第8話 斬撃の軌跡は、記憶に刻まれる
第1章 死に戻り地獄の序章
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風が吹いていた。
平原の空気は静かで、残酷なほど澄んでいた。
タタルは草の中に腰を下ろし、目を閉じていた。
剣を抜かない。構えもしない。
ただ、“思い出していた”。
――斬られた五度の記憶。
どの世界線でも、首を落とされた瞬間は微妙に違った。
正面から。左斜め。後ろからの斬り上げ。高速の抜刀。
だが、共通する点がひとつだけあった。
(全ての斬撃は、視線の死角から始まっていた。)
それは言い換えれば――「あの男は、見えたら終わりではなく、
見える前に殺す」戦術を徹底しているということ。
ならば。
(“見える動き”だけを残し、あとは全て“殺される動き”として封じろ。)
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風が止む。
そして――足音。
「また貴様か。飽きない奴だな」
ライエルが草原に現れた。
漆黒の剣、黒革の鞘。無駄な言葉も、構えもない。
タタルは立ち上がった。
剣はまだ抜かない。
「……俺は、お前に五度殺された。覚えてるか?」
「知らん。俺に斬られた奴は、数えきれん。何人も、何度もだ」
「だろうな。だが、俺は全部、覚えてる。」
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ライエルが一歩、踏み込んだ。
地面の草が風を受け、ざわりと揺れる。
――その一瞬。
タタルは視線をずらした。
なぜか?
“斬られる直前まで、敵を正面で捉え続けていた”ことが、五度の死に繋がった。
つまり、見るな。読むな。相手に視界を合わせるな。
ライエルの“殺意”は、目線に反応する。
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「斬るぞ、化け物」
「上等だ、“俺を五回殺した剣士”」
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ライエルが動いた。
音がない。
地を蹴る音も、剣を抜く音すらない。
ただ、空気の流れが斜め右から左に変化した。
(そこか……!)
タタルは一瞬の間に、右膝を落とし、背中から滑るように地を這った。
ゴッッ!!
空間が割れるような“剣風”が、頭の上をかすめた。
髪が千切れ、頬に熱い一線が走る。
でも、首は繋がっていた。
初めてだ。あの斬撃を避けたのは。
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ライエルの目が見開かれる。
動揺はわずか。それでも、初めて“斬れなかった”事実に対応が遅れる。
「ほう……お前、俺の斬撃を“読んだ”か?」
「いや、“死んで覚えた”んだよ」
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タタルは地面から跳ね上がるように立ち上がる。
敵の背後へ、一瞬の回り込み。
狙うは――脇腹。装甲が薄く、剣の振り抜きが鈍る位置。
斬る!
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キィィン!!
弾かれた。
ライエルは振り返りざま、刀身の峰でタタルの刃を受けた。
「甘い!」
次の瞬間、ライエルの肘が突き上がる。
ゴッッ!!
タタルの顎に入った。
視界が白く弾ける。
頭が空中で揺れ、地面に落ちた。
口の中に鉄の味。血が、歯の間から漏れる。
立てない。だが、ライエルも一歩引いた。
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「成長したな、死に戻りの男」
「そう見えるか?」
「俺の斬撃を避けた者は、今まで一人しかいない。……今日、お前で二人目だ」
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タタルは、地を這いながら笑った。
「光栄だな。その一人目と俺の差はなんだ?」
「……お前はまだ、生き残ってない」
ライエルが剣を掲げる。
「次で終わりだ」
「……いいぜ。終わるなら、俺の手番のあとだ」
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タタルは剣を握り直す。
右手の感覚がなくてもいい。次の一撃は、“反射”で打ち込む。
ライエルの斬撃。
あと0.8秒後。角度は上段からの回し斬り。視界の左外側。
(そこを読めば、“斬り返し”が先に届く)
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刃がぶつかる。
血が飛び散る。
――だが、この戦いは、まだ決着を迎えない。
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