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第26話 秘密の共有者




 ★・ジェフ視点・★




 早くシェリーに食わせたくて急いだが、宿舎の女子部屋を開ける前にノックは忘れない。
 開けてくれたのは、クラウスだった。

「シェリーは?」
「よく寝てる。少し前までは咳が止まらなかったが」

 今朝方も咳は酷かったが、落ち着いてるのなら少し安心出来た。
 欲しいものがないか聞けば、スバルんとこのクリームパンと言った時には、相変わらずの真面目っ子だなと少し関心もしたが呆れもした。

「あ、ジェフ戻ったー?」

 奥からケインの声が聞こえる。
 入り口でだべってるのもなんだろうと入れば、ベッドで寝ているシェリーよりも、レイスらしい布団で簀巻きにされたのをケインとアクアが締め上げてるのが目に飛び込んできた。

「何してんだ?」
「お前が行ってからレイスが追いかけようとしてな。安静第一と自分で言ってたのを、大丈夫と豪語するんでああなった」
「……なーる」

 実にうちのパーティーらしい対応策だ。
 レイスは、やっぱスバルに気があるから会いに行きたいだろうが、絶対させない。麻痺毒は除去出来てても、傷の方は結構な深手を負ったからだ。

「自業自得だな、レイス?」
「たーぶん気絶してるから聞こえないよぉ?」
「傷口開くことはすんなよ?」
「もち」
「のろん。ん?」

 アクアが俺を見ると、布団を縛ってた縄を急いで結んでからダッシュしてきた。

「その袋は、あのパン屋さ」

 ん、と言い切る前にクラウスが首根っこを掴んで、俺に突進するのを止めてくれた。
 クリームパンもだが、他のパンも潰れたら意味がなくなるんで正直助かった。

「む、降ろして」
「土産あっから、落ち着け」
「ん、わかった」

 完全に力を抜いてだらんとなってから、クラウスも彼女を降ろした。

「レイスのも買ってきたが……あれじゃ無理か」

 簀巻きな上に、さっきケインが言ったように気絶してんのかピクリともしない。
 傷には障ってないものの、少し哀れだが日頃の行いが出てるから俺も無視しよう。
 とりあえず、アクア用に包装してもらったのを渡すことにした。

「ん、いい匂い。……風邪薬も買いに行ったんじゃ?」
「スバルが新商品にそう言う効果あるの出したんで、そいつにしてきた」
「「「スバル??」」」
「あ」

 つい口にしてしまったが、もう遅い。

「今、スバルちゃんを呼び捨てしたんか⁉︎」

 あいつの名前だけに起きたレイスだったが、動こうに簀巻きだもんでゴロゴロ転がっただけだ。
 その上から、アクアが頭っぽい箇所にかかと落としを食らわせて黙らせた。容赦ないと言うか、風邪で寝てるシェリーのためにしたのは誰もが理解出来たが。

「君は黙って。で、いつのまに仲良くなったの?」
「あー、お前らが先帰った後だ。タメだったし、レイスみたくなんなきゃ結構気さくな奴だぜ?」

 実は男ってのは、まだこいつらにも言えないが。
 レイスには気持ちがどの程度か確認してからだし、元より言いふらすつもりはない。

「タメ……って、俺達とそんな変わらないのか?」

 パーティーの平均年齢は、だいたい19前後。
 一番歳上は俺とクラウスだが、一番下はシェリーとアクア。間が残りのケインとレイスだ。

「……可愛くて綺麗なのに、歳上。解せぬ」

 背が同じだから逆に自分とタメくらいかと思ったらしく、アクアは頬を膨らませた。

(が、事実だしな?)

 おまけに、本人のあの恰好とかは事情があるから、よそ者の俺がどーこー言えない。
 それと、自分の黒歴史もむやみやたらにパーティーに吹聴するつもりはねぇ。知って欲しくない相手もいるからだ。

「……ん、ふわ……」
「あ、シェリー起きた?」

 今の騒ぎでさすがに目が覚めたのか、シェリーが小さくあくびをしていた。
 まだ顔は赤いが、咳がすぐ出ないところを見れば少しは安定してるってとこか。

「うん。あ、ジェフおかえりー」
「……おぅ」

 寝起きでも、俺がいると分かればすぐにふにゃっと笑顔を見せてくれた。
 正直可愛過ぎるが、約束は果たそうと袋の中を探りながらそちらに行く。

「クリームパン買ってきたぞ。あとは、風邪薬がわりのパンも出てたんでそいつもな」
「わぁ、何?」
「菓子みてぇなもんだと、ほれ」

 一番でかい紙袋を渡してやった。
 食欲が出てきたのか、シェリーはうきうきしながら包装のリボンとかをほどいてく。出てきたのは、赤ん坊の手くらいちっさな四角い塊達。
 少し茶がかってるが、ベッド脇に立ってる俺にも砂糖を少し焦がしたいい匂いがしてきた。

「えっと、メモ……ほぉ?」

 取り出したメモには、食べ過ぎても疲労回復に役立つとの注釈があった。
 甘いのは食べ過ぎ注意とか結構あったのに、これだけ別とは少し関心した。

「シェリー、食えそうなら食っとけ。そいつ疲労回復にも効果があんだと」
「食べる食べるっ」

 苦い薬よりよっぽど効果があるラスクを、シェリーは小さな口にパクパクと放り込んだ。
 噛むと小気味よい音が聞こえ、飲み込むと途端に頬の赤みが引いていった。

「うわぁ! 甘くて香ばしくて美味しい! だるいのすっきり!」
「けど、病み上がりは同じ。まだベッドから出ちゃダメ」
「……はーい」

 知恵熱も侮ってたら大病に繋がる。
 冒険者の心得にもあるそれを、アクアが再確認するように言えばシェリーも大人しく頷いた。

「試験日までまだ時間はある。とりあえず、チーズパン半分こ」
「え、いいの?」
「栄養つけなきゃ、ダメだし」
「わーい!」
「俺にもちょーだいよ」
「「やだ」」

 レイスが休養期間なのは当然だが、シェリーは昇格試験を申し込んだんで試験日が近い。かと言って、無理して受ければ落ちる可能性の方が強い。
 今のうちに休んで栄養つけさせてから、訓練した方がいいに決まってる。
 俺は、シェリーに茶でも淹れてくるかと外に出たが、何故かクラウスまでついてきた。

「どした?」
「それはこっちの台詞だ。お前、レイスを敵に回したいのか?」

 やっぱ、クラウスは直球で聞いてくるか。
 扉前で話すとアクア達が聴いてるかもしれねぇから、少し離れた踊り場に移動した。

「レイスと敵対なんて面倒なことするかよ。俺の気持ち知ってて言うか?」
「だから、だ。あの日、先に帰らされて一番不安がってたのはシェリーだぞ」
「……それは、悪りぃ」

 俺は、シェリーに惚れてる。
 シェリーには懐かれてると思ってはいるが、男として想われてるのかまだ確認はしてねぇ。
 どっちかと言えば、年の近い兄貴と言う感じだ。その不安も、嫉妬の部類だとしたって恋慕とは言いがたい。
 勝手な想像ではあっても、シェリーを今までの奴と一緒にしたくねぇからだ。

「必要以上に女と話さないお前が、彼女と親しくなるのは珍しかったからな」
「クラウス。レイスにもすぐ言わねぇなら、訳は話す」
「と言うと?」
「俺、っつーよりスバルのためだな?」
「……わかった、レイスには特に言わないでおく」

 じゃ、決まりだとクラウスの耳に口を近づけた。

「スバルは男だ」
「……タチの悪い冗談か?」
「だったら、俺が念押すか?」
「…………しないな」

 冷静が売りのうちのリーダーだからか、声を上げはしなかった。だが、スバルが男と分かれば、顔だけはどんどん青くなっていく。

「あの美少女顔が? ジェフはなんで解った?」
「……あんま言いたくねぇが」

 今までクラウスにも言ってなかった、俺の黒歴史も含めて話すことにした。
 スバルの場合、顔だけは今日見ても相変わらずの女顔だったが、ガニ股じゃなくてもやっぱ男。仕草も性格の違う姉貴達や妹達を見てきた分、違いは明確。
 だが、丁寧な接客態度で結構カバーは出来てた。
 女装歴がそこそこ長かった俺だから、多分わかったことだけどよ。

「それだけでわかるものか?」
「武術関連の動きはゼロの素人だ。意識しない限り、癖って抜けねぇからな」
「……元格闘家(グラップラー)に言われては、納得するしかないな」

 スバルが商業のギルマスの話題を出してきたことから、多分冒険者ギルドに登録させてる俺の経歴を知ったと思ってる。
 別に商業も冒険者両方のギルマスにバレて構わないが、おそらく俺の黒歴史も多少は話したはずだ。顔合わせする時に突っ込まれそうで怖い。

「けど、なんで……いや、あの見た目なら偽った方が賢明か? ランクBの護衛もわざわざつけるくらいだし、生活してく上で身を守るには無理ないか」

 俺が説明せずとも答えにたどり着くとは流石だな。

「で、自分と境遇が似てたから気に入ったのか?」
「まだ秘密はあるだろうが、興味は尽きねぇしよ」

 俺の異名もきっと知っただろうに、この間と変わらぬ調子で対応してくれた。
 その態度が、最初興味本位だった俺の心を動かしたと言うか。クラウスと気が合った時と同じか、それ以上の予感がしているんだよな。

「そうか。身内以外で友人を持つのも悪くないし、俺達の恩人だからな」
「それなんだが、商業のギルマスにはやっぱ伝えたらしい。一度話したいとか言われた」
「いつだ?」
「こっちの都合に合わせるって言ってたが、早い方がいいだろうな?」
「なら、シェリーの事は任せて早く返事をしてこい。蝶は……彼のファミリーネームを聞いてないから無理か」

 そう言えば、俺も聞いていなかった。

「茶を淹れてから、行ってきていいか?」
「そうだな。が、レイスにはどう言うべきか……」

 巻き込むつもりはなかったが、一人で抱える心配がなくなったんで正直助かった。レイスには、完治してから考えるかと決まって、二人で給湯室に向かうことにした。

「だが、行く前にシェリーを少し慰めてやってほしい。まだ、レイスに庇われたのを引きずってるんだ」
「……りょーかい」

 その焦りは、俺にもよくわかっていた。

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