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第71話 覚醒する誠とその起こした『奇跡』

「連中『ビッグブラザー』の加護と言うものの特性に気付きやがったな。やっぱり東和国民じゃねえアタシを狙って来たか……やっと、このふざけた体ともおさらばだな……」

 西園寺かなめはモニターの中でミサイル発射管を開いて主砲の砲塔を自分に向けてくる敵艦『那珂』を見ながらそうつぶやいた。

 彼女の230ミリロングレンジ狙撃用レールガンは『那珂』のブリッジを捉えていたが、彼女はトリガーを引かなかった。

「三歳の時、爺さんを狙ったテロでこの体になって……いつかこういう日が来るのを待ってたんだ……アタシは」

 通信はランや誠、カウラや『ふさ』のブリッジクルーにも伝わっていた。

「人を殺すのはもう飽きたんだ……神前の野郎と出会って……せっかく面白くなってきた人生だが……仕方がねえや」

 かなめはそう言うとヘルメットを脱いで、腰のポーチから愛用のタバコ、『コイーバクラブ』を一本取り出した。

『待ってください!』

 突然、新米の神前誠がそう叫んだ。

 これまでは気弱な新兵と見ていた誠の急変にかなめは少し驚いて葉巻用のガスライターに伸ばした手を止めた。

 かなめの目に映る誠の目はこれまでの気弱な青年のそれでは無かった。

 決意を決めた|漢《おとこ》の目がそこにあった。

 神前誠の専用機『05式特戦乙型』は最新機と言うことでかなめの狙撃型に比べて大出力エンジンを搭載していた。

 一気に機体は加速して先行していた機動部隊長、クバルカ・ラン中佐の『紅兎(こうと)』弱×54を追い抜いた。

『僕が盾になります!西園寺さん!今のうちに後退を!』

 かなめの機体のコックピットに誠の叫びが響いた。

 誠のその迷いの無い一言にかなめは何故かほっとして肩の力が抜けていくのを感じた。

「おいおい、誰に話してるつもりだ?オムツをつけた新入りに指図されるほど落ちぶれちゃいねえよ。敵さんのミサイルはアタシを狙ってる。アタシの『屠殺(とさつ)』を免れた家畜が二匹ほど伏せてる、そいつはオメエが食え!」

 そう言うとかなめはロングレンジライフルを投げ捨てて、自機の重力波の想定位置に向けてキャノン砲を連射している火龍に向け突撃をかけた。

「馬鹿が!いい気になるんじゃねえ!」

 目視確認できる距離まで詰める。

 ようやく気づいた二機の火龍だが、近接戦闘を予定していない駆逐シュツルム・パンツァーには、ダガーを構え切り込んでくるエースクラスの腕前のかなめを相手にすることなど無理な話だった。

「これで終わりだ!くたばりな!」

 すばやく手前の機体のコックピットにダガーが突き立つ。
 
「悪く思うなよ!恨むなら馬鹿な大将を恨みな!」

 機能停止した火龍を投げつけながら、かなめは二機目の火龍のエンジン部分をダガーでえぐった。

 かなめは敵機のパイロットが死亡したことによる機能停止を確認するともう一度『那珂』に目をやった。

 すでにミサイルは発射されていた。

 そして艦の主砲はかなめ機に砲身を向けて待機している。

「神前!来るな!巻き添えを食らうぞ!テメエが死ぬことはねえ!」

 悲痛な『女王様』の悲しい願いが遼州星系のアステロイドベルトに響き渡った。

『西園寺さん……死なないでください……西園寺さん……西園寺さんは僕が殺させません!』

 誠は信念を込めて口の中に酸を含んだ液体が湧き上がってくるのも構わずに機体をかなめの05式狙撃型めがけて突入させた。



『神前……死ぬ気か?何度も言ってるだろ!テメエまで死ぬ必要はねえんだ!』

 鈍重な05式とは思えない進行速度で進む誠に向けてかなめはそう冷たく言い放った。

「死なないんでしょ?僕は東和共和国民で遼州人ですから死なないんじゃないですか?僕は東和国民です。『ビックブラザー』は東和国民の死を望んでいないんでしょ?どうにかなりますよ……それに僕には『力』が有るんです!そうでしょ!クバルカ中佐!」

