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第1章  村雨 圭祐 1

 寝覚めが悪い。
 
 それは今日に始まった事ではないんだけど。時計を見ると既に朝の10時を回っている。太陽はとっくに高く、窓に掛かったカーテンの下から強い日差しが漏れている。
 僕はだるい体で寝返りを打って、ゆっくり上半身を起こしベットから出た。これ以上だらだ
ら寝ているとろくな夢を見ない。だから起き上がることにした。
 
 僕は村雨圭祐、17歳高校2年生だ。
  
 高校生と言ってもここ2カ月ほど学校には行っていない。
 まずい。
 クラスの不良グループと嫌な関係になっちゃって、登校するのが面倒になっちゃったんだ。それまでも、母の手前もあり集団生活に順応しないとと思いつつ、学校に行くことに気づまりは感じていたんだけど、多少遅刻はすることがあっても通学はしてた。でもそんなことがあって行く気が完全に失せてしまった。
 そして2カ月も行かないと今更教室に行って、みんなと顔を合わせるのは、とても煩わしいと思うようになった。僕は実家から離れた石神井高校に通っているので、高校入学が決まってからここ緑町のマンションに一人で住んでいる。両親が近くにいないので、毎朝学校に行けとうるさく言われることもない。気楽に寝過ごせるわけだ。僕の事を心配してくれる母さんが週一程度様子を見に来るが、その時は最近僕が学校に行ってないことはうやむやにしている。
 
 なぜか母さんはその事には触れず、僕の女性関係ばかり聞いてくる。中学の誰それとはどうなったのかとか、クラスの子が部屋に泊まりに来たり、ここに入り浸ったりしてないかとかだ。全く親ばかなのか過保護なのか分からない。友人たちに言わせると母さんは年に似合わずやたらと若く見える美人らしいのだが。
 そんな母は来るたびに僕に念を押す。
「このお部屋は圭祐のために借りてるの。どこかの泥棒猫に圭祐を寝取らせる為じゃないんだから。だからここは、異性はお母さん以外立ち入り禁止よ。誓いなさい圭祐」
 同年齢の異性が来るのは、めんどくさいし、僕は母さんの言葉に特に異論はなかった。
「はい、女性は入室厳禁にしています」
 いつも聞かれるたびにそう答えている。
 
 僕は部屋の中に終日居ても、特に退屈することは無い。
 ネットで世間の情報は手に入るし、食事は母さんが買い置きしてくれたものが、冷蔵庫や収納ボックスに入ってる。以前からイラストを描いて投稿していたが最近は漫画を描くのが面白くなってきた。これで同人誌を作ってコミケで売ろうと思っている。だから今の生活には不自由してないってわけ。
 気づまりなのは学校の事だ。毎日こうしていると学校が遠い世界に思えてくる。それがまずいことだとはわかってるんだけど。僕に勇気とか、問題解決能力があったら良いのに。
SNSでRPGとかやっていると、凄い超人がたくさん出てくる。つくづく勇者のステイタスがあったらと思ってしまう。僕を勇者に変えてくれる神はいないのか?
 都合のいい妄想はやめとこう。

 ピンポーン、ピンポーン。
 玄関の呼び鈴が鳴らされている。この時間にここに来るのは何かの勧誘か、学校の生活指導教官くらいだろう。母さんは鍵を持ってるから呼び鈴などは押さない。僕はシカトを決めた。出たって嫌な思いをするだけだからだ。
 僕は寝起きの頭をすっきりさせようとシャワーを浴びることにした。うるさい玄関の呼び鈴
はこの際無視して、マイペースにバスルームに向かった。
 部屋を出ると僕は耳を疑った。バスルームから水が流れる音が聞こえてくる。母さん?
 違う。母さんがこんな時間に来て、無断でシャワーとか浴びたりすることは有り得ない。それじゃあ一体?
 バスルームからは確かにシャワーが流れる音が聞こえてくる。もし侵入者が泥棒だったら、シャワー浴びるなんてことはない。僕は周りを見回し、手近にあった掃除モップを掴んでそっと足音を忍ばせてバスルームの入り口に立った。バスルームのドアは内側からカギが掛かる構造になっている。
 僕はそっとドアのノブに手を掛けて、下に引いてみた。
 ノブは音もなく下がった。
 鍵は掛かっていない。
 静かにドアノブを引いたまま、そっとドアを押す。3センチ程のドアの間に隙間が開いた。その僅かな隙間から中を覗いてみた。顔を左右に動かしてみてもその僅かな隙間からはシャワーの当たっている人物が座っている辺りまでは見る事が出来ない。これ以上ドアを開けたら中にいる人物に気づかれてしまうだろう。それでも顔を近づけるとそこから、湯気の立ち込める洗い場の正面の鏡を僅かに見ることが出来た。そこには洗い場に座っている人影が映し出されるはずだ。その鏡に映っている人影を見たとたん、僕は息が止まる程驚いた。

