
 タピタは美味しいのか、枝を小刻みに動かして嬉しそうだった。

「喜んで、いるのよね? 何か、迫力があるわね……。」
「はぁ、先が思いやられる。」

――――――――――
※ 10日目

「お遊びは、もう良いかな? 5番目さん。」
「ちょっと! 勝手に奥に入らないで!」

 開店早々、10日ぶりに案内人が来店した。《《今回は》》俺を5番目と認識しているようだ。
 長髪の優男。長髪を括《くく》り、後ろに流している。素朴なローブと装飾品を着ている。装《よそお》いに変化は無い……いや、《《目》》が光っている? 水晶体が違うのか。
 今の俺には色が見えない。灰色《モノクロ》の視界に、案内人の目は《《緑色》》に揺らいだ。
 ちなみに魔力の濃度によって明るく見える。タピタや黒球は白く見え、案内人の目は赤く、蝋燭《ろうそく》の明るさだ。

『案内人の目は、私たちと同調しています。』
「ほぉ、どこまで見た?」
『どこ? ……そういう事ですか。』
「えーっと、放置されると寂しいんだけど?」
 
 給仕は、俺が盲目ではない事に気づいたようだ。要らん事まで気づいたか。
 10日も黙っていた理由が、案内人の《《仕込み》》とはな。

 案内人の仕事は「疲れてしまった俺」の《《交換》》だ。
 案内人が迎えに来た、という事は……交換時期だという事。


 タピタを見上げる。3日目以降、木の大きさに変化は無い。
 日の光を浴びた葉は、青々とした緑を湛《たた》えている。葉から供給される魔力量も増え、治療は順調だ。傷も見えなくなった。数日中に目を覚ますだろう。

 ……もう、俺がいなくても良いな。

「キツネさん、行ってしまうの? タピタは……どうなるの?」
「木が燃えない限りは問題ない。傷もだいぶ小さくなったしな。」

 雰囲気で察したのか、タニアが案内人を押し退け聞いてくる。その顏は不安そうだ。タニアには経過報告はしているが、完治したとは言っていない。治療を途中で放棄されては堪《たま》らないだろう。
 タニアに今のタピタを見せてやろうか、と思ったが《《案内人は男だ》》。裸のタピタを見せるのは……。
 説明すると、タニアも「見たいけれど、ねぇ?」と案内人をチラ見しながら言った。
 タニアの視線に気づいたのか、案内人は後頭部を掻きながら言う。

「迎えに来たのに場違い感があるなぁ。」
「無事なら良いの。あら?」

 胸を撫で下ろすタニアの足元に、光る木の葉が1枚落ちてくる。拾い上げたタニアは、その温かさを感じているようだ。
 タピタは《《木である事》》にも慣れたようで、完治まで放っておいて良いだろう。枝を揺らす様は、木の化け物のよう……屋根を超えていないので問題は無い、と
思いたい。

「心配いらないよ、だそうだ。」
「タピタに心配されちゃったのかしら。治ったら仕事をたくさん頼むわね、タピタ?」

 ガサガサと揺れるタピタに同情の視線を送り、案内人に顏を向ける。
 俺の視線に気づいた優男が膝を突《つ》き、聞いてくる。

「時間を取るかい?」
「あぁ、話しておきたい事がある。」
「では、待機しているよ。昼までに発《た》とう。」

 と、妙に聞き分けの良い優男の目は笑っていない。記憶の中で会う案内人たちは、一様に俺を連れていこうとした。2番目に対しては実力行使で、だ。

 この案内人の対応は何だ? なぜ、待っていられる?

「真由美、何をした?」
『これまでの経緯の報告を。』

 経緯、か。逃がさないための待機、というわけではないようだ。時間に余裕ができた、という事か? 「疲れてしまった俺」の交代は、俺だけのはずだ。

 情報が足りない……。

「1番目は何て?」
『この少女を5番目として入れ替えます。直《じき》に給仕が――』
「待て、どういう事だ?」
『——ですから、治療は終えました。給仕が到着次第、少女には移動して頂きます。』

 真由美は、何を言っている? タピタの臓器は修復中だぞ。移動させた1番目の結果を、ここで再現するつもりか。

「俺が行けば済む話だろう? タピタが耐えられると思うのか?」
『その時は、あなたが代わるのでしょう?』
「案内人を早く呼んだのは、好餌《こうじ》となる為か……。」

