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死人に口なし黒歴史

 手洗いから戻った僕を待っていたのは、意気消失と肩を落とす真奈ちゃんとどこか不機嫌そうなクラークさん。二人がなんでこんな状態になっているのか気になったけど、先程決めた様にその話題には触れないでおこうと思い、再び次の部屋へと向かう為に調理場を後にする。

 長い廊下を歩き、大理石の階段を降りて、再び長い廊下を歩いて向かった先は、再び巨大な木の扉。
 木の扉に貼られた表札には『資料室』と書かれていた。

「ここは魔界での情勢や歴史、魔王城の財や人員などの事務的な事が行われる部屋だよ」

 コンコンと真奈ちゃんがノックをして、部屋から「どーぞ」と返事が返ると木の扉を開いて僕達は中に入る。
 資料室と呼ばれる部屋は、広々とした部屋を四方の壁が囲み、壁に面した場所には本棚が並べられており、更に本棚を何段にも積まれて、天井に届かんばかりの高さを誇る。ファンタジー世界でよく見る巨大図書館みたいな内観になっている。
 部屋の壁を見せているのは僕達が入って来た扉の場所と換気のために残した窓の部分だけで、それ以外は全て本棚で埋まっている。
 本棚には所狭しとファイルが納められ、恐らくあれが真奈ちゃんが言った魔界の情報が記された書類なのだろう。
 部屋の中央には長机が無数に置かれており、机の上は書類の山がこれでもかと積まれている。

 部屋に入った真奈ちゃんはゆったりとした歩みで資料室にいた作業員の一人、猫耳を生やした獣人らしき女性に声をかける。

「お疲れ様、作業は捗ってるかな?」

「これは魔王様! お疲れ様です!」

 獣人の女性の声に反応して他の従業員達も真奈ちゃんへと深々と頭を垂れる。
 こういった光景を見ると、真奈ちゃんは本当に上の人なんだなと痛感する。
 が、本人はあまりこういったのは慣れてないのか、こっぱずかしそうに皆に頭を上げる様に促している。

 全員が頭を上げ再び作業に戻ると、小さく息を吐く真奈ちゃんは目の前のピクピクと可愛らしく猫耳を動かす女性に訊ねる。

「キョウはいるかな? ちょっと話したい事があるんだけど」

「キョウ様でしたら、遂先ほど、|南地区《サウスエリア》にある『魔獣の血森』の開拓現場に向われました」

 え、なにその『魔獣の血森』って!? 凄く怖い響きなんだけど!?

「あぁ、二日前に魔獣被害にあってると通達があった案件か……。いつぐらいに戻ってくるかな?」

「キョウ様本人は明日には戻るとおっしゃってました。あくまで今回のは視察の様なモノですので、見たらすぐに帰ると」

「分かった。ってことだよ、颯ちゃん」

 なにが、ってことなのか……。
 真奈ちゃんは困り顔を浮かばし顎に手を当てる。

「けど困ったな……。なら、日を改めて案内するか……いや、それだと仕事に影響を与えるから……」

 首を回して資料室を見渡す真奈ちゃんは、ピンと指を立てる。何か思いついたようだ。

「ごめんだけど、君。適当に古い資料を一冊持って来てくれないかな?」

「は、はい、分かりました! 直ぐにお持ちします!」

 真奈ちゃんに頼まれた獣人の女性は素早く行動に移して、頼まれ通りに本棚から一冊適当に抜粋した資料のファイルを真奈ちゃんへと持って来る。
 ありがとう、と端的に礼を言って、真奈ちゃんは机の上に資料を包むファイルを広げる。
 僕はそれを覗き込む様に中を拝見すると、

「……うん、やっぱりなんて書いてあるのか分からないや……」

 資料には僕が人間界で一度も拝見した事がない様な文字が並べられており、意味も分からずがちんぷんかんぶんだった。僕の反応が分かっていたかのように真奈ちゃんが言う。

「そうだよね。これは魔界の文字で、人間界では見られない文字だから、颯ちゃんには分からないかも」

 うーん。改めて魔界の文字を見てみると、昔に見た世界地図に載っていた各国の言語集にあったサウジアラビア語に近い。けど、どこか甲骨文字や象形文字にも類似してる。
 
「これにはなんて書いてあるのかな?」

 文字と意味を照らし合わせれば少しは勉強になるだろうと思い訊くと、真奈ちゃんはファイルの資料を読み上げる。

「えっと……これは誰かの活動報告みたいだね。
 ――――魔界歴○×△年4月14日。来週は愛娘の3歳の誕生日。俺の娘はとてもプリティーで純情なかわゆい奴。そんな娘に誕生日に何が欲しい? と聞いたら『パパしゃんがくれたものならなんでもいい』と言いわれて悶絶しかけた。俺には他にも4人の娘がいるが、不公平だがこいつが一番かわゆいと思う。こいつの為なら魔界の一国ぐらい一瞬で滅ぼせる」