 そこには全裸の美少女が膝を着いて、体にボディソープの泡をまといつかせて座っている。ゆるくウェーブした金髪は肩に掛かる程の長さで頭の後ろシュシュでまとめている。耳の横の解れ毛が可愛い。シャワーの湯を下半身に浴びながら、ゆっくりと美しい女性特有のボディラインをなぞる様にタオルで上半身を洗っている。 
 伏目がちなのではっきりとした顔つきまでは、判別出来ないが相当な美人なのは間違いない。 それに彼女は僕の知人でない事はもうはっきりした。金髪の美少女に知り合いなんていない。 彼女が視線を上げてその顔をはっきり見たいけど、そうすると鏡越しに僕と眼が合って、覗いてることを気づかれるかも知れない。
 ここがふろ場なので彼女が全裸なのは当たり前なんだろうが、それにしてもここは僕の部屋だ。そこは変わりがない。ここでは僕の方に権利はあるはずだ。それにしても彼女が7階のマンションのこの部屋に上がってきた侵入経路が全く分からない。それもそうだが、なぜこんなにのんびりと鍵も描けずに朝から風呂? 
 その彼女の心理は全く謎だらけだ。
 僕の頭は激しく混乱の度合いを増していった。と同時に心臓の鼓動が今まで人生で経験したこともない程高鳴ってくるのを感じていた。ドアの隙間から目が離せない。かといってドアを開けて彼女になぜここにいるかを問いただす勇気なんてない。なんでかって言うと、既に鏡越しとはいえ、声を掛ける前に先に全裸の全身を見てしまった罪悪感がある。
 それなら、どうしたらいいんだろう。この状態のままでいたら、いずれ覗いているのがバレることは明白。それは僕がこの部屋の主だとしても強烈気まずい。
 彼女は体を擦っているタオルを自分の胸の辺りに持っていき両方の綺麗な形の乳房をゆっくりと持ち上げる様に動かしていた。そして次第にタオルを美しい円錐形の頂点に向かって円を
描く様に近づけていった。美しい円錐形はタオルに押されてわずかに形を歪ませる。タオルが動くとそれはまるで美味しそうなプリンをスプーンで押した様に元の形状に戻ろうとしてプルンと揺れ動いた。
 その頂点にタオルが到達した時、彼女は小さく肩を震わせて、敏感な感触を楽しんでいるかの様に無意識に腰を動かした。様に見えた。
 その後少し顔を上げ、唇をわずかに舌で舐め、潤んだ視線で鏡の方を見つめた。僕はここが自分の部屋であるにも関わらず、男としてなんとも情けないことに心臓の鼓動に耐え切れず、反射的にドアの隙間から顔を背けてしまった。
 ここで目があったら心底やばいと思った。
 シャワーの音はそれまでと変わらずタイルの床を濡らしている。どうやら、僕の存在はまだ彼女には気づかれていないようだ。僕の心臓の鼓動はさらに激しく、胸全体が脈打っているかのように感じられた。僕は一度外した視線を誘惑に逆らえずもう一度ドアの隙間に戻した。
 
 玄関の方でうるさい音がする。先ほどまでチャイムを鳴らしていた招かれざる来訪者は呼び出しの方法を変えたようだ。
 今度は激しくドアをノックし始めた。ノックと言うより叩いている。 こんな音をバスルームの中の彼女が聞いたら、出てきちゃうんじゃないか、僕はそう思って仕方なく玄関の方に向かった。ドア越しにでも一言掛けて帰ってもらおうと思ったのだ。
 
 それが、僕がドアの前に行く頃には、その激しい音が突然止まったのだ。
 しーんとしたドアの外に耳を澄ましてみる。どうやら諦めて退去してくれたようだ。僕はほっと胸を撫で下ろした。
 安心した途端、風呂場の美女の事が思い出される。もう一度あの美しい裸体を覗きたいという衝動が沸き上がった。
 そのスリリングな行為を再び想像した途端、さっきの激しい心臓の鼓動が再発した。僕は足音を忍ばせ、それでいて最大限速足でバスルームに戻って行った。バスルームのドアはさっきと変わらず3センチほどの隙間を開けて僕を待っていてくれた。
 
 僕はその前でしゃがみこみ、先ほどと同じ態勢でそっと視線をバスルームの中に走らせた。シャワーの音が消えている。おかしい。
 彼女がバスに体を浸かっているのではない。バスルームから彼女の姿が消えているのだ。よく見るとシャワーは止まって、バスの湯は抜かれている。僕はバスルームのドアを開け一歩中に足を踏み入れた。見回してはっきり彼女がバスから上がったことが分かった。それじゃあ、どこに行ったの?
 僕のマンションの部屋は2LDKで、バスルームに向かう室内の短い通路で僕とすれ違うことなんて有り得ない。ちょっと顔を振れば一目で室内全体が見渡せるのだ。
 さっきシャワーを使っていた美少女は現れた時と同様に僕の部屋から忽然と姿を消してしまっていた。僕はトイレを含めて数回部屋の中を隈なく探索し、その事実を認識せざるを得なかった。
 彼女は何者だったのだろう。幽霊?
 僕は途方に暮れた。そこで仕方なく、改めて朝のシャワーを浴びることにした。
 
    第二章  ピクサー・グラント に続く 続きはなろうに。

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