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第9話 六度目の対峙、首の代価

第1章:死に戻り地獄の序章

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 両者、静止。
 風の音さえ、剣の気配に押し潰されて沈黙していた。

 五度、斬られた。
 首を。肩を。背中を。喉を。腹を。
 だが、今この瞬間、タタルは“死の記憶”そのものを剣に変えていた。

(あと一手。次の一手で決まる)

 タタルの呼吸が荒い。肺が焼けるように痛む。
 右手の小指は折れており、足首の靭帯もさっきの転倒で損傷していた。

 ――それでも立つ。
 それでも、剣を握る。

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 ライエルの目が細くなる。
 その足が、ほとんど“無音”で動いた。

(きた……斬撃パターン“B”。右斜め下から、脇腹を断ち斬る型)

 それは、三度目に死んだときの軌道。

 “死を再現して誘導する”――タタルの狙いはそこにある。

 (この斬り筋なら、左下から“突き上げ”に転じれば届く)

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 ライエルが刃を振るう。

 空気が断裂した。
 タタルはギリギリで体を捻り、刃筋から外れる。

 ザクッ!

 肩口を抉られた。だが、首ではない。

 タタルはそのまま滑り込み、剣を突き出す。

「……おおおああああああっ!!」

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 グシャッッッ!!

 手応え。
 硬質なものを突き破り、肉を裂き、骨に届いた。

 ライエルの身体が、ぐらりと傾く。

「……貴様……この剣筋を、どこで……」

「五回殺された記憶は、伊達じゃない」

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 ライエルの目が揺らぐ。
 だが、剣士としての矜持が、最後の反撃を導く。

「ならば――これが、最後の一撃だ!!」

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 ライエルの剣が振り下ろされる。
 タタルは避けなかった。避ける余力は、もう残っていなかった。

 ザシュッ!

 右肩から胸にかけて、深く斬られる。
 骨まで達する激痛。
 視界が真っ赤に染まる。

「っ、ぐ……ああああああああッ!!」

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 ライエルの身体が崩れた。
 同時に、タタルも倒れ込む。
 呼吸がうまくできない。肺に血が流れ込んでいる。
咳をするたび、口から赤黒い泡が吹き出す。

「……勝った……?」

 口の中で呟く。だが声にならない。

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 遠ざかる意識の中で、彼は見た。

 ――ライエルの剣が、まだ握られている。

(ダメだ、まだ死んでない。このままじゃ、相打ち……!)

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 タタルは最後の力を振り絞り、左手で短剣を引き抜いた。
 ライエルの胸へ、迷いなく突き刺す。

 グサッ!!

 心臓を貫いた。
 その瞬間、ライエルの目から光が消える。

「……認めるぞ、化け物……」

 最期の声が、風に溶けた。

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 勝った。

 六度目にして、初めて――勝った。

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 タタルは地面に背を預け、天を見た。
 星が瞬いていた。
 だが、その光は、なぜか冷たく感じた。

(……死に戻らなかった……ということは、これは“生きて勝った”ルートだ)

 それは喜びではなかった。
 ただ一つ、“次に進める”というだけの事実。

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 タタルはゆっくりと目を閉じた。

(死は、もう怖くない……でも、生き残るほうが、もっと怖い)

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