バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

一興時々災難

「そう言えば真奈ちゃん。僕以外にも側近はいるんだよね?」

 魔王城の廊下を歩く最中、僕は肩越しに真奈ちゃんに訊ねる。真奈ちゃんは僕を一瞥して答える。

「うん、いるよ。颯ちゃんを合わせて計七人かな。一人は颯ちゃんが最初に出会ったホロウ。二人目は資料室で私が言ったキョウ。他にも五人、私には側近がいるよ」

「クラークさんは?」

「クラークは立場上では総料理長で側近じゃないよ。けど、同じぐらいには信頼はしているかな。クラークの料理は絶品だしね。クラークの作るイカリングは私が今までに食べて来たどんな物よりも美味しいんだよ!?」

 イカリングって……。クラークさん本人は自虐的で出しているのか気になる。
 
「それで、他の側近の人達はどんな感じなのかな?」

 ホロウさん以外の側近の人とはまだ出会ってないけど、事前に人物像を聞いてても損することはないだろう。

「他の側近達の性格は正直口で表すのは大変だから。種族と名前だけでも教えとくね。
 一人目は|首無し騎士《デュラハン》のホロウ。
 二人目は猫又のキョウ。
 三人目は|吸血鬼《ヴァンパイア》のヴィクトリア 
 四人目は木の葉天狗のサザン
 五人目は|淫魔《サキュバス》のメア
 六人目は魔導士のユルック
 この六人が私直属の側近で、私の許で魔界の秩序を守っている実力者達だよ」

 なんとも少年心を燻るファンタジーな名前のオンパレードに僕は心を躍らせる。
 猫又や木の葉天狗……天狗ってあるから多分同じなんだろうけど、この二つは妖怪なはずだ。
 魔界では、妖怪も悪魔も怪物も全て魔族として分類されるのかな?
 その中ではホロウさんにしかまだ出会ってないけど、他の人達にも早く会いたい!

「その人達は今、魔王城にいるのかな!?」

 鼻息を荒く訊ねる僕に若干引き気味の真奈ちゃんは、「うーん」と唸るように腕を組んで眉根を寄せる。

「今魔王城にいる側近は、ホロウを合わせて二人しかいないね……。先刻は感知するのを怠っていたけど、よくよく感知すれば、キョウもかなり遠方の方にいるね」

 最初は何を言っているのか分からなかったけど、僕は少し前、主従契約を結んだ時の事を思い出す。
 そう言えば、真奈ちゃんと主従契約を結んだ者を、真奈ちゃんは相手の場所が特定出来ると言っていた。
 だから真奈ちゃんは城内を探って、それで側近の人達がどこにいるのか感知したのだ。

 ホロウさん以外の側近の人がいると分かり、これから会えるのではと思ったのだけど、真奈ちゃんは少し困り顔を浮かばせる。

「よりにもよってあの人か……。正直今の段階で会わせたくない人物ナンバーワンなんだけどな……」

 場所だけでなく人物の特定も出来る真奈ちゃんは渋い顔でトントンと指で額を叩くが、

「うん。無視しよ」

 先刻挙げられたどの側近の人を言っているのか分からないけど、真奈ちゃんにここまで言わせるなんて、相当な問題児なのかな?
 
 僕達は廊下を歩き、ある扉の前を通りかけた時、真奈ちゃんは歩みを止める。

「そう言えば、颯ちゃんは汗とか掻いてないかな?」

「……どうして?」

 藪から棒に聞いて来る質問に首を傾げる僕に、真奈ちゃんは扉を指を差し。

「丁度今、大浴場の前にいるからさ、入ってこればいいよ。私、この後少し用事があるから少し離れないといけないしね」

「え、いいの? 僕が風呂に入って」

 真奈ちゃんは頷き。

「今日は魔界に来た初日で仕事もないし。これから食事をした後は部屋に移動だから、今の内にお風呂は済ませていた方がいいよ。私も颯ちゃんが上がる頃には戻って来るから。服はごめんだけど、後で適当な寝巻を持って来るから、上がった後は今着てる物を着てね」