 誠は確信を込めてそう言った。

 『那珂』から射出されたミサイルがかなめの周囲に向かう軌道を進んでいた。

『敵のミサイルは照準を正確につけずに発射されてる。それに主砲の狙いもかなめの馬鹿に向いてる。かなめの機体付近で爆発が起きればそれに巻き込まれて死ぬな。法術師のすべてが不死ってわけじゃねーんだ。だからオメーはいずれ死ぬ……だけど、今回は死なねーんだ。『05式特戦乙型』に乗ってるかんな……まー気の済むようにしな。オメーの『力』はちゃんと目覚めつつあるよ』

 ランの冷徹な言葉を無視して誠は光学迷彩が解けてきたかなめ機の前に飛び出した。

「僕が居れば大丈夫です!今のうちに後退を!」

 そう言い切る誠に迷いは無かった。

『間に合うかよ……』

 そう言うかなめの眼前でミサイルが炸裂する。

 さらに『那珂』の主砲の不確実な射撃により誠機、西園寺機は爆炎に包まれた。

 かなめ機の盾になった誠は死ぬと思っていた。

 たとえ、『ビッグブラザーの加護』とやらで『那珂』が沈んだとしても、ミサイルの爆発と戦艦の主砲の直撃に耐えるほどの装甲が05式にあるとは思えなかった。

 画面が爆発に包まれた瞬間、誠は恐怖から目をつぶった。

 だが、轟音が響くばかりで何も起きなかった。

 コックピットは無事。

 全天周囲モニターの脇の画面に映るヘルメットを外したかなめの姿も少し乱れた程度だった。

「僕……死ぬはずだったのに……」

 爆発が収まった段階で誠は何でも知っていそうな自分でも認めた永遠の八歳女児、クバルカ・ラン中佐に声をかけた。

『それが死なねーんだな。なぜかと言うとオメーも『法術師』だから。完全な『法術師』のアタシに比べるとまだまだだけどな。目の前見てみ』

 ランはそう言って(あご)をしゃくってモニターの前を見るように誠に促した。

 銀色の鏡状の『板』が誠とかなめの機体を(おお)っていた。

「これ……、何ですか?」

 誠には理解できなかった。

 それでもこの銀色の壁が誠とかなめを守ったらしい。

『それがオメーの東和共和国や遼帝国以外の国の『科学では理解できない』力だ。アタシ等は『干渉空間』と呼んでる。アタシの使える『空間転移』とは違う『距離』を無効化する特殊能力だ。まあ、使い方としては『異能力が作り出した最強の盾』としても使える便利な能力だな』

 ランの言葉を聞いて誠は思った。

 もう自分は後戻りできない『力』に目覚めてしまったということに気が付いた。

「僕は……どうすればいいんですか!教えてください!クバルカ中佐!」

 誠はそう叫んだ。

 近藤一派の攻撃が効かないことは分かった。

 でも、それだけでは任務を完遂することはできない。

『神前。準備はできたぞ、さっきアタシが言ったように『跳べ』』

 ランの突然の言葉に誠はいつもの通り困惑した。

「『跳ぶ』?……どうやって?教えてください!僕はやります!」

 覚悟を決めて自分に尋ねてくる誠に子供のような姿のランは頭を掻いた。

『目の前の『干渉空間』に飛び込め!次に飛び出る場所は西園寺を狙った近藤の旦那のいる『那珂』のブリッジの前だ!そこをイメージしろ!見る前に『跳べ』!』

 ランの叫び声を聞いても誠はうろたえることしかできなかった。

「この板に飛び込めば良いんですね!そうすれば『跳べる』んですね!」

 確認するように叫ぶ誠の機体のコックピットの全天周囲モニターの中に一人の女性が真剣な表情で誠を見つめる姿が映っていた。

 カウラだった。

『神前。貴様には人にない『力』がある!『跳んで』くれ!』

 はっきりと力強く彼女は誠にそう言った。

『今動けるのは中佐とテメエだけだ。中佐は最後の切り札だ。そいつを出したら次の出動に差し支えるんだ。テメエが決めろ』

 かなめの檄を受けて誠は目の前にある自分の作り出した『干渉空間』に目を向けた。

「本当に飛び込めば『那珂』のブリッジ前まで行けるんですね!」

 そう言う誠は悟った、このために自分はここに居るのだと。

『そうだ、アタシが座標を設定しといた。安心して『跳べ』。それと『ダンビラ』を引き抜いて、『那珂』のブリッジ前で『(つるぎ)よ!』と念じながら叫ぶといーことあんぞ』

 ランはそう言って風格のある笑みを浮かべた。

「うわー!」

 女性陣に励まされて、仕方なく誠は自分の生成した『干渉空間』に機体を突入させた。

 誠は『干渉空間』に突入する時に何が起きるか分からないことに対する恐怖から目をつぶった。

 一瞬の衝撃が誠を襲った。

 そして、目を開くとすでにそこには『那珂』のブリッジがあった。

 驚いている暇など誠には無かった。

「『ダンビラ』を引き抜いて!」

 先ほど上司のランから言われた通り、左腰に装備された高温式大型軍刀、通称『ダンビラ』を引き抜いた。

 誠は『那珂』のブリッジに目をやった。

 ブリッジでは目の前に突然現れた05式特戦乙型の姿に驚愕して混乱に陥っているようだった。

「『(つるぎ)よ!』」

 誠はそう叫んで利き腕の左手を軸に一気に『那珂』のブリッジに斬りかかった。

 すぐに誠はその『異常』に気づいた。

 自分の叫び声とともに『ダンビラ』は青白い炎のように見えるものに包まれた。

 その光は誠が精神を集中するたびに伸びて行き敵艦を上回る長さにまでなった。

 誠は目の前の『ダンビラ』の信じられない変化に息をのんだ。

 しかし、誠の決心は変わらなかった。

 
挿絵


 そのままそれを振り上げ、一気に『那珂』のブリッジを右から左に払うように振った。

 『那珂』のブリッジは近づくにつれて肥大化していくその青白い炎に飲み込まれ、爆縮を繰り返した。

 振り払った『ダンビラ』の青白い炎が途切れると誠は自分の『力』の初めての発動の興奮から覚めた。

 『那珂』のブリッジのあった場所に目をやった誠の目には爆炎を上げる『那珂』の船体があるばかりでブリッジは消滅した様が映っていた。

「嘘だろ……これは僕がやったのか?これが僕の『力』。これが僕の『法術』」

 誠にはそう言うのが精いっぱいだった。

 ブリッジのクルーに生存者はいないだろう。

 その事実を悟るとすぐに食道を胃からの内容物が湧き上がってくる感覚が誠を捉えた。

 とりあえずコックピットにエアーが満たされていることを確認すると誠は慌ててヘルメットを脱いだ。

 誠の脳裏に浮かぶ無念に死んでいく多数の死者の怨霊を想像するとそのままシートの脇の小型コンテナから『エチケット袋』を取り出して嘔吐した。

 誠の機体の背後ではランとかなめが『那珂』の外に出てきていた近藤一派のシュツルム・パンツァー飛燕を一機一機仕留めているところだった。

 胃の内容物を一通り吐いた誠は視線を標的に向けてもう一度自分のしたことを確認した。

 『那珂』の船体にはほとんど被害は無いが、ブリッジは完全に消失していた。

『ハハハっハ。僕、やっちゃいました』

 吐くものを吐いて落ち着いてきた誠は力なくそう言った。

 吐くだけ吐いてすっきりした誠は『殺人』を犯した事実と自分の乗り物酔いが致命的なことに気づいて少しばかり落ち込んでいた。

 誠は静かに目の前の空間を眺めた。

 何もない空間。

『先ほどの通信位置測定から『那珂』のブリッジにいた近藤中佐の死亡が推測されます……任務は終了です』

 サラの言葉が重く誠にのしかかる。

「終わったんだ……」

 『那珂』の艦首から信号弾が上がった。

 それは決起部隊の投降を意味するものだった。

 『ふさ』から発艦したランチに乗った第六艦隊の近藤一派残党捕縛の部隊もすでに近づいてきていた。

 誠はただ茫然とその様子を全天周囲モニターで確認していた。

『よくやった……アタシの部下としては、まーいー出来だ』

 ちっちゃな『偉大なる中佐殿』、クバルカ・ラン中佐はそう言って誠をなだめた。

「褒められても……僕は人殺しですから……」

 誠はそう言ってうつむいた。

 たとえ犯罪者だからと言って簡単に人を殺すことを受け入れることは誠にはできなかった。

 英雄になるつもりも資格も無い。

 誠にはそのことは分かっていた。

『だからいーんだよ。オメーは』

 ランはそう言って静かにうなづいた。

『アタシも今回は一機も落としてねーかんな』

「そんな……五機は落としてましたけど」

 反論する誠に向けてランは余裕のある笑みを浮かべた。

『あいつ等は未熟だから事故で死んだ。アタシは機動部隊長だから撃墜スコアーのカウントも仕事のうちだ。アタシは一機も落としたなんて記録しねーかんな。西園寺も誰も殺してねーんだ。死んだ奴は全部、『操縦未熟による事故死』って扱いになる』

 誠は絶句した。

 いくら勇敢に戦おうがこの『特殊な部隊』と出会った敵は『処刑』され、結果『事故死』として処理されるというランの言葉を理解できずにいた。

 ランは小さな画面の中でその小さな顔に笑顔を浮かべてなだめすかすように続けた。

『神前。分かんねーかな?その力で近藤の旦那が始めたいような『絶滅戦争』を始めれば……人がやたら死ぬ。だから、お前は『武装警察官』なんだ。『警察官』に撃墜スコアーは必要ねーんだ。職務を執行する技量だけがあればいい』

 誠はそう言って笑うランの言葉が理解できずに視線をかなめに向けた。

『なんだ?神前』

 先ほどの死を覚悟した表情はどこかに行ってしまったようにかなめは静かに葉巻をくゆらせていた。

「西園寺さん……」

 誠はそう言いながらかなめが自分に視線を投げてくるのを眺めていた。

『今回は死んだな……何人も……アタシも、オメエも人をたくさん殺した』

 そう言ってかなめは太い葉巻を右手に持った。

『近藤さんの部下の連中はたまたま死ぬべきだったから死んだだけそう思おうや』

 はっきりとそう言い切るかなめに誠は少しの違和感を感じていた。

「僕はそう簡単には人の死を割り切ることはできません」

 珍しくかなめに反抗的な表情を向ける誠にかなめはそのたれ目を向けてほほ笑む。

『済まねえな。もし、アタシに力があれば……人殺しにゃ向かねえオメエに殺しはさせなかったんだが……アタシに殺させるか、オメエが殺すか、それはオメエの心次第だな。無茶言った、すまねえ、聞かなかったことにしてくれ』

 かなめの言葉に、また、この『特殊な部隊』の自分の思う社会とは違う側面を感じて、誠は彼女から目をそむけた。

 誠は視線を全天周囲モニターの端っこに映るカウラに向けた。

 彼女は呆然と無意識に手を震わせている誠に優しい微笑みを向けてきた。

『神前、貴様は私の用意した『戦場』を見事に消した。立派な『死刑』を執行した。その時点でお前は本当の意味で私の小隊の一員になった。私は貴様を誇りに思う』

 そう言ってカウラは力なく笑う誠に笑い返してくる。

 カウラの言葉に救いを感じたが、まだ納得はできなかった。

 普通に生きて普通に暮らしてきた自分がなぜこんなに『普通とは違う』人達の中で暮らしていく現在があるのか。

 そして、自分に『普通とは違う』能力が備わってしまったのか。

 自分の『法術』が何をこの『遼州同盟』にもたらすのか。

 それを考えながら誠は静かに目をつぶった。誠の意識はすぐに眠りの中に溶けて行った。





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