 ……なんだか活動報告って言うよりも日記? に近い。
 なんとも微妙な空気が流れて、僕は気まずくそわそわと肩を揺するが、少し目から光を失った真奈ちゃんは尚も読み続ける。

「――――魔界歴○×△年4月21日。遂に訪れた愛娘の誕生日。娘の為に|西地区《ウエストエリア》で発掘される魔界屈指の最高級宝石『アルゲライト鉱石』をリングから宝石まで惜しげもなく使い、魔界一の技師に作られせた指輪を渡すも、妻に『娘の誕生日にこんな高い物を渡すな!』と殴られた。魔王である俺だけど、妻には敵わない。けど、妻も娘のとてもとてもかわゆいなあ! ついでにこの後、人間界でクマのぬいぐるみを買って娘に渡した。娘はかなり喜んでくれていた」

 どんどんと真奈ちゃんの目から光が失い始めてるが、もう自棄なのか事務的に更に読み続ける。
 
「――――魔界歴○×△年5月7日。何故か娘が泣いて帰って来た。今日は俺の側近と一緒に天界に向かったはずだ。娘はいつか俺の後継者にするつもりで、その為の社会科見学みたいな感じで天界に送ったのだが、糞神の嬢ちゃんに泣かされたらしい。勿論俺は激怒して、天界にカチコミするぞ!と息巻き、側近と妻に必死に止められたけど俺の怒りは治まらないが、娘の一言「パパしゃん、けんかはやーや」と言われて怒りは静まった。が、娘を泣かせた報復はしたいから、今度魔界産のゴキブリ千匹プレゼントしよう。俺って優しい!」

 ……やばい、なんて反応すればいいのか、プルプルと震える僕。

「――――魔界歴○×△年6月22日。俺は愚か者だ。人間界にある獅子は我が子を千尋に谷に落とすって言葉に感化され、いつか俺の後継者となる娘を鍛えるべく、|南地区《サウスエリア》にある数多くの魔獣が住む樹海『魔獣の血森』へと放り出してしまった。馬鹿だ。俺は馬鹿だ。あぁあ、我が最愛の娘よ。どうか無事でいてくれ」

 僕だけじゃなく、読み上げる真奈ちゃんの手もプルプルと震え始めた。

「――――魔界歴○×△年6月24日。最愛の娘は一人孤独に森を彷徨っているだろう。だが、他の者達の反対を押し切って決行してしまった手前、娘を連れ戻す事は俺の魔王としての沽券に関わる。が、俺は我慢できず、連れ戻す事は出来ずとも飢え死にしない為に娘の近くに、気づかれない様に食料をたんまり置いてきた。最初は娘は不審がっていたが、相当お腹を空かしていたのか噛り付く様に置いてある食料を全て平らげていた。ごめんよ、我が最愛の娘」

 うわぁ……やばい……なんか真奈ちゃん、手だけじゃなく身体全体が震え始めた……。
 活火山の大噴火の予兆のように、怖い……。

「――――魔界歴○×△年9月22日。娘の修行は3カ月と決めていた。そして今日、その三か月が経って俺は直ぐに娘を迎えに行った。三か月(俺は毎日通っていたが)ぶりの娘との再会に、娘は俺を見るや飛びつく様に抱き付き甘えてくる。一人孤独に森の中で過ごしたのだ当たり前か。俺は娘に寂しくなかったか?と聞いたら娘は「ぜぇんぜぇんさびしくなかったよ。だれかがまなのことみていたから」。娘は気づいてたようだ。誰かとは言わなかったけど、恐らく俺の存在に気づいていたのかもしれない。今日は久々に娘の大好きな料理をたらふく食べさせよう。これからもすくすく育ってくれよ。我が最愛の娘マナ――――」

 ビリィイイイイイッ!!

