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 エレナと共に1階の机に向かい、椅子に座り本を読むリーネの所へ戻る。
 声をかけるとリーネは読んでいた本から顔を上げた。

「リーネ、ちょっと教えて欲しいんだけど。」
「んー? どうしたのー?」
「この本、何も書かれていないんだけど何なのか分かる?」
「あーそれね。それはエレナじゃ読めないかもだねー。」
「……そうなの? リーネは何が書いてあるか分かるの?」
「ちょっと貸してみー。」

 白い本を渡すとリーネは本の表紙に右手を置き、目を閉じた。
 リーネが何かをつぶやくと白い光がリーネを包み、白い本の背が縦に割れた。
 リーネは目を開け、本の背からゆっくりと開く。隙間から小さな光の粒がフワフワと漏れ、日の光も相まって幻想的な雰囲気を醸《かも》し出していた。
 俺もエレナも言葉を発せず、その光景に見とれた。
 本の各ページには、先ほどまで無かった文字が現れていた。リーネのまとった光が消えていくと、それに合わせたように文字も消えていった。本の背は割れたままだ。

「こんな感じかなー。まとっている間しか見れないからエレナには無理かなー。」
「すごいですね、こんな本は初めて見ました。」
「珍しいかもね、内容が内容だしー。」

 リーネによると、白い本にはレシピが書かれているらしい。詳しくは読めるようになったら読むようにと言われてしまった。エレナは不服そうだが、やる気を出しているようだから放っておこう。
 本の背については再度、リーネが白い光をまとうことで接合した。切れ目などは見当たらない。まさにファンタジーである。エレナが試していたが、顔が赤くなるばかりで本には変化がなかった。力んだら白い光が出るのだろうか。
 しばらく白い本とにらめっこをしていると、受付の方からエレナを呼ぶカミラさんの声が聞こえてきた。
 本をリーネに預けカミラさんの元へ向かう。
 受付の辺りに数人の兵士が立っており、カミラさんが応対しているようだった。

「どうしました? カミラさん」
「どうも近隣の村が魔物の被害にあったみたいなの。ちょっとの間、受付に立っていてくれない?」
「わかりました。」
「……エレナのサポートお願いね?」
「任された。」
「ぅぅ、カミラさんひどいー。」

 項垂《うなだ》れたまま受付に立つエレナを前足で慰めておく。
 先ほどの兵士達がそんな様子のエレナに話しかけてくる。

「受付頑張れよ? 見習いさん。」
「毎日頑張ってますよ!」
「はっはっは、そりゃ悪かったな。ところで他の村から報告入ってるか?」
「えーっと、今のところは無いですね。」

 世間話をしているとカミラさんが皮紙の束を持って戻ってきた。兵士と話しながら皮紙に何かを書き込んでいる。
 受付から離れたエレナに聞いてみたところ、俺が迂回した村の事だった。まとめた後、掲示板に調査の依頼が貼られるのだそうだ。

「でも変なんだよねー。村が襲われたのに救援は要らないって言うんだよね。」
「だろうな、俺が倒したし。」
「……。」

 俺の方を見たまま目を見開いているエレナに教えてやると開拓村の様子も聞かれた。暇つぶしに教えているとカミラさんが寄ってきた。

「カミラさん、この子がゴブリンを倒したみたいですよ。」
「そうなの? どっちにしても調査には行く必要があるから、ちょっとギルド長の所へ行ってくるわね。」
「はーい。」

 カミラさんが兵士達とギルドから出ていくと、エレナとともに受付に立つ。エレナが俺の手や尻尾で遊んでいるので適当にあしらいつつ時間をつぶす。
 しばらくするとギルドの入口から眠そうな黒髪の女性が入ってきた。受付には他にも人が立っていたが、エレナのところを選んだようだ。

「おはよう、エレナだけ? カミラは?」
「ぁ、おはようございます。リタさん。ギルド長のところに行ってます。もう少ししたら戻ってきますよ?」
「そう、待たせてもらう……ふぁ。」
「寝足りない感じですね。」
「ちょっと気になることがあってね。」

 ギルドの受付は手元が一段下がっている。俺がいるのもそこだ。カミラさんの言いつけ通り足を綺麗にしてから登っている。エレナに両足を持たれているため後ろが見にくい。リタも俺の頭や尻尾を撫でて聞いてくる。

「エレナ、この子は?」
「かわいいでしょ? 昨日から一緒なんですよ。言葉も分かるし、《《ぷにぷに》》なんですよ。」
「サラサラだな、っとエレナもキレイになったな?」

 女子トークについていけない俺は二人にされるがままになっていた。リタは後ろに一《ひと》まとめにしたポニーテールで、撫でている手には指ぬきの手袋をはめている。エレナよりもゴツゴツした手だったし兵士か何かなのだろうか。ずっと撫でられていると眠くなるなぁ……。ふぁ。

「あら、眠くなっちゃったかな。」
「良い子だな。」
「はい。とても助かってます。」
「ふふ、そうだろうな。」
「何ですか、もう。」
「いつもならこの時間はあたふたしてるじゃないか?」
「そ、そんなことないですよ?」

 エレナとリタは仲が良さそうだな。エレナ……もうちょっと《《だけ》》頑張ろうな。
 受付を挟んでエレナとリタの会話を聞いている。二人は1年以上の付き合いらしい。
 リタは周辺の街や村の調査を主に受けているようだ。完遂した依頼がまとめられた書類をエレナが手に取りめくっている。俺も見てみると、魔物の討伐依頼や採集依頼など多岐にわたる依頼が記されているようだ。
 エレナが一部を手で示しながら読んでくれた。今回のリタの依頼完了を記載し元の場所に戻す。
 その様子を見ていたリタが俺を指さしながらエレナに聞いている。

「ほんとに言葉が分かるの?」
「分かるぞ。」
「おー。こんなに小さい子は珍しいな。私はリタだ。よろしく。」
「エレナには《《キツネ》》と呼ばれているよ。好きなように呼んだら良い。」
「そうなのか。」

 エレナが俺の尻尾を撫でているが適当に相手をしておこう。雑談しているとカミラさんが帰ってきた。
 カミラさんは掲示板に直行し、皮紙を張り付けている。受付に戻ってくるかと思ったら、掲示板横の通路からベッドのあった部屋へ歩いて行ってしまった。怪我人の様子を見に行ったのだろう。

「エレナ、あの怪我人は?」
「ん? あぁ、見に行ったのね。ギルドの利用者とのトラブルでね。街が閉門していると出られても入ってこれないから。」
「まだ閉門してるのか?」
「今日はもう開けてるみたいだよ。さっきのおじさん……兵士からの情報だけど、魔物の襲撃も街道の盗賊も誰かに倒されてたみたいだし。」

 お、カミラさんが小走りに帰ってきた、と思ったら今度は図書館の方へ行ってしまった。どうしたんだろうか。
 今度はリーネとともに怪我人のところに走っていった。エレナは気になるのだろう。うずうずしている。
 エレナの代わりに受付から離れ、カミラさんのところに向かう。
 リーネがベッドの横で怪我人を真剣な顔で見ている。カミラさんはその後ろで腕を組みながら見守っている。
 リーネの横まで来た俺はカミラさんに抱きかかえられてしまった。

「ちょっと静かにしてて。今リーネが診ているから。」
「悪いのか?」
「逆よ。急に治っただけなら分かるけれど古傷まで消えているの。」

 あー、それ黒球だなと思ったが真剣な二人を見て『言わない方が良い』と思い、言わないことにした。リーネがカミラさんに向き直って言う。

「昨日までは確かに怪我してたから、誰かが治したのかなー。」
「あり得ないわ。治療だってタダじゃないのよ、それに古傷までとなったら相当額よ? この人は払えないからここにいたんだし。」
「だよねー。自然に治ったにしては早すぎるもんね。わかんないなー。」
「それに昨日よりも顔色が良いのも気になるわ。拭いてないのに綺麗になってるし。」

 うん、黙っておこう。俺がやったと言ったら根掘り葉掘り聞かれそうだ。黒球へのお願いは少し自重しよう。
 俺はカミラさんに抱えられながら受付まで戻ってきた。あの、カミラさん? 尻尾もふもふしないで? エレナも羨ましそうにしないの。

「カミラー。あとは頼んだー。私は戻るねー。」
「あ、これ昼食よ?」
「おーありがとー。いただきまーす。」

 カミラさんがリーネに小さい木箱を渡している。カミラさんはどこに隠し持っているのだろうか。エレナが受付を交代し、入口で待つカミラさんに合流する。

「念のため外では喋らない方が良いわよ? あなたくらいの大きさなら問題ないと思うけど魔獣を危険視する人も多いから。」
「分かった。」

 了承の意を込めて前足を挙げておく。エレナを促し皆でギルドの外へ出る。
 街は昼時ということもあり人の往来が多い。露店の匂いに釣られてだろう、露店で焼けた肉にタレを塗ったものを買う人が見えた。うまそうだ。
 目移りする俺を見てエレナがほほ笑んでいる。エレナに話しかけようとしたところでカミラさんにさり気なく口を塞がれる。やっぱりダメらしい、というか近寄ったのが見えなかった。

 街の中心部へ向けカミラさんとエレナが歩き、俺はエレナに抱えられている。俺が歩いていたら誰に踏まれるか分からないし、周りも見ることができるので丁度良い。
 いくつかの露店でカミラさんは果物を、エレナは黒パンを買っていた。それで足りるのだろうかと思ったが、エレナの財布の中を見る顔が悲しそうだったので聞くのをやめる。俺は空気を読める人なのだ。今はキツネっぽいが。

 街の中心部をカミラさんが前を歩き、人混みをすり抜けていく。
 中心部を抜け外壁に近づいていくと、街に入った時よりも大きな門があった。門番なのだろう兵士達がおり、出入時の検問をしている。
 カミラさんが兵士に話し、俺たちは壁の外に出る。
 街の外は平原が広がっていた。遠くに森が見え、道が続いている。
 俺たちは道から逸れ、外壁沿いに20メートルほど歩いたところで昼食となった。

「ごめんなさいね。喋っていいわよ。ギルドの中で訓練するわけにはいかないの。」
「そんな危険な訓練なのか?」
「……えぇ、そうよね? エ・レ・ナ?」
「そ、そうですね……すみません。もぐもぐ。」
「はぁ。」

 謝りながらも買ってきたものを食べるという器用なことをするエレナに、ため息で返すカミラさん。苦労してますな。
 周りを見渡すと、所々に花が咲いている。空には雲が流れ、日の光も暖かい。いい天気だなぁ、と黄昏《たそがれ》ていると二人は食べ終えたようだ。

「あなた食べなくて平気なの?」
「ん? 平気だな。」
「へぇー。私なんていっつもおなか減ってるよ?」
「昨日も鳴ってたもんな?」
「あ、あれは仕様がないんだよー。」
「エレナ? きちんと食べなさいと言ってあるわよね?」

 わたわたするエレナもかわいい。雑談後おなかがこなれてきた頃、訓練をする流れになった。

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