 そう言われて少し悩むも、折角真奈ちゃんが勧めてくれたのだからお言葉に甘えて。

「分かった。なら先にお風呂いただこうかな」

 なんだかちょっと新婚さん気分……じゃないよね。

 お風呂は男女別。これは魔界でも同じな様だ。
 真奈ちゃんは少し用事があるからと言って僕だけを残して離れ、僕一人大浴場へと入る。
 大浴場の脱衣所は和風の様相を呈していた。銭湯の様な区分された脱衣箱。浴室入り口には何故か牛乳瓶が入っている冷蔵庫。その横には体重計もある。……ここは魔界だよね?

 僕は制服を脱ぎ捨て竹の籠に入れてから、腰にタオルを巻いて曇る横開きの扉を開ける。
 大浴場の中は湯気が立ち上り視界が悪い、が、直ぐに晴れて中を見通せる。
 大理石の床に同じく大理石で出来た湯舟、エメラルドに光る湯が、ここが魔界であると忘れさせる。
 大浴場も広々として、余裕で足が延ばせる心地よさそうな空間だ。
 周りを見渡す限り僕以外の影が見えないから今は貸し切り状態なのかな。

 日本の銭湯を模しているのか、大浴場にある椅子や桶は木製で、僕は椅子に座り桶でお湯を掬って頭にかぶる。
 うーん! 気持ちいい! お湯の温度も人間の僕にも最適だ!
 
 真奈ちゃんから渡された身体を洗うタオルにボディーシャンプーを3、4滴付けると、ごしごしと強めに擦り今日の汚れを洗い流す。

「けど、こういった所でよくある、「貴方の背中を洗いましょうか?」ってのに憧れるなー。なんだかお互いの友情を深める的な意味合いで、見ず知らずの人としても、なんだか古風溢れる一興でもあるからね」

「でしたら、小生が貴殿の背中をお洗いいたしましょうか?」

 …………人がいた。
 先程見渡し限りに僕以外の人物がいないと思って気を緩まし独り言を呟いていたけど、人がいるのを見落としていたようだ。
 僕は独り言を聞かれて恥ずかしくなり洗う手を止めて振り返ると、そこには屈強な身体をした男性が立っていた。
 岩の様に堅そうな筋肉に割れた腹筋。野性味溢れる逆立った髪にエルフの耳をした男性。身長は2メートルを超え、歴戦の戦士の様な風貌を醸し出す。
 一見して目立ちそうな体格の男性なのに、何故僕は気づかなかったのだろう。

「どうかなされましたか?」

 僕が困惑していると、男性が訊ねて来て、慌てて僕は首を横に振り、

「い、いえ。別になにもありません。でしたら、背中を流すの、お言葉に甘えていいでしょうか?」

「分かりました」

 歴戦の戦士の様な顔つきとは思え合い優し気な笑みを浮かばし、僕が差し出すタオルを受け取り、僕の背中を洗い始める。

「そう言えば、貴殿は城であまり見られない顔ですが、新しく配属された者ですかね?」

「は、はい。今日から魔王様の側近となりました立花颯太と言います。以後お見知りおきを」

「ほほう。立花殿ともうするのですか。それで種族はいかに?」
 
「種族は人間です」

 人間ですか? と少し手から驚きの反応が伝わる。

「だからこの様な華奢な体付きをしているのですか」

 華奢か……。これは褒めているのか貶しているのか男性の心中は分からないけど。男の僕が華奢な体と言われて喜ぶはずもない。
 そもそも、僕の体格は筋肉質ってわけではないけど別に細いってわけでもない。平均的な体つきだと自称する。
 魔族の、この男性の体が筋肉で覆われているから、僕の体がちんまりに見えるのだ。