 給仕は拘束しているが、連絡手段を残していたらしい。タピタを物としか見ていない発言と、俺の行動も予測した手配。
 本当に給仕は、厄介な奴だ。勝ち誇ったような物言いに都度、反応しては給仕の思う壺か。怒りを抑えて先手を打たないとな……。

「黒球、真由美をタニアと《《交換》》しろ。」
『この体に意味はありませんよ? |5番目《あなた》は創造できないのですから。』

 |キツネ《おれ》の右腕からボロボロな給仕が吐き出される様子は、相当な衝撃を与えたようだ。後ろからタニアの悲鳴が聞こえてくる。
 木からタピタが引きづり出され、黒球に収納されていく。綺麗な肢体は蝕まれていたとは思えない。傷口が開かなくて良かった。
 タピタの入っていた隙間に給仕を埋め込み、木と接続する。

 接続が終わると、木が少しずつ萎《しお》れていく。元々、タピタのための木。
 小さくなった給仕を入れた事で、その在り様を変え始めた。
 立ち枯れした木は1メートルほどの大きさにまで縮まり、根も縮まってしまい地面に沈んでいる。満足な魔力の吸収も出来ずに苦しそうだ。

「枯れてしまいそうだな。」
『当たり前です。給仕は人とは違うので。』
「そうだな、給仕の魔力は……魔力?」

 そう言えば給仕は、どうやって動いているのだろうか。
 人を模した骨格を持つ《《分体》》である事は知っている。黒球との間を取り持つ存在だからこそ会話ができるように、そして考えられるように脳があることも。
 人の神経系や血管系のような管は無い。それ故、活動に必要な魔力は《《直接》》黒球本体から注がれている。
 
「黒球、給仕への魔力供給を極限まで減らせ。」
『……休眠します。』
「木ごと地下に隔離しておけ。」

 供給を絶たれた給仕の沈黙を見届け、礼と別れを告げる。
 迷惑ばかりだったが、救われた俺もいただろう。しばらく眠れ。

 根のあった部分の地割れを掘り進み、地下の闇へ降りていく小さな黒球を見送る。
 給仕を完全に分解すると、黒球本体から再生してしまう。今回のように隔離するしかできない。

「用事は済んだかな?」
「あぁ。って、お前の目は、どうしたんだ?」
「あはは、メイドさんが離れちゃうと、ね。」
「案内できるのか? それで。」

 再度聞いてくる優男に目を向けると、目が《《灰色》》になっていた。魔力が込められていない証拠だ。案内に支障を来《きた》すかを問うと、目が泳いだ。

「昼には出発するんだろ? どこにだ?」
「案内は出来るんだけど……入れるかなぁ。」
「じゃあ、お前は何でココにいるんだよ。」

 なんだそりゃ。給仕がいなければ案内人は機能しない——ん? という事は《《今》》俺たちを監視する奴は、いないのか?
 案内人を見ながら前足を口元に上げ、呟く。気づかれないように。

「黒球、優男の意識を奪え。」

――――――――――

「タニア、店舗にいてくれ……頼む。」

 じっと見つめる俺に、言葉を呑《の》んだタニアは店舗へと歩いていった。
 床に倒れた優男の事も含めて、聞きたい事がたくさんあるだろう。
 でもなタニア、これからする事を見聞きして《《無事だった奴はいない》》んだ。ごめんな。
 
 
 静かな室内でタピタの寝ていたベッドに近づく。採光部分から差し込む光に照らされたベッドは、ゴタゴタで少し乱れていた。
 淡緑色の膜に覆われたタピタをベッドに寝かせる。
 息遣いとともに、規則正しく上下する胸は生きている証拠だ。
 
 ベッドに《《細工》》を施し、店舗部分へ向かう。昼には、次の給仕が来てしまうだろう。
 少しの間ではあるが一緒にいた少女は、今も眠っている。上手く作動してくれよ。

 床に転がった優男を叩き起こし、服飾店を出る。
 追いかけてきたタニアには、タピタをベッドに寝かせている事と給仕が来た時はタピタの傍にいるよう伝えた。どんな給仕が来るか分からないからな……。

「タピタ、世話になったな。生きてくれ。」

 俺の分も、とは……口が裂けても言えなかった。

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 タイトルは「せんしゅう」です。
 千秋万歳《せんしゅうばんぜい》から、『少女の長寿を願う』意味を込めました。

 

 好いたほど飽いた:初めはとても好きでたまらなかったが、
          その分だけ早く飽いて嫌になるということ

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