 資料室に響く引き裂く音。資料室にいる全員がその原因の主へと目線を送る。
 先程の引き裂く音を鳴らしたのは、僕の目の前でワナワナと身体を震わせる真奈ちゃん。
 その手には、素手でプラスチックのファイルと10センチ超の紙の束を二つに裂いた物が握られている。

「あ―――――あのボケおやじがぁあああああああああ!」

 そして、遂に限界が訪れ、噴火の如くに怒声を張りあがる真奈ちゃん。
 怒声は空気を震わせ、床を揺らす。さながら地震の様に揺れる資料室は振動で棚に並べられた資料が崩れ落ち、山となって積み上げられる。
 真奈ちゃんの手に握られる引き裂いた活動報告の紙とファイルを炎で灰と化して、更に叫び続ける。

「覚えてるよ! えぇええ覚えてるよ! この時私は確かに誰かに見守られていたとは言ったけど、あれは森の心優しい魔獣が私を守ってくれていたって意味で、別にあんたの事に気づいていたわけじゃないよ! てか、普通森の中に不自然に積まれた食料を見て気づけよ当時の私!」

 もう大体分かっているけど、この活動報告を執筆した人は真奈ちゃんのお父さんだと思う。文中に魔王って単語もあったし、破る寸前にも娘の事をマナって書いてあったから……。ついでに真奈ちゃんのお父さんは先代の魔王でもある。
 恐らく真奈ちゃんのお父さんは、所謂親バカだったのだろう。そして、それに対しての怒りとその事に約15年越しに気づく自分へと怒りでワシャワシャと髪を掻き乱してる。

 真奈ちゃんは人を殺す程に殺気籠る眼光を獣人の女性へと光らせ語気強く訊ねる。

「そもそもなんでこれがここにあるのか説明をよろしく! 先代が記した書籍や私物は全て、墓石の中に納めたはずなのにな!?」

「え、えっと……それは私に言われましても……。誰かの手違いか見落としかで、多分そのままここに保管されてたのだと……」

 ビクビクオドオドと自信無げに答える獣人の女性。さながら獅子の前に立つ小動物の様に萎縮する。

「ホント! 死んでも私にとんだ恥をかかせるよあのダメオヤジッ! 死ぬ前に自分が書き記した活動報告、てかこれ完全に私の観察日記だよね!? こんなの書いてる暇があるならもっと仕事しといてよ!」

 床に山となる粉灰を何度も踏みつけて顔を赤く染める真奈ちゃん。
 地団駄の様に踏む勢いで石畳の床にヒビが入ってるけど、今はその事に気づかないでおこう。
 
 死人に口なし。どんなにイラついても死人に対して怒りを持っていたとしても虚しくなる。
 真奈ちゃんは不服そうに後ろ髪を掻くと、深く嘆息して、

「今度あの父の墓に父が嫌いだった物をお供えするとして」
 
 口を尖らし本題に戻す。

「魔界の文字は新参者の颯ちゃんには解読が不可能なモノだから。ここにある資料などを読んだりして文字の勉強や魔界の歴史や情勢を学んでいこうか」

「僕一人で?」

「出来ればそうしてほしいんだけど。それだと効率が悪いから。夜に私がマンツーマンで教えてあげるよ。分からない事は気兼ねなく聞いてね」

 真奈ちゃんとマンツーマンで勉強!?
 学校の放課後で勉強を教えてもらっていた時は図書室なのに喧噪が広がる空間での勉強だったから、真奈ちゃんと本当に二人キリの勉強が出来るなんて! 遂に僕にもギャルゲーみたいなイベント来たぁああ!

「暇じゃない私が時間を割いて教えるんだから、直ぐに戦力になる程度には鍛えるつもりで、勉強の最後に毎回テストをするから。その時、成績が悪かったら……折檻してあげるから覚悟しといてね?」

 スミマセン……。確かに美人な真奈ちゃんに殴られるのはやぶさかではないのだけど、僕は別にMじゃないから勘弁して……。
 凄い腹黒い笑みで手の骨を鳴らす真奈ちゃんに恐怖しか感じられない。

「それじゃあ、そろそろ次の場所に向かうとしようか。明日キョウが帰って来たら、私の所に来る様に伝えてくれないかな?」

 承りました! と元気が返事が返って来ると、僕達は資料室を後にする。

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