「そう言えば名前を聞いてませんでしたね。名前はなんていうんですか?」

「小生の名前は|メア《・ ・》と申します。今後ともよしなに頼みます」

 へえー。この屈強な男性の名前はメアって言うのか。なんだか見た目とは裏腹に女性っぽい名前だね。
 ……あれ? メアってどこかで聞いたような……つい最近に。

「それにしても、貴殿が今魔王城内で噂になっている魔王様の側近になられた人間でしたか」

 必死にメアって名前に心当たりを探るのを中断して僕は返事を返す。

「僕ってもう色々と噂になっているのですか?」

「それはもう、魔王城は今はその噂で持ち切りです。長い歴史を誇る魔界でも、魔王の側近となられた人間は存在しませんでしたら」

 そう言えば真奈ちゃんも同じことを言っていたな。
 けど、自分の知らない所で噂が広まっているのは歯痒いな……。

「僕って魔王城でどんな感じに噂が流れてるんですか?」

「えっとですね……。崇高な魔王様の着替えを堂々と覗きする不埒者だったり、作る料理が普通過ぎて面白味に欠けるだったり、資料室の作業員のスカートを捲ったり、とかですね」

「なんですかその不名誉極まりない噂!? 前半のは良いとして、いや良くはないですよ本当は! けど、最後のは完全に身に覚えのない事で名誉棄損されてるんですが!? 魔界には裁判制度ありましたっけ!? 直ぐにそのふざけた噂を広めた人に告訴しますよ!」

「まあまあ落ち着いてください、颯太殿。人間界の言葉で人の噂も七十五年と言うじゃないですか」

「単位が違いますから、年じゃないです日ですから! 半世紀以上噂が続くとかどんな噂ですか!?」

 そもそも前から思ったけど、ここの人は異様に人間界の言葉を多用するのはなぜなんだ?

「魔族の者は直ぐにつまらない噂を忘れるので、あまり気になさられないでください」

「それはそれでなんだか癪なんですが……」

 直ぐに忘れられるのも僕的には傷つくな……なんだか矛盾してるけど。

「それはそうと颯太殿。お背中の具合は宜しいでしょうか?」

「ん、あ、はい。気持ちいいです。本当にありがとうございます」

 突然の話題切り替えに驚いたけど直ぐに切り替えた。

「タオルの柔らかさはどうでしょうか? 私が触る感じでは少し固い様で、肌を傷つけてしまう恐れがありますが……」

「そうですね……僕的にもタオルは固いですね……。けど、今持ち合わせのタオルはそれしかないですから、今日の所は我慢します」

「それでしたら安心してください。私の手持ちで飛びっきり柔らかい物をがありますので、そちらの方で背中をお洗いいたします」

「本当ですか? でしたらお願いします」

 僕って思ったよりも敏感肌なのか固いタオルでは肌が痛い。
 折角だからとメアさんに頼むと、メアさんが「では」と言ってごそごそしだす――――その後、

 ――――むにゅ。

 …………むにゅ?

「え、なんですか、この柔らかい感触は!?」

 背中に触れる柔らかい感触。ハリのある弾力があるが僕へと押し付けるこの感触はなに!?

「あ、あの、メアさ……」

 そこまで言いかけた時、僕の口は止まる。
 そして一瞬にして僕の顔から血の気が引く。
 僕はようやく胸に引っ掛かっていたしこりが消える様に思い出す。
 男性が名乗ったメアという名前。ほんの数分前に聞いた名前。それは、

 魔王の側近、|淫魔《サキュバス》の――――メア!

「では――――ちゃっちゃと背中を流してあげちゃうね!」

 野太い男性の声から元気ハツラツな女性の声へと変貌する。
 僕が勢いよく後ろを振り返ると、手をワキワキとして悪戯に口端をあげた笑みを浮かばす全裸の女性が目に入る。
 薄オレンジ色のロングの髪に、悪魔の翼を模するヘアピンを付け、ふくよかに際立つたわわな胸の女性。
 僕は一瞬思考が停止して、直ぐに回復するも、次第に口を戦慄かせ、

「う―――――うぎゃああああああああああ!」

 広々とした大浴場に木霊する絶叫をあげた。